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完璧すぎて断罪された悪役令嬢、間違えることにしたら人が助かりました 〜完璧だった私が、間違いを選んだ理由〜  作者: 白石アリア


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第3話 舞台は、すでに整っている

 その日の午後、空気が変わった。


 理由は単純だ。


「王太子殿下がお見えになります」


 その一言で、すべてが整列する。


 ざわめきは収まり、姿勢は正され、視線は一方向へと集まる。

 誰もが“正しい形”を思い出す。


 それが、この学園の――いいえ、この国の在り方だ。


 私は廊下の窓際に立ち、その光景を静かに眺めていた。


 磨き抜かれた床に映る人影。

 規則正しく並ぶ制服。

 息を潜めるような緊張。


 完璧だ。


 あまりにも、完璧すぎる。


 ――だから、歪みは目立つ。


「……相変わらずね」


 小さく呟く。


 誰に聞かせるでもない言葉。


 だが、それに答える声があった。


「君は、その“相変わらず”の中心にいると思うけどね」


 軽やかな声。


 振り返るまでもない。


「ごきげんよう、カイン」


 私はそのまま視線を窓の外に向けたまま、言った。


「隠れる気もないのね」


「隠れる理由がないからね」


 足音が近づく。


 そして、すぐ隣に並ぶ気配。


 カイン・アルヴェルト。


 宰相の息子にして、この学園でもっとも信用してはいけない男。


「さっきの件、見ていたよ」


「でしょうね」


「やりすぎじゃない?」


 どこか楽しげな声音。


 批判ではない。観察だ。


「そう思う?」


「いや、むしろ逆かな」


 彼は肩をすくめる。


「ちょうどいい。ああいうのは、誰かがやらないと成立しない」


 私はわずかに目を細めた。


「あなたに褒められると、不愉快ね」


「それは光栄だ」


 軽く笑う。


 この男は、いつもこうだ。


 誰の味方でもなく、誰の敵でもない。

 ただ、面白いかどうかで動いている。


「で?」


 彼が続ける。


「今回のは、どこまで計算?」


「何のことかしら」


「とぼけるなよ」


 少しだけ声が低くなる。


「ミレイユ・ド・ランベル。あの子、ちょうどいい位置だったろ」


 沈黙。


 私はゆっくりと瞬きをした。


「“ちょうどいい”?」


「そう。潰しても問題にならない程度の家格。けど、周囲への見せしめにはなる」


 淡々とした分析。


 感情は一切乗っていない。


「偶然にしては、出来すぎてる」


 私は、ほんのわずかだけ笑った。


「偶然よ」


「へえ」


 信じていない顔。


 当然だ。


 この男に、誤魔化しは通じない。


「まあ、いいや」


 カインはあっさりと引いた。


「どっちでも面白いし」


 ――本当に。


 ろくでもない男。


「それより」


 彼が視線を前方へ向ける。


「来るよ」


 その言葉と同時に、廊下の空気が変わる。


 重く、静かに。


 そして、確実に。


 足音が響く。


 規則正しく、迷いのない歩み。


 やがて、その姿が視界に入った。


 金の髪。

 整いすぎた顔立ち。

 そして、何より――


 揺るがない存在感。


 エルドリック・ヴァルディア。


 この国の王太子。


 そして――


 私の、婚約者。


 周囲が一斉に頭を下げる。


 私も、それに倣う。


 形式として。


 完璧に。


「面を上げよ」


 低く、よく通る声。


 誰一人として逆らえない響き。


 私はゆっくりと顔を上げた。


 視線が、合う。


 ほんの一瞬。


 それだけで、十分だった。


 ――変わらない。


 その瞳は、何一つ変わっていない。


 冷静で、合理的で、そして――


 どこか、わずかに。


 苦い。


 気のせいかもしれない。


 いや、きっと気のせいだ。


「リリアーナ」


 名を呼ばれる。


 呼び捨て。


 だが、それは当然のこと。


 婚約者なのだから。


「ごきげんよう、殿下」


 私は完璧な礼を取る。


 非の打ち所のない所作。


 それを見て、彼はわずかに目を細めた。


「……相変わらずだな」


「何がでしょう?」


「いや」


 短く否定する。


 それ以上は言わない。


 言う必要がないのだろう。


 この男は、常にそうだ。


 必要なことだけを選び、余計なことは切り捨てる。


「先ほどの件、報告は受けている」


 来た。


 私は内心で小さく息を吐く。


「規則違反があったと聞きました」


 穏やかな口調。


 だが、その中身は確認ではない。


 評価だ。


「はい」


 私は迷いなく答える。


「代筆が確認されましたので、指摘いたしました」


「そうか」


 短い返答。


 それだけで、十分だった。


 彼は理解している。


 何が起きたのか。


 そして、それがどのような意味を持つのか。


「……殿下」


 ふと、別の声が割り込んだ。


 柔らかく、しかしはっきりとした声音。


 セラフィナ・ルミエール。


 彼女が一歩前に出る。


「その件について、少しよろしいでしょうか」


 私は、わずかに目を細めた。


 ――来る。


 彼女は、止まらない。


「ミレイユ様の行為は確かに規則違反です。ですが、あの場での対応は――」


「セラフィナ」


 王太子が、彼女の名を呼ぶ。


 それだけで、空気が止まる。


 彼女も、言葉を止めた。


「君の意見は理解している」


 静かな声。


 だが、その中には明確な線引きがある。


「しかし、この件はすでに処理された」


「……ですが」


「以上だ」


 完全な遮断。


 議論は成立しない。


 それが、この男のやり方。


 セラフィナは、何も言えなかった。


 ただ、悔しそうに唇を噛む。


 私は、それを横目で見た。


 ――分かっていない。


 彼女はまだ、この構造を理解していない。


「リリアーナ」


 再び名を呼ばれる。


「はい」


「引き続き、規律の維持に努めよ」


 それは命令であり、同時に評価でもあった。


「承知いたしました」


 私は頭を下げる。


 完璧に。


 何一つ乱さずに。


「……行くぞ」


 王太子はそれだけ言い、歩き出した。


 周囲が道を開ける。


 誰もがその背を見送る。


 絶対的な存在。


 揺るがない中心。


 ――だからこそ。


「……奇妙ね」


 私は小さく呟いた。


 その背中に、ほんのわずかな違和感を覚えた。


 ほんの一瞬。


 視線が揺れたように見えた。


 気のせいだろうか。


 いや。


 たぶん、違う。


「気づいた?」


 隣で、カインが囁く。


 私は答えない。


 だが、それで十分だった。


「面白くなってきたね」


 彼は笑う。


 楽しそうに。


 心底から。


「何が?」


「全部」


 短い返答。


 だが、それがすべてを表していた。


 私はゆっくりと息を吐く。


 そして、視線を前へ戻す。


 整えられた廊下。

 整えられた人間関係。

 整えられた秩序。


 完璧な世界。


 ――完璧すぎる世界。


「……もう、遅いのかしら」


 小さく呟く。


 その意味を、自分でも完全には理解していない。


 けれど、確信だけはあった。


 何かが。


 確実に。


 動き出している。


 しかもそれは――


 私たちの意思とは関係なく。


 すでに。


 最初から。


 決まっていたかのように。

第3話まで読んでいただきありがとうございます。


ここでようやく、「ただの学園の出来事ではない」という違和感が見えてきたと思います。


主人公・王太子・聖女、それぞれが“正しい”ように見えて、少しずつズレているのがこの物語の軸です。


次の3話では、主人公の過去と「悪役令嬢がどう作られるのか」に踏み込みます。

ここから一気に、物語の裏側が見え始めます。


もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークしてもらえるとすごく嬉しいです。

感想も一言でもいただけたら励みになります。

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