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Waltz In BLACK  作者: 響子
3/10

『面』 その3

 二人は手をつないで歩き、そのまま集落を抜け、やがて山道に入った。しばらく歩くと、木々が開け、短い草の生えた野原になる。

「尻尾が出たままだぞ」

「あ……」

 父親に指摘され、子供は頭をかいた。作りものの尻尾を外した、のだろうか? 見えなくはなったが、さて、どこへ上手に隠したものか。懐に入れた訳でも、手に持っている訳でもない。不思議な手妻のようだ。

「見つかったら、母さんに叱られるだろう」

「うん、そうだね。ひとさわがせないたずらをしたって、しかられる。……おとうさん、いいつける?」

「そうしたら、どうしてこういうことになったかって説明しなきゃならなくて……、私も叱られるじゃないか。黙っていよう。男と男の、約束だぞ」

「うん。ふふっ」

 子供は楽しそうに笑い、夜空を見上げた。

「やくそくだよ、おとうさん」

 一人前に扱って貰ったのが、嬉しいのだ。今度こそ、年相応の子供らしく、元気で可愛らしい声だった。父親もつられて、顔を上げる。

「大きな月だな」

「まんまるだ」


「おかえりなさい」

 父子は少し驚いて、そちらを向く。確かにもうすぐ、家に着くはずではあったが……。そこには月の光を全身に浴びて、一人の女が立っていた。

「おかあさん、ただいま!」

 子供が飛びついていき、その女はもう一度、同じ言葉を口にする。

「おかえりなさい」

「……一人で出ては、危ないじゃないか。家の中で、待っておいで」

 男が注意する。ここは、里よりはもう山に近い。夜には何か、獣でも出るのかもしれない。

「ごめんなさい。でも、早く帰ってこないかしらと思って……」

「そうか。心配させて、悪かったね」

 女は首を振り、俯いた。

「さあ、家に入ろう」

 男が肩に手を置くと、ふっと頬を染める。あんな大きな子供がいても、まるで初心な娘だ。

「おかあさん、みて! おとうさんにかってもらったんだよ!」

 先に立つ子供が、額の面を指さして見せた。

「まあ。可愛らしい子狐さんだこと、ほほほ」

 手の甲を口元に当て、どこか古風に女は笑った。男は優しい視線で、それを見つめる。どこにでもある、仲の良い一家の暮らしにしか見えない。


 野原の隅に、小さな家がある。そこが、三人の住まいらしい。

「お出かけして、疲れたのでは。(ありのみ)も冷えているけれど、今夜は早めに寝むでしょうから、明日のお八つに、」

「たべる!」

「子供に食べ物の話をしてしまってから、待ったは効かないだろう……」

 男が苦笑いし、子供に諭す。

「だが、少しだけだぞ。三人で、一つだけにしよう」

「うん」

「剥いてくるわ。少し待っていてね」

 そう言って女が台所に向かった後、子供が彼の袖を引いた。

「おかあさん、きいてたかなあ」

「どうだろうな。確かめてみたいが、藪蛇で叱られるのも嫌だな」

「おこると、こわいもんね」

「うむ。怖い怖い」

 そこへ、皿を持った女が戻ってくる。

「まあ、何のお話? 怖いって、何が?」

「ないしょ。ねえ、おとうさん」

「うむ」

「……もう、酷いわ」

 やがて子供は、梨の一切れを手に持ったまま、眠ってしまった。男がそれを取り上げて、自分の口に入れる。女は子供の口元を拭いてやり、二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。

「食べきれないのに、欲しがるんだからな」

「頑是ない、子供ですもの。あの……、ごめんなさい、さっき」

「うん? 一人で、外に出たこと?」

 女は首を振る。

「私たちの、内緒の約束のことかい?」

 それには、小さく頷く。男が逆に、頭を下げた。

「いや。ちゃんと君に話すべきだった」

「貴方が良いと考えたことです。私が口を挟む筋では……」

「君はあの子の母親だ。私たちは家族なのだから、当然のことだよ」

 そして男は、今夜の出来事を話して聞かせる。話が進むにつれ、女は目を丸くし、やがて先ほどと同じように、くすくすと笑った。

「誰が悪いのかと言えば、私が一番悪い。できれば、あの子を叱らないでやって欲しい」

「ええ。貴方に狐のお面を買ってもらって、あんなに喜んでいるのですもの。人が大勢いる、お祭りに出かけるなんて、心配だったけれど」

「何故だい。心配することなど、何もないよ」

「でも……。私のせいで、あの子も……、貴方まで、あまり外に出られなくて……」

 悲しそうに目を伏せて、女が呟いた。男は手を伸ばし、その唇に指を当てて黙らせる。

「私は、私の意志でここにいる。もしも君が都会に住みたいと言うのなら、いくらでも連れて行くが?」

「……まさか」

「そう。それだけのことだ。だが百年も前には、麻布にも狸が出たというよ。父の屋敷がまだあるのなら、もう誰も住まないあばら家になっているだろうし、ここと大差ないのかもしれないな」

「まあ。ほほほほほ……」



(第一話『面』 了)

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