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断罪された悪役令嬢ですが、正しい世界を壊してみたら人が助かりました 〜正しさを積み上げても救えなかったので、“間違いを選ぶ”ことにしました〜  作者: 白石アリア


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第5話 優雅な排除

 翌日の午後。


 学園の談話室には、穏やかな空気が流れていた。


 大きな窓から差し込む光。

 静かに注がれる紅茶。

 柔らかな会話。


 すべてが、整っている。


 だからこそ。


 ほんのわずかな綻びは、よく目立つ。


「……あの、リリアーナ様」


 控えめな声。


 視線を向けると、一人の令嬢が立っていた。


 子爵家の娘、エレノア。


 成績は中の上。家格も中の上。

 目立たないが、決して軽視もできない位置。


 ――扱いやすい。


「何かしら」


 私はカップを持ったまま、視線だけで応じる。


「少し、ご相談があって……」


「内容によるわ」


 はっきりと言う。


 期待を持たせないためだ。


 エレノアは一瞬だけ迷った。


 だが、すぐに決意したように口を開く。


「……最近、わたくしに関する噂が……」


「噂?」


「その……課題の件で、不正をしているのではないかと……」


 ――ああ。


 なるほど。


 私は、静かにカップを置いた。


「心当たりは?」


「ございません!」


 強く否定する。


 その反応の速さは、本心だろう。


 だが、それは関係ない。


「そう」


 私は頷く。


「では、問題ないわね」


「え……?」


 エレノアが戸惑う。


「事実でないなら、いずれ消えるわ」


「ですが……すでに何人かの方が距離を置いていて……」


「当然でしょうね」


 私はあっさりと言った。


 空気が、わずかに冷える。


「疑いがある以上、関わるリスクを避けるのは合理的だもの」


「そ、それは……」


 言葉に詰まる。


 理解はしているのだろう。


 だが、納得はできない。


「不満かしら?」


「……いえ」


 否定する。


 だが、その声は弱い。


 当然だ。


 この場で感情を出すのは、愚かだから。


「では、どうしたいの?」


 私は問いかける。


 穏やかに。


 逃げ道を与えるように。


「その……誤解を解きたいのです」


「どうやって?」


「それは……」


 また、沈黙。


 方法が思いついていないのだ。


 あるいは、思いついていても実行できない。


 どちらでも同じこと。


「難しいわね」


 私は軽く息を吐いた。


「噂というのは、一度広がると止められないもの」


「……では、どうすれば」


 必死な声。


 私は、少しだけ考えるふりをした。


 そして。


「証明するしかないわ」


 そう言った。


「証明……?」


「ええ」


 私はゆっくりと指を組む。


「自分が潔白であることを、誰もが納得する形で示すの」


「ど、どうすれば……」


「簡単よ」


 私は微笑む。


「次の課題を、完璧にこなせばいい」


 エレノアの目が、わずかに輝いた。


 希望が見えたのだろう。


「ですが、それだけで……」


「ええ、それだけでいいわ」


 私は断言する。


「ただし」


 言葉を区切る。


「“完璧に”ね」


 沈黙。


 その意味を、彼女は理解した。


 この学園において、“完璧”がどれほど難しいか。


 誰よりも知っているはずだ。


「……できなければ?」


 小さな声。


 私は、わずかに笑った。


「その時は」


 ゆっくりと。


 逃げ道を塞ぐように。


「噂が事実だったと判断されるだけよ」


 空気が、完全に固まる。


 エレノアの顔が、青ざめた。


 だが。


 これは、提案だ。


 強制ではない。


「選ぶのはあなたよ」


 私はカップを手に取る。


「何もしないか。挑むか」


 どちらでもいい。


 結果は、同じだから。


「……分かりました」


 やがて、彼女はそう言った。


 震える声で。


「やります」


「そう」


 私は頷く。


「期待しているわ」


 その言葉に、どれほどの意味があるか。


 彼女は気づいていない。


 いや。


 気づけない。


 ――三日後。


 結果は出た。


 エレノアの課題は、“優秀”だった。


 だが、“完璧”ではなかった。


 ほんのわずかな誤差。

 ほんの小さな見落とし。


 それだけで、十分だった。


「……残念ね」


 私はそう言った。


 淡々と。


「ですが……!」


 彼女は食い下がる。


「以前よりも、明らかに改善されています!」


「ええ、そうね」


 私は認める。


「努力は素晴らしいと思うわ」


 そして。


「でも、それだけよ」


 切り捨てる。


「“疑いを覆す”には、足りない」


 沈黙。


 誰もが理解している。


 この結果が、何を意味するか。


「これで、はっきりしたわね」


 私は周囲に向けて言う。


「少なくとも、“完全に潔白”とは言えない」


 それだけで、十分だ。


 結論は出る。


 誰もが、自分で判断する。


 そして。


 距離を置く。


 ゆっくりと。


 自然に。


 ――排除される。


「……どうして」


 エレノアの声。


 かすれている。


「どうして、こんなことに……」


 私は、その問いに答えない。


 答える必要がない。


 代わりに。


「運が悪かったわね」


 そう言った。


 事実として。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 彼女は崩れ落ちた。


 誰も、手を差し伸べない。


 それが、この場所のルールだから。


 私はその光景を、静かに見下ろした。


 何も感じない。


 いつも通り。


 完璧に処理された結果。


 ――そのはずなのに。


「……リリアーナ様」


 背後から、声がした。


 振り返る。


 そこには、セラフィナが立っていた。


 強い視線。


 昨日とは違う。


 はっきりとした、怒り。


「今のは……」


「何か問題でも?」


 私は先に言った。


 主導権を渡さないために。


「彼女は努力していました」


「ええ」


「それを、あんな形で……!」


「評価しただけよ」


 淡々と返す。


「基準に満たなかった。それだけ」


「違います!」


 珍しく、声が強くなる。


 周囲がざわつく。


 だが、彼女は止まらない。


「あれは、最初から……」


 言いかけて、止まる。


 言葉を選んでいる。


 だが、その間が命取りだ。


「最初から、何?」


 私は問いかける。


 静かに。


 逃げ道を塞ぐように。


「……仕組まれていたのではありませんか」


 ついに、言った。


 私は、ほんのわずかに笑った。


「証拠は?」


 即座に返す。


「それは……」


「ないのね」


 重ねる。


 完全に。


 否定する余地を与えない。


「なら、それはただの想像よ」


 セラフィナは、言葉を失った。


 当然だ。


 この場で、証拠のない告発は意味を持たない。


 むしろ、自分の立場を危うくする。


「……あなたは」


 彼女は、かすれた声で言う。


「本当に、それでいいのですか」


 また、その問い。


 私は、少しだけ目を細めた。


「何度も聞くのね」


「大事なことだからです」


 真っ直ぐな視線。


 逃げない。


 ――面倒ね。


 だが。


 嫌いではない。


「ええ」


 私は答える。


「これが、正しい形よ」


「正しい……?」


「少なくとも」


 私は視線を逸らす。


 エレノアの姿は、もう見えない。


「この世界ではね」


 沈黙。


 セラフィナは、何も言えなかった。


 私はそれ以上何も言わず、その場を離れる。


 足音が、やけに響く。


 規則正しく。


 迷いなく。


 完璧に。


 ――そのはずなのに。


「……やりすぎじゃない?」


 また、あの声。


 カイン。


 私は振り返らない。


「そう思う?」


「思うね」


 即答。


 珍しい。


「でも」


 彼は続ける。


「綺麗すぎる」


 私は、わずかに足を止めた。


「綺麗?」


「うん」


 軽い声。


 だが、その中身は重い。


「まるで、“そうなるように用意されてた”みたいだ」


 沈黙。


 その言葉は。


 妙に、耳に残った。


「……気のせいよ」


 私はそう言った。


 それ以上、考えないために。


 だが。


 胸の奥に、また違和感が残る。


 少しずつ。


 確実に。


 何かが。


 形になり始めている。


 そしてそれは――


 あまりにも、出来すぎていた。

第5話まで読んでいただきありがとうございます。


ここで「排除」がどれだけ自然に行われるか、そして主人公のやり方がどれだけ完成されているかが見えてきたと思います。


同時に、「あまりにも上手くいきすぎている」違和感も少しずつ出てきました。


次話では、ついに“過去の悪役令嬢”が登場します。

主人公とは違う形で、この世界を知っている存在です。


ここから一気に、物語の裏側が見え始めます。


少しでも続きが気になったら、ブックマークして追っていただけると嬉しいです。

感想もとても励みになります。

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