第14話 通用しない理屈
翌朝。
私は、ほとんど眠れなかった。
理由は単純だ。
静かすぎる。
王都では、常にどこかで音がしていた。
人の気配、足音、話し声。
だがここには、それがない。
あるのは。
風と、土の匂いと。
そして――
自分の思考だけ。
「……非効率ね」
私は、小さく呟く。
眠れない理由を、理屈で片付ける。
そうすれば、少しは楽になる。
――なるはずだった。
「……」
だが、何も変わらない。
ただ。
胸の奥に残る、昨日の感覚。
あの少女の言葉。
――“何ができるの?”
「……」
私は目を閉じる。
答えは、出ている。
何もない。
ここでは。
――だから。
「……確認するわ」
私は立ち上がる。
思考だけでは、何も変わらない。
なら。
動くしかない。
――外に出る。
朝の空気は冷たく、乾いている。
すでに何人かが動いている。
水を運ぶ者。
荷を運ぶ者。
火を起こす者。
誰もが、何かをしている。
意味のある行動を。
「……」
私は、それを見ているだけだった。
数秒。
いや、もっとかもしれない。
ただ、立って。
見ているだけ。
――違う。
これでは、何も分からない。
私は歩き出す。
近くにいた女に声をかける。
「手伝うわ」
自然に言う。
命令ではない。
お願いでもない。
ただの提案。
「……は?」
女は、こちらを見た。
明らかに、理解できていない顔。
「水を運んでいるのでしょう?」
私は続ける。
「人手は多い方が効率的よ」
理屈としては正しい。
だが。
「……重いよ?」
女は言う。
「問題ないわ」
私は答える。
これまで、こういう場面では問題なかった。
説得し。
納得させ。
動かす。
それが、私のやり方だった。
「……好きにすれば」
女は、肩をすくめた。
興味がないのだ。
断る理由もない。
だから、任せる。
それだけ。
「ありがとう」
私は頷き、水桶を持つ。
――重い。
予想以上に。
だが、それは問題ではない。
問題は。
“どう運ぶか”だ。
「……」
私は、少しだけ考える。
効率。
動線。
負担。
頭の中で、すぐに計算する。
そして。
最適なルートを選ぶ。
――数分後。
「ちょっと!」
声が上がる。
振り返る。
先ほどの女が、こちらを見ていた。
眉をひそめて。
「なんでそっち行くの?」
「最短ルートよ」
私は答える。
「距離も短く、負担も少ない」
「いや、そっち――」
言いかけて。
遅い。
次の瞬間。
足元の土が崩れた。
「――っ」
体勢が崩れる。
水桶が傾く。
そして。
――落ちる。
水が、地面に広がる。
あっという間に。
無駄になる。
「……」
沈黙。
私は、その場に立ち尽くした。
理解が、追いつかない。
「だから言ったでしょ」
女が、呆れたように言う。
「あそこ、崩れるんだよ」
「……知らなかったわ」
「そりゃそうでしょ」
あっさりと言う。
「昨日来たばっかなんだから」
――。
言葉が、刺さる。
当たり前のこと。
だが。
それが、決定的だった。
「……」
私は、水が広がった地面を見る。
無駄になった水。
誰かが、また運ばなければならない。
つまり。
私は。
「……邪魔をしたのね」
小さく、呟く。
「まあ、そうなるね」
女はあっさり頷く。
「でもまあ、最初はそんなもんでしょ」
慰めでも、非難でもない。
ただの事実。
「……」
私は、何も言えなかった。
これまで。
こんなことはなかった。
私の判断は、常に最適だった。
少なくとも。
そうなるように作られていた。
だが。
ここでは。
「……通用しない」
口に出す。
はっきりと。
認める。
それが、最初の一歩だ。
「当たり前じゃん」
声がした。
振り返る。
アメリアだった。
腕を組んで、こちらを見ている。
「ここ、王都じゃないし」
当然のように言う。
まるで、それがすべてだとでも言うように。
「……そうね」
私は頷く。
否定はしない。
できない。
「で?」
アメリアが続ける。
「それでどうすんの?」
「どう、とは?」
「そのままやるの?」
指をさす。
水の跡。
「それとも、やめる?」
単純な問い。
だが。
逃げ場はない。
「……やめないわ」
私は答える。
即座に。
「ふーん」
アメリアは、少しだけ目を細めた。
「なんで?」
「確認するためよ」
「何を?」
私は、少しだけ考える。
そして。
「どこまで通用しないのか」
そう答えた。
アメリアは、数秒だけ黙った。
それから。
「……変なの」
そう言った。
「そうかしら」
「普通はさ」
彼女は肩をすくめる。
「一回失敗したら、やり方変えるでしょ」
正論だ。
完全に。
だが。
「それでは、分からない」
私は言う。
「何が問題なのか」
沈黙。
アメリアは、じっと私を見ていた。
やがて。
「……まあいいけど」
興味なさそうに言う。
「勝手にすれば」
そして、背を向ける。
「ただし」
少しだけ振り返って。
「また無駄にしたら、次は手伝わせないから」
それだけ言って、去っていった。
――静かだ。
また。
同じ静けさ。
だが。
今度は違う。
少しだけ。
意味がある。
「……なるほど」
私は、小さく息を吐く。
そして。
もう一度、水桶を持つ。
今度は。
少しだけ、慎重に。
少しだけ。
考えを変えて。
「……まだ、分からないわね」
だが、それでいい。
これは。
確認だ。
そして。
その先に。
何かがある。
――はずだ。
第14話まで読んでいただきありがとうございます。
ここで初めて、主人公が「完全に間違える」場面が出てきました。
これまでのやり方が通用しないことを、実体験として理解し始めています。
そしてアメリアという存在が、主人公の価値観を崩す役割として動き始めました。
次話では、この流れがさらに進み、主人公が「どう動けばいいのか分からない」状態に入ります。
ここが大きな転換ポイントになります。
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