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ラブコメ

後悔する情けないイケメンが見てみたい!

作者: しぃ太郎

「これですわ!最近の私の好みの男性は!」


少し興奮しすぎて、ガタリとテーブルで音を立ててしまうが、相手の目の前にその本を掲げた。


最近流行りの、気鋭の新人作家。

今までの物語を覆すラブストーリーが人気なこの作家の新作を手に持って熱く語ってしまう私。

 

ジェーン=ブライズ子爵令嬢。


栗色の髪にグリーンの瞳。垂れ気味な目元のせいで、少し幼く見られがちなのがコンプレックスな、普通の貴族令嬢だ。


「最初は傲慢な性格の美貌の男性が、ヒロインに冷たく当たり、嫌われ逃げられてしまう!でも、彼女が居なくなってから大切だったのだと気づくのよ。そこから後悔する彼!ヒロインに愛を語って縋り付くの」


私は、そこで自分の身体を両腕で抱き込む。

「でも、相手にもされなくて後悔で落ちぶれていく、彼の惨めで可哀想な姿が素敵なの…」


「そ、それは…独特な感性だね」


私の話を聞いてくれていた兄は、何故か顔を背けて答えた。


「なんですの、その反応は」


「いやー、前からジェーンは変わった子だったけれど、これはどうすればいいかなぁ…」


意味のわからないことを。半眼で兄を睨む。


「とにかく、読書の邪魔ですわ。これ以上用がないなら出て行って下さい」


兄を追い出し、私はどうすればこの本の中の様な男性に会えるのか考え込む。


(うん、無理ね)


実際に居るとただのクズ男かもしれない。

よくもまぁ、女性を軽んじてそれを棚に上げて愛していると抜かすのか。


お兄様が、いきなり最近の男性の好みを聞いてきたからこんな話になったのだ。

「まぁいいわ、読書読書〜」


そんなやり取りがあったなんてすぐに忘れて読書に没頭する。さっきからこの続きが気になっていたのだ。


私は、お兄様とのやり取りをすっかりと忘れたのだった。



※ ※ ※


最近の学園は演劇が流行っているのかしら?


何故か、私の目の前で片膝をついて胸を当てていたり、胸の前で祈りのポーズをしながら、天を仰ぐ男性の姿を見かける。

チラチラとこちらを見るので、何か感想やリアクションを求められているのかもしれない。


(今度何かイベントでもあるのかしら?)


「ジェーン嬢、奇遇だね」


さっと、そんな男性達から私を隠す様に現れたこの方はお兄様のご友人。


黒髪碧眼、スマートな身のこなしで女生徒ににも人気がある、エリック様だ。


「エリック様、お久しぶりです。所で、近々何かイベントがあるのかしら」


リアクションを求められても困ってしまうので、エリック様に隠れてこの場を離れよう。


「いや?何も聞いてないかな」


そうなのね。じゃあ皆、変な病気にでもかかってしまったのかしら。熱でおかしくなったのかもしれないわ。


「ねぇ、話は変わるんだけど、ちょっと相談があるんだ。裏庭で少し話せないかな?」


エリック様からのお誘いは珍しい。会う時はいつもお兄様と一緒だからだ。


裏庭に移動する間にも、女性の前で謎のポーズをする男性達を見かけた。周りの女生徒も怪訝そうな顔だ。





裏庭のベンチに2人で腰掛けてから、エリック様が話を切り出した。


「最近の彼らの奇行は多分、これのせいだと思う」

一冊の本を取り出して、私に渡した。が、これは!


「私の愛読書ではないですか!」

「そうなんだよ。最近の貴族女性に人気の本。だけどね、男性にも人気があるんだ」


なるほど。ラブストーリーは男女共に人気が出る。

「え、あの方々の奇行って別に本には関係無いんじゃないですか?」

「そのタイトル見てくれる?」


『私を捨てた旦那様。今日でさようなら。〜これから彼らは破滅するようです』


「なんてこと!彼らは婚約者や彼女に捨てられる前に大袈裟に謝っていたのね」


思わず口に手を当てて驚いてしまう。


「まぁ、それが大半かな。ああやって反省している姿を周りにも見せて、自分がどれほど本気なのかアピールしているみたいだ。中には少し気に入らない理由のやつらが混ざっているみたいだけど」


エリック様の笑顔が怖いわ。余程気に食わない理由があるのね。


「だからね、ジェーン嬢。自分の行いを謝罪して、女性との仲を円滑にしようとしている彼らは応援しているんだ。けれどねぇ物語を利用して、女性の心につけ込む輩には注意したいんだよ。今後も本に影響された行動を取る人が居ないとも限らないし」


エリック様がため息をつく。とても絵になる光景だわ。


「でも俺は流行りの本に詳しく無いしね。知らなきゃどうにも出来ないでしょう?だから君に協力してもらいたいんだ、どう?」


(そういえば、エリック様って生徒会の一員でしたっけ。風紀の乱れが見逃せないのかしら)


「お願いだよ。俺って女子生徒に知り合いが多くないしオルガの妹の君なら信頼出来る」


身を屈め、私の手に口付けする振りをして上目遣いで頼んできた。


――これは断れないわ。

その上目遣いはずるいわよ、エリック様。



「え?私の好きなシチュエーションを教えて欲しい、ですか?」


思ったよりも簡単なお願いで拍子抜けしてしまう。

それなら簡単だわ。

うーん…そうですわね…。


「1番は婚約破棄の場面ですわ。浮気者に婚約破棄された女性がその場で他の男性からプロポーズされる場面です」

「それは女性が可哀想だね。うーん…。他には?」


勿論まだまだある。語っていいのかしら。


「後はですね〜…、お忍びデートとかもいいですね。デートの終わりでは、綺麗な夜景を見ながらちょっとしたお話をしたり、…キスしたりしてグッと距離が近付くんです…」


「それはいいね、今度お勧めの本を何冊か教えてくれるかな?」

「勿論!エリック様と好きな本について語れるなんて私も嬉しいです」


それから、エリック様と私は放課後に話す様になった。いつの間にか、エリック様と一緒にお話するこの時間がとても大切なものになっていた。


お兄様にも言われる通り、本好きの変わり者。

そんな私と女性に人気のエリック様。

全く釣り合わないのはわかっているが、自分から終わりを切り出す勇気は持てなかった。


最近の学園はまた落ち着きを取り戻した様だ。

エリック様が心配していた男子生徒の奇行も目立たなくなってきたみたい。もしかしたら、皆、婚約者に許してもらえたのかもしれないわね。


そんな事を考えながら、エリック様との待ち合わせ場所に向かう。


すると、彼は既に来ていて誰かと話しているらしい。

(あ、お邪魔しちゃ悪いわね。しばらく時間を潰してこよう)


そう考えてその場を離れようとした時。

「お前、そろそろあの子に本当の話をしたらどうなんだ?あの人と賭けているんだろ。だからこんな間怠っこい事してるんだろ」


――賭け?何のこと?

あまりの事に足が縫い止められた。


「お前には関係無いだろ」

今まで聞いたことがない、冷たいエリック様の声。

「流石にあの子が可哀想だって。確か、お前の家に縁談の話が来てたじゃないか。お遊びは程々にしとかないと…」


――あの子って、私?お遊びって…


バラバラと本を取り落としてしまった。

物音に気づいて扉を開けたエリック様と目が合ってしまう。

(駄目だ…平気な態度を取らないと) 


本を拾う振りをして、普段通りの声を出そうとした。

「あ…ほ、本を…その」

無理やり声を出したせいか、感情が制御出来ないまま、ぽたりぽたり、と涙が落ちる。


涙なんて見せられないから、私は俯いて逃げ出そうとした。


「待って!違う!」

エリック様の慌てた声が聞こえる。

腕も掴まれている。


でも、いい。もうどうでもいい。

その腕を振り払い、私は逃げ出した。


淑女とか、そんな事どうでもいい。エリック様もどうでもいい。


そのまま家に帰り、私は自分の部屋で好きなだけ泣いた。


考えたら、エリック様は侯爵家のご子息だ。

次男だが、それでも裕福な侯爵家との繋がりを求められて、何処かに婿入りするのかもしれない。


賭けって何のことだろう?

高位貴族で流行っているという、ターゲットを自分に惚れさせる遊びだろうか。


もうどうでもいい。エリック様なんて大嫌いだわ。


私はそのまま、翌日の学園を休んでベッドに包まっていた。



※ ※ ※



「ジェーン、エリックがお前に会いたいって」

お兄様が私の部屋をノックする。


「嫌。会いたくないわ。帰ってもらって」


「それがなぁ…。応接室まで来いって母さんからの命令なんだよ」


うっ。酷いわ。傷心の娘より権力なのね。

私は、メイドを呼んで寝間着から手早くドレスに着替えた。


あぁ、気が重い。顔も見たくないのに。


部屋に入ると、兄とエリック様の2人だけだった。

母に話を聞かれる心配がなくなって少し安心できた。


エリック様と2人きりじゃない事も有り難い。


部屋に入るなり、エリック様は私に頭を下げて謝罪した。


「賭けの話は、君が思っているようなものじゃないんだ。俺はずっと君が好きだった。だけど、侯爵家から求婚状を送ったらこの子爵家では断れないだろう。

無理やりは嫌だった。それに俺にも何件も縁談の話があった。見かねた父が俺に賭けを持ち出したんだ。3ヶ月以内に君と恋人になれば許すと。でも、それが無理だったら素直に他の縁談を受けろとね」


エリック様はそこでチラリと兄を見た。

「だから、オルガに協力してもらって君の好みを探ってもらったんだ。…あまり約に立たなかったけどね」


確かに前に答えた、私の理想の男性像は無いわ。あれは本だからいいのよね。


「そのタイミングで、君の好きな本が流行ったろう?女性に捨てられて後悔する男の話。あれに自分を重ねて不安になった男が、婚約者に何度も謝罪する騒ぎがあった。でも、君は怪訝そうにはしていてもあまり興味が無さそうだった」


「あれは一時の気の迷いといいますか…」

まぁ、現実ならただの情けない男性ですし…。


「それに便乗して、変わった趣味のジェーンにアピールしていた奴らが邪魔だった。面白がって、俺の邪魔をしていた奴も居たな」


「あれって私の男性の好みの話も漏れていたんですか?だから、あんなに私の目の前で変なポーズを…」


「あ、あれは断じて俺のせいじゃない!オルガが面白がったせいで少し話が広がったんだ!」


お兄様…。私だって貴方の恥ずかしい秘密を幾つも知っているんですからね。

横で必死に手を合わせている兄を一瞥する。


「でも、俺としては君に近づいた理由なんて1つしかない。君に俺を好きになってもらいたかったんだ」


ここまで説明されたら、信じるしか無いだろう。

本では知り得なかった、男性からの愛情が籠もった瞳。


私に誤解されないように、普段の彼からは想像できないくらい余裕のない姿。


「お兄様、今すぐに部屋から出て行って」

扉を指さして、兄を追い払う。


兄が出て行ったのを確認してから私は答えた。


「私の好みの男性を教えてあげますね。私に誤解されたと思って後悔した姿。本の中のヒーローより情けなくて格好良かったですわ、エリック様」


くすりと彼に笑いかける。


数秒の後に、広がる彼の歓喜の色。

「ジェーン嬢!じゃあ…!」


その時私は、後悔した後の男性の、その笑顔が本当に素敵だなって思った。



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