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完璧すぎて断罪された悪役令嬢、間違えることにしたら人が助かりました 〜完璧だった私が、間違いを選んだ理由〜  作者: 白石アリア


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第8話 駒は、自分で動くものではない

 人は、自分の意思で動いていると思い込む。


 それは、ある意味で正しい。

 だが同時に、決定的に間違っている。


「……どう思う?」


 隣で、カインが小さく問う。


 私はすぐには答えなかった。


 視線の先には、先ほど“入れ替わった”令嬢がいる。


 さきほどまで目立たなかったはずの少女。

 だが今は、あまりにも“目立つ位置”にいる。


 人の流れが自然と集まり、

 視線が集まり、

 そして――


 ほんのわずかな違和感が、そこに生まれている。


「……動いていないわね」


 私は静かに言った。


「誰も?」


「いいえ」


 首を振る。


「全員よ」


 カインが、わずかに笑う。


「それはまた、極端だ」


「そうかしら」


 私は目を細める。


「さっきの令嬢も、今の令嬢も、自分でそこに立ったと思っているでしょうね」


「実際、そうじゃない?」


「違うわ」


 きっぱりと言い切る。


「“そうなるように動かされただけ”よ」


 沈黙。


 カインは、少しだけ興味深そうに私を見た。


「じゃあさ」


 軽い口調で言う。


「君も?」


 ――。


 その問いに、私は一瞬だけ黙った。


 だが、すぐに答える。


「ええ」


 迷いなく。


「私も含めて、全員よ」


 カインは、ほんのわずかに目を見開いた。


 だが、それも一瞬だけ。


「……いいね」


 すぐに、笑う。


「その自覚があるなら、まだ遊べる」


「遊びじゃないわ」


「同じだよ」


 肩をすくめる。


「盤の上で動いてる時点でね」


 私は何も言わなかった。


 否定も、肯定もしない。


 ただ。


 もう一度、状況を見る。


 ――少しだけ、試す必要がある。


「……カイン」


「ん?」


「もう一度、動かすわ」


 彼の目が、わずかに光る。


「今度は?」


「少しだけ、大きく」


 そう言って、私は歩き出した。


 向かう先は、先ほど“入れ替わった”令嬢。


 彼女は、まだ気づいていない。


 自分がどこに立たされているのか。


 そして。


 これから、何が起きるのか。


「ねえ」


 私は声をかける。


 彼女が振り返る。


「あ、あの……リリアーナ様」


 すでに緊張している。


 視線が集まっているのを、感じているのだろう。


「少し、お願いがあるの」


「は、はい……!」


「その書類、こちらに運んでくれる?」


 私は、少し離れたテーブルを指す。


 本来なら、別の使用人が運ぶはずのもの。


 だが。


 “今は”違う。


「分かりました……!」


 彼女は頷き、書類を持つ。


 そして、歩き出す。


 その瞬間。


 ――空気が、わずかに動く。


 視線が、流れる。


 人の配置が、ほんの少しだけ変わる。


 そして。


 数秒後。


「……あれ?」


 誰かが、呟く。


 ほんの小さな声。


 だが、それで十分だった。


 視線が、別の一点に集まる。


 先ほどまで、誰も見ていなかった場所。


 そこに。


 別の令嬢が、立っている。


 ――浮いている。


 完全に。


 先ほどの“役割”が、そこに移動した。


「……なるほど」


 私は、小さく息を吐いた。


 完全に理解する。


 これは。


 “人”ではない。


 “位置”だ。


 そこに誰がいるかは、問題ではない。


 そこに“誰かがいる”ことが、必要なのだ。


「……面白い」


 カインが、低く笑う。


「本当に、入れ替わるだけだ」


「ええ」


 私は頷く。


「誰を動かしても、別の誰かがそこに入る」


「つまり?」


「逃げられない」


 はっきりと言う。


「この構造からは、誰も」


 沈黙。


 その意味を、カインは理解している。


「……で?」


 彼が続ける。


「どうする?」


「どうする、とは?」


「壊す?」


 軽い言葉。


 だが、その中身は重い。


 私は、少しだけ考える。


 壊す。


 この構造を。


 今、ここで。


「……無理ね」


 あっさりと答える。


「今の段階では」


「へえ」


「部分的に動かすことはできる。でも、全体は変わらない」


 私は視線を巡らせる。


 整えられた人間関係。


 整えられた配置。


 そして。


 見えない力。


「……大きすぎるわ」


 これは。


 一個人がどうにかできるものではない。


「珍しいね」


 カインが言う。


「君が“できない”って言うの」


「できないものは、できないわ」


 当然のことを言う。


「無理にやれば、巻き込まれるだけ」


「賢明だ」


 彼は笑う。


 だが、その目は笑っていない。


 どこか、鋭い。


「でもさ」


 少しだけ声を落とす。


「それでも、君は動くだろ?」


 ――。


 私は、答えない。


 だが。


 その沈黙で、十分だった。


「やっぱりね」


 カインは満足そうに頷く。


「君は、そういう顔してる」


「どういう顔かしら」


「“止まらない顔”」


 私は、わずかに目を細めた。


 その言葉は。


 少しだけ、的を射ている。


「……くだらないわ」


 そう言って、私は視線を逸らす。


 だが。


 否定は、しない。


 できない。


 なぜなら。


 すでに、分かっているから。


 私は。


 止まらない。


 止まれない。


 この構造を知ってしまった以上。


 何もせずにいることは――


 できない。


「……それにしても」


 私は小さく呟く。


「妙ね」


「何が?」


「まだ、来ない」


 その言葉に、カインが首を傾げる。


「何が?」


 私は、少しだけ考える。


 そして。


「“決定的なもの”よ」


 そう答えた。


 ここまで来ているのに。


 まだ。


 決定打がない。


 すべてが、準備段階のまま。


「……時間の問題じゃない?」


 カインが言う。


「もうすぐ来るよ」


 軽い口調。


 だが、その声には確信がある。


 そして。


 私も。


 同じ確信を持っていた。


「ええ」


 小さく頷く。


「分かってるわ」


 これは。


 前触れだ。


 すべての。


 崩壊の。


 その前の。


 静かな。


 準備。


「……もうすぐ」


 私は、ゆっくりと息を吐く。


 視線の先では。


 誰かが笑い。


 誰かが話し。


 誰かが、何も知らずに立っている。


 その中に。


 次の“誰か”がいる。


 そして。


 ――その中に。


 私もいる。


「……来るわね」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。


 その時。


 遠くで。


 鐘の音が鳴った。


 静かに。


 だが、確実に。


 何かが。


 始まる音だった。

第8話まで読んでいただきありがとうございます。


ここで「人ではなく位置が選ばれている」という構造が、かなりはっきり見えてきたと思います。


そして主人公自身も、「自分もその中にいる」と認識し始めました。

ここが物語の大きな転換点の一つです。


次話では、この流れがさらに加速し、「逃げ場がない」という事実が明確になります。


ここまで読んで少しでも続きが気になると思っていただけたら、ブックマークしてもらえると嬉しいです。

感想もとても励みになります。

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