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完璧すぎて断罪された悪役令嬢、間違えることにしたら人が助かりました 〜完璧だった私が、間違いを選んだ理由〜  作者: はねださら


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第4話 悪役は、作られる

 完璧であること。


 それが、私に与えられた最初の命令だった。


「リリアーナ、背筋を伸ばしなさい」


 まだ幼い頃の記憶。

 重たいドレスに身を包み、私は鏡の前に立っていた。


 後ろには、母がいる。


 クラウゼン公爵夫人。

 誰もが認める、完璧な貴族女性。


「顎を引きすぎているわ。視線はまっすぐ、けれど強すぎてはいけない」


 母の指が、私の顎に触れる。


 わずかな角度の修正。


 それだけで、印象は変わる。


「いい? あなたは見られる存在なの。常に」


「……はい、お母様」


「“はい”ではなく、“かしこまりました”」


「かしこまりました」


 言い直す。


 声の高さ、速さ、響き。


 すべてが評価対象だった。


 ほんのわずかでも逸れれば、すぐに修正される。


「もう一度」


 繰り返す。


 何度でも。


 完璧になるまで。


 ――それが、当たり前だった。


 泣いた記憶は、あまりない。


 いや、正確には。


 泣くことに意味がなかった。


 泣いても、何も変わらない。


 むしろ、評価が下がるだけ。


「感情は、見せるものではありません」


 母はよくそう言った。


「特に、負の感情は」


 怒り。

 嫉妬。

 不満。


 そういったものはすべて、“醜いもの”として扱われる。


「それらは、内側で処理しなさい」


 母の声は、いつも静かだった。


 怒鳴ることはない。

 感情を荒げることもない。


 だからこそ、逃げ場がなかった。


「表に出す必要がある場合は」


 ほんのわずかに、口元が緩む。


「形を変えなさい」


 ――形を変える。


 その意味を、私はすぐには理解できなかった。


 けれど。


 時間が経てば、嫌でも分かるようになる。


「お母様」


 ある日、私は尋ねた。


「嫌いな人がいた場合は、どうすればよろしいのですか?」


 母は一瞬だけ、考えるように目を細めた。


 それから。


「排除しなさい」


 あまりにも簡単に、そう言った。


「ですが、それは……」


「露骨にやる必要はありません」


 言葉を遮られる。


「むしろ、してはいけないわ」


 母は私の肩に手を置いた。


「いい? 直接的な敵意は、下の者のやり方よ」


「では……」


「環境を整えなさい」


 静かに、しかしはっきりと。


「その人が“自然に”いなくなるように」


 ――自然に。


 その言葉の意味を、私は忘れない。


 例えば。


 少しだけ、評判を落とす。


 少しだけ、味方を減らす。


 少しだけ、機会を奪う。


 そうしていけば。


 ある日突然、その人は“いなくなる”。


 誰も責任を取らないまま。


 誰も罪を問われないまま。


「それが、貴族のやり方よ」


 母はそう言った。


 そして、微笑んだ。


 完璧な、微笑み。


 誰もが憧れる、理想の姿。


 ――その日、私は理解した。


 ああ。


 これは。


 “教育”なのだと。


 悪になるための教育ではない。


 そうではなく。


 この世界で生き残るための、唯一の方法。


「あなたは選ばれるのよ」


 母は、最後にそう言った。


「クラウゼンの名を背負う者として」


 選ばれる。


 何に?


 その時は、分からなかった。


 ただ一つだけ、確かなことがある。


 私は。


 そうして作られた。


 感情を隠し。

 言葉を選び。

 人を動かし。


 必要なら、排除する。


 それが、私。


 それが――


「……リリアーナ様?」


 現実に引き戻される。


 目の前には、見慣れた侍女の姿。


 私は瞬きをした。


「どうかした?」


「いえ、少しぼんやりされていたようでしたので」


「そう」


 短く返す。


 気づかれていたらしい。


 珍しいこともあるものだ。


「失礼いたしました」


「構わないわ」


 私は軽く手を振った。


 そして、ゆっくりと立ち上がる。


 窓の外は、すでに夕暮れに染まり始めていた。


 赤く、静かに。


 まるで何かが終わる前触れのように。


「……選ばれる、ね」


 小さく呟く。


 あの言葉。


 今になって、妙に引っかかる。


 選ばれる。


 何に?


 誰に?


 そして――


 いつ?


 私は窓に映る自分の姿を見た。


 整った髪。

 乱れのない姿勢。

 完璧な表情。


 何一つ問題はない。


 それでも。


「……本当に?」


 ほんのわずかに。


 その完璧さに、違和感を覚えた。


 まるで。


 誰かに“そうあるように”作られたかのような。


 ――いいえ。


 それは事実だ。


 私は作られた。


 母によって。


 環境によって。


 この世界によって。


 だからこそ。


「……なら」


 私はゆっくりと目を細めた。


 もし。


 もし本当に、“選ばれる”のだとしたら。


 それは偶然ではない。


 最初から。


 決まっていた。


 ――その役に、ふさわしいから。


「……面白いわね」


 口元が、わずかに緩む。


 ほんの少しだけ。


 感情が漏れる。


 すぐに、それを押さえ込む。


 癖のようなものだ。


 だが。


 完全には消えなかった。


 その微かな感情は、胸の奥に残る。


 不安でも、恐怖でもない。


 ただの――


 違和感。


「……お母様」


 思わず、その名を口にする。


 もういない人。


 けれど、その影響は消えない。


「あなたは、どこまで知っていたのかしら」


 答えは、返ってこない。


 当然だ。


 けれど。


 もし。


 もしも、あの人が。


 すべてを理解した上で、私を“作った”のだとしたら。


 それは――


 教育ではなく。


 準備だ。


 私はゆっくりと目を閉じた。


 そして、すぐに開く。


 思考を切り替える。


 余計なことは、考えない。


 今はまだ。


 その段階ではない。


 けれど確実に。


 何かが、繋がり始めている。


 断片だったものが、少しずつ形を持ち始めている。


 そしてその中心に。


 私がいる。


「……本当に」


 小さく息を吐く。


「上手くできているわ」


 誰が。


 何のために。


 それは、まだ分からない。


 けれど。


 この舞台は。


 決して、偶然ではない。


 最初から。


 すべて。


 整えられていたのだ。

第4話まで読んでいただきありがとうございます。


ここで初めて、主人公が「どうやって作られたのか」が見えてきたと思います。

この物語では、性格や立場は偶然ではなく、“構造”として描いていきます。


次話では、現在の学園に戻り、「排除」がどれほど自然に行われるのかを具体的に描きます。

そして、主人公のやり方がどれだけ完成されているかも明らかになります。


ここまでで少しでも気になる点や引っかかる部分があれば、ぜひブックマークして追っていただけると嬉しいです。

続きを楽しみにしてもらえたら、それが一番の励みになります。

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