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完璧すぎて断罪された悪役令嬢、間違えることにしたら人が助かりました 〜完璧だった私が、間違いを選んだ理由〜  作者: はねださら


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第15話 分からないという感覚

 同じことを、三度繰り返した。


 一度目は、崩れた。


 二度目は、遠回りになりすぎた。


 三度目は、こぼした。


「……」


 私は、水桶を置く。


 静かに。


 音を立てないように。


 それでも。


 周囲の視線は、わずかに集まっていた。


 無言の評価。


 無関心の中にある、最低限の観察。


 それが。


 妙に、重い。


「もういいよ」


 先ほどの女が言った。


 手を止めずに。


「それ以上やると、余計に減る」


 事実だった。


 私は、何も言わない。


 言えない。


「……分かったわ」


 ようやく、口を開く。


 短く。


 それだけ。


 女は頷きもしない。


 ただ、作業を続ける。


 それで終わりだ。


 ――私は、離れる。


 邪魔にならない位置まで。


 そして。


 立ち止まる。


「……」


 何をすればいいのか。


 分からない。


 その感覚が。


 じわじわと広がっていく。


 これまで。


 こんなことはなかった。


 常に。


 何をすべきかは、明確だった。


 状況を見て。


 分析して。


 最適解を出す。


 それだけでよかった。


 だが。


「……違う」


 小さく呟く。


 ここでは。


 それが通用しない。


 情報が足りない。


 前提が違う。


 そして。


 何より。


「……評価軸がない」


 王都では。


 評価は明確だった。


 家格。

 成績。

 規律。

 結果。


 すべてが、数値化できる。


 だから、最適解が出せた。


 だが、ここにはない。


 何が正しくて。


 何が間違いで。


 何が評価されるのか。


 それが。


 分からない。


「……」


 思考が、空回りする。


 初めてだ。


 こんな感覚は。


 答えが出ない。


 いくら考えても。


 ――。


「ねえ」


 声がした。


 振り返る。


 アメリアだった。


 木箱に腰掛けて、こちらを見ている。


「何ぼーっとしてんの?」


「……考えているの」


 私は答える。


 正直に。


「ふーん」


 興味なさそうな声。


「で、分かった?」


「……いいえ」


 少しだけ、間を置いて答える。


 認める。


 それが、必要だから。


「そりゃそうでしょ」


 あっさりと言う。


「昨日来たばっかなんだから」


「……そうね」


 否定はしない。


 できない。


「で?」


 アメリアが続ける。


「これからどうすんの?」


 また、その問い。


 単純で。


 逃げ場のない問い。


「……分からないわ」


 私は答える。


 初めて。


 その言葉を、はっきりと口にする。


 ――分からない。


 沈黙。


 アメリアは、少しだけ目を丸くした。


 それから。


「へえ」


 小さく笑う。


「言えるんだ」


「何が?」


「分かんないって」


 私は、少しだけ目を細めた。


「言う必要があるから」


「ふーん」


 彼女は肩をすくめる。


「普通、言わないよ」


「そうかしら」


「うん」


 あっさり頷く。


「だってさ」


 少しだけ、こちらに体を向ける。


「分かんないって言ったら、何もできないってバレるじゃん」


 ――。


 その言葉に。


 私は、何も言えなかった。


 正しい。


 完全に。


 これまでの世界では。


 それは致命的だった。


 弱さを見せること。


 それは。


 排除される理由になる。


 だから。


 隠していた。


 常に。


 完璧に。


「……ここでは違うの?」


 私は、静かに問う。


 アメリアは、少しだけ考える。


「どうだろ」


 曖昧な答え。


「でもさ」


 続ける。


「分かんないのに動く方が、迷惑」


 きっぱりと言う。


 遠慮なく。


「……」


 私は、息を止めた。


 その言葉は。


 先ほどの出来事と、完全に繋がる。


 水。


 無駄になった行動。


 結果。


 迷惑。


「……そう」


 私は、小さく頷く。


 理解する。


 ここでは。


 “分からないのに動く”ことは。


 評価されない。


 むしろ。


 害になる。


「だからさ」


 アメリアが立ち上がる。


「分かんないなら、分かるまで見てればいいじゃん」


 当たり前のように言う。


「……見ているだけで?」


「うん」


「それでいいの?」


「いいんじゃない?」


 肩をすくめる。


「少なくとも、邪魔にはならない」


 ――。


 その言葉は。


 妙に、納得できた。


 これまでの私なら。


 否定していた。


 動かないことは、無意味だと。


 だが。


 今は違う。


「……分かったわ」


 私は言う。


 ゆっくりと。


「今日は、そうする」


「へえ」


 アメリアが、少しだけ驚いた顔をする。


「素直だね」


「合理的なだけよ」


「まあいいけど」


 彼女は笑う。


 少しだけ。


「じゃあ、ちゃんと見ときなよ」


「ええ」


 私は頷く。


 そして。


 その場に立つ。


 何もせず。


 ただ。


 見る。


 人の動き。


 流れ。


 判断。


 言葉。


 すべて。


 ――時間が過ぎる。


 ゆっくりと。


 だが。


 確実に。


「……」


 そして。


 気づく。


 少しだけ。


 ほんの少しだけ。


「……そういうこと」


 小さく呟く。


 完全ではない。


 だが。


 何かが。


 見え始めている。


 これまでとは違う。


 別の形の。


 “最適”。


「……まだ、足りない」


 だが、それでいい。


 今は。


 分からないままでいい。


 分かるための。


 準備ができたのだから。


 ――初めて。


 私は。


 “何もしないこと”を選んだ。


 それは。


 敗北ではない。


 次に進むための。


 最初の一歩だった。

第15話まで読んでいただきありがとうございます。


ここで主人公が初めて「分からない」と認め、「動かない」という選択を取りました。

これまでの価値観から大きく外れた、非常に重要な転換です。


この一歩によって、ようやく“学ぶ側”に回りました。


次話では、観察の中から「気づき」が生まれ、少しずつ新しい行動に繋がっていきます。

そして初めて、小さな変化が起こります。


ここまで読んで少しでも気になると思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

感想もとても励みになります。

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