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殺人談義

この小説は「Arcadia」にも投稿させていただいております。

 読み込みに失敗しました。

 初期化します。

 しばらくお待ちください。



 目を覚ますと見慣れない白い部屋の中に居た。物は何一つない、ひたすらに白い部屋。窓も無ければ電灯も無い。あるのは四つの扉と、私と遺体だけ。


 四つの扉はそれぞれにこちら側からダイヤル式の南京錠が掛かっている。どう動かしても開かない。ノックをして、声を掛けてみたが、向こう側からの反応は無い。


 誰も居ないのだろうか。


 南京錠の番号を私は知っている。眠気でぼんやりした頭が「0001」という数字の羅列を思い描かせた。


 振り返ると遺体が横たわっている。覚えの無い白骨死体だ。とても綺麗に肉が削げ落ちて消えていて、服を脱がして、ガラスに入れればすぐにでも標本に出来そうだ。


 部屋の中には生きている者も居ない。遺体は既に生きてはいないし、私も既に死んでいる。


 そう、私はもう死んでいる。誰に、何故、どうして、というのは分からない。分かるのは、私はある時死んでしまって、その時この部屋に居たという事。それだけしか分からない。


 隣に横たわる白骨の遺体は誰かと考えればそれはきっと私なのだろう。迷妄としている記憶に依れば、遺体が遺体となった時に私もまた死んだのだ。曖昧としていて確証は無いが、確かそんな感じだった。


 もしも私と遺体が別ものだとするならば、内側から鍵の掛かった部屋で二人の人間が死んでいるなんて、一体どういう状況だろう。そんな状況、きっとそうそうお目に掛かれない。記憶の混濁した私だが、それ位は変だと分かる。だからこの部屋では一人の人間が自ら望んでこの部屋に入り、そうして白骨になったんだ。失意の自殺か、決意の憤死か、詳しい事は記憶の濁った私には分からないけれど。


 それにしても、私は死んでしまっているはずなのに何故だか動けている。ゾンビか幽霊か。遺体は私の隣にあるのでゾンビやらの動く死体じゃないだろう。それなら幽霊だろうか。でも私の心にはこの世に留まる未練も恨みも無い。私の心は茫洋としていて、縛り付けられる様な強い心なんてまるで無い。それに何だか私の体はやけにはっきりしている様に思うのだけれど。


 自分の体を触ってみると、確かな手触りが私の脳へと伝わってくる。私は確かにここにある。


 脳に伝わる電気信号が段々と私を覚醒させていった。


 ここに居ても埒が明かない。とにかく外へ出なければ。


 足元の遺体を置いて行くのは気が引ける。

 友人をそのまま放って置くなど道義にもとる。けれど外に連れて行ったらきっと騒ぎになる。道徳と常識を天秤に掛けると二つは綺麗に釣り合った。仕方が無いので、私は常識の皿を下に押しつけた。


 数字を揃えて鍵を外し、取っ手に手を掛けて外へ押した。


 外には何があるのだろうか。


 こんな状況を良く物語で見た。

 そこには極楽があり、あるいは地獄がある。あるいは外の世界があり、元の部屋と同じ部屋が続いている。


 私の手に押されてゆっくりと扉が外に開かれ、向こうから可視光が漏れ出して、私の体を外側から浸していった。


 外は朝だった。林だった。朝露に濡れる草の上に足を踏み出すと、何処かから鳥の声が聞こえた。ころころとしていて、玉を転がす様な声だった。何か固い物を踏んだ。白い何かだが、心地良さが先だって気にならない。


 少し歩いて振り返ると、私の居た部屋は木々の間に唐突に立つ白い立方体だった。まるで林を侵略せんとしている様に、それは余りにも不似合いな余所者で、周りに無言の圧力を掛け続けている。


 ここは一体何なのだろう。分からないが、調べる程の事では無い。何故なら私は知っているはずだから。時が来れば思い出すだろう。


 さて、どうしよう。外に出たものの目的は無い。

 何をすれば良いのだろう。何処へ行けば良いのだろう。私の頭からはそういった命令が一切合財消えていた。


 だから目的を探そうと思った。



 林を少し進むと草原に出た。私の居た林から草原へと段々と盛り上がって丘になっている。その先は見通せない。見えないとなると気になった。


 私は今道の上に居る。林に沿う様に道が横切っていて、左手は遥か先の森へと続き、右に進めばすぐに三叉の交差点があって真っ直ぐ進めば遥か彼方の山へ、左へ曲がれば盛り上がった丘の向こうへと続いていた。丘の頂上付近に屋根の付いた家が建っていた。


 私は見えない丘の向こうが気になっていた。それに頂上にある家は西部劇の酒場の様で興味深い。


 情報を集めるなら酒場で。

 何処かで聞いたか見たかした言葉を思い出して、私は酒場へ行く事にした。道を無視して草原を突っ切り、草の柔らかい感触を楽しんでいると、もう目の前は酒場だった。


 入り口には腿の高さから胸の高さに掛かる木製の観音開きが付いていた。押し開けて中に入ると客が一人だけテーブルに座っていた。他に人影は無い。店員の姿も見えなかった。


 こちらに気付いた客が私にアルコールの入ったグラスを掲げて見せた。私が会釈をして近付くと、客は酒臭い息を吐いて笑った。私の想像する「酒場の客」だった。何故だか嬉しくなった。


「よう、お嬢さん。どうしてこんな所へ?」


 私はお嬢さんなのか。知らなかった。

 私は自分の情報を追記した。


「目的を探しています」

「ほう、面白い事を言う」


 客はアルコールに満たされていた。

 酒袋なのだ。アルコールを詰めなければ生きていられないが、詰め過ぎても破れて死んでしまう。そんな生き物なのだ。


「ならあんたは何者だ」

「私は死んでいるのです」


 客は目を丸くした。

 半開きの生温いアルコールの息が漏れた。


「ほう、死んでいる。生きていないという事か?」

「はい、その通りです」


 客は笑い出した。

 辺りに満ちる酒気が強くなった。


「そうかそうか。懐かしい物言いだ。生きていない者と喋るなんて久しぶりだなぁ。あんたはかなり昔のもんかい?」

「分かりません。記憶が曖昧なのです」

「ほう、何処に居た?」

「直ぐそこの林の中で寝ていました」

「もしかして白い聖域かい?」

「分かりませんが、白い立方体の中です」

「ほう、そうかそうか」


 客は私を眺めてから、何処か驚いた様な、寂しげな、諦めた様な、後悔する様な顔をして、ぐいとグラスのアルコールを飲み干した。そして客はグラスを投げて、壁に当たったグラスは砕け散った。


 テーブルの上にはアルコールの入ったグラスがまだまだ沢山置かれている。客はその内の一つを持ち上げて一口飲んだ。


「中はどうなっているんだ。俺達はあの中に入れないんだ。気になってはいるんだがね」

「今、あの中には遺体があるだけです。服を着た白骨が横たわっています」

「ふーん、何故死んだんだ?」

「分かりません」

「分からない?」

「分かりません」

「もしかしてお前さんが殺したのかい」

「殺した? 殺したとは?」

「お前さんが殺人を犯したんじゃないのかね?」

「殺人? 殺人とは?」


 客は面食らっていた。だが、やがて目に理解の色を浮かべて頷いた。


「そうか。そうだったな。失礼した」

「殺人とは何ですか?」

「人の全ての機能を他人が意図的に止める事だよ」

「そんな事が出来るのですか?」

「ああ、出来る」

「なら遺体は殺されたのでしょうか」

「儂には分からんよ」

「ありがとうございます。目的が出来ました」

「ふむ、それは一体何だい?」

「何故遺体が遺体になったのか調べようと思います」

「それは良いが、何故そんな事をしようと思った? さっきまで調べようとしていなかったのだろう?」

「遺体が遺体になったのは自分の意志だと思っていました。ですが遺体は意に沿わずに遺体になった可能性があると分かりました」


 客は一つ頷くと神妙な顔になった。

 そうすると酒気の匂いが減った。


「この先には町がある。酒が飲めないので儂は好かんがね。そこに探偵が居る。きっと死因を調べてくれるだろう」


 私は客に礼を言って立ち上がった。

 店には私達の他には誰も居ない。他の客も店員も。本当にここは店なのだろうか。店ではないとしたら、この客は客ではないのではないだろうか。そうだとすれば、客と考えるのは失礼だ。私の勝手な先入観で誤った認識をしてしまっている事になる。


「すみませんが、あなたどなたですか?」

「儂はこの店の客だ。只の酒好きだよ」


 客だった。

 でも何かが引っかかるのだ。

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