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Waltz In BLACK  作者: 響子
2/10

『面』 その2

 そのとき。

「あれ?」

 狐の面をかぶったままの子供が、小さな声をあげる。

「どうしたい、坊」

 先ほどと同じ問いかけだが、今度は安堵の気持ちがにじみ出ていた。この気づまりな状況を変えてくれるなら、何だって有難いのだ。

 しかし。

「とれないよ」

 子供の言葉が、とっさに信じられない。

「えっ?」

 面の縁を両手で掴み、前に持って行きたそうだが、動かない。言葉の通り、顔に貼りついているように見える。

「どうなっているんだい? 何か、接着性のものでも塗布しているのか?」

「せ、先生、難しいことを言わないでおくんなさい。糊かなんか付いてるか、ってことですか?とんでもない。ゴム紐をかけて留めてるだけでさァ」

 異常な事態に、何とか口は回るようになった。だが、状況はさっきより悪いのだ。

「どっかに、引っかかってるんじゃ……?」

 だが、子供は丸刈りの坊主頭で、ゴム紐が髪の毛に絡まっている訳でもない。たとえ安物の材料でも、薬剤が溶けて顔に貼りつくとも思えないが、万一のことがあっては大変だ。

「小父さんが引っ張ってみるからな」

 手を伸ばし、外そうとしたが、子供が大きな声を出す。

「いたい! やめてよ!」

「おい君、止め給え」

 痛がる様子に、さすがに直ぐ、父親が止めさせた。

「で、でも……」

 面売りを制し、男が子供に問う。

「引っ張ると痛いんだな?何もしなければ、大丈夫なのか?」

「うん」

「何か、強い臭いは?」

 接着剤を疑っているのだろう。だが、子供は首を振る。

「ううん。なにもしないよ」

「そうか……。とはいえ、このままでは困るな」

 困る、などという問題ではなかろうが、父親は非現実的な言葉を吐く。

「まさか、本当の狐になってしまうのでは…」

「寝言みたいなことを言わんでください。大学出の、偉い先生が……」

 面売りが口を挟むが、男はまだ続けた。

「山の神様の、思し召しだろうか。面売りの小父さんの悪戯のせいで、お前が本当に狐になってしまったら、父さんはどうしたらいいんだ。母さんも悲しんで、きっと病気になってしまうだろうし」

「あ、あのう……あっしの商売のやり方は謝りますから……。何でしたら、お代もお返ししますし……」

「君は何を言っているんだ。それでこの子の面が、外れるとでも? まさか、芝居だと思っているんじゃないだろうね」

 じろりと睨まれて、面売りは上ずった声をあげる。

「め、滅相もない」

 そこへまた、子供が追い打ちをかけた。

「おとうさん、たすけて。どうしてとれないの……、あ、あれ? なんだろう、これ……?」

 上ずった、何かに怯えたような声を出す。見てはいけない、きっと、恐ろしい思いをすることになると予想できる。だが、面売りは、それに視線を向けてしまった。

「う……」

 面をかぶっているため本人には見えていないようだが、子供が後ろ手に触れているのは、見事な程にふさふさとした……、狐の尻尾だった。

「うわああああああっ!」

 恐怖の叫びをあげて、面売りはその場を逃げ出す。もはや、後のことなど考えられない。


「……やりすぎだ」

 腕組みをした男が、ぼそりと呟く。

「おとうさんだって」

 取れなかったはずの狐の面を(はす)にかぶり直し、子供が言い返した。

「店を放り出して、逃げて行ってしまったじゃないか。灯もあるし、危ないぞ」

 大きな音を立てているバッテリーを切り、火の元を確かめる。

「小ずるいやり方で、面を売ってるって言うから」

「ちょっとだけ、からかったのにね」

「薬が効きすぎたようだな」

 金は身に着けていたようだし、他に使いようのない面を盗んでいく者もいまい。男は頷いて、子供の肩に手を置いた。

「帰ろうか」

「うん」

 参道の先、遠くに見える拝殿に軽く頭を下げた後、二人はその場を離れる。


 石段を降りた脇の植え込みから、足が生えていた。何者かと気づいた父子は、顔を見合わせて笑う。

「おい君、頭隠して尻隠さずかい」

「だいじょうぶ?」

「ひっ! お助け……、あ、あれ?」

 ガサガサと葉を掻き別け、案の定、先程の面売りが顔を出した。

「驚かせて、済まなかったね」

「さようなら、おじさん」

 子供の顔は普通に人の子で、面はただ、額に乗っているだけだ。面売りは今度はほっとして、腰が抜ける。

 村人は誰も、今の小さな事件には気付かない。人々のざわめきは遠く、秋の夜はゆっくりと更けていく。

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