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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
番外編:料理人の姉は働きたくない

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第四話:静かなる魔女と形見の小箱のささやかな反乱


 とある日の昼下がり。静木カエデはオアシス連邦にある、自らの広大な自室でいつものように怠惰に勤しんでいた。ふかふかの天蓋付きベッドの上で、ゴロゴロと転がりながら、昨日取り寄せたばかりの恋愛小説を読みふける。

 だが、彼女のその規格外の読書スピードは、既に五百ページを超える大作を昼食後、わずか一時間で読了してしまっていた。


「流石に暇ですわね……」

 ぽい、と本をベッドの脇に投げ捨てると、彼女は深いため息をついた。


「手持ちの小説は全て読み終わりました。仕事は……今は無いはず……。ええ、やることがありませんわ……」


ぐぅ〜〜〜……


 その静かな部屋に、あまりにも不釣り合いな可愛らしい音が響き渡る。何もしなくてもお腹は空く。生物は生きているだけでカロリーを消費するのだ。カエデはむくりと、その気だるげな体を起こした。


「お腹が空きましたわね……。そうだわ。久しぶりにあの小箱からおやつを貰うとしましょうか。」



 そう言うと、彼女はベッドから降り、部屋の一番日当たりの良い場所に鎮座している小さな神棚へと向かった。

 その小箱は、一見するとただの美しい木箱だった。手のひらに一つ乗るくらいの大きさ。材質はこの世界には存在しない、木目が美しい黒檀のような木で出来ている。表面には、金色の蒔絵で繊細な桜の花びらが舞っている見事な工芸品だ。


 だが、これこそが静木家に代々伝わる、至宝の一つ。千年前に初代勇者が異世界(日本)から持ってきたという『形見の小箱』だった。この小箱には、一つの強力だが、少しだけ気まぐれな魔法がかかっている。

 それは、持ち主が強く何かを願うと、その願いに応じて初代勇者の故郷である異世界(日本)から何かを一つだけ取り寄せることができるという、空間転移魔法の一種。ただし、何が出てくるかは、完全に小箱の気分次第。お菓子を願えばお菓子が出てくることもあれば、なぜか全く関係のないプラモデルが出てきてしまうこともあるという、非常に扱いの難しいアーティファクトだった。

 また、魔力の波長が合うのか謎ではあるが、現在はカエデだけが使用出来る。


 カエデは、その小箱を優しく撫でた。

「さて、小箱さん。ご機嫌はいかがかしら?」


 彼女は、小箱にそっと魔力を流し込む。そして、彼女は自らの欲望の全てをその一念に集中させた。

「今日こそ、何か甘くて美味しいものが欲しいですわ!それも、とびっきり珍しくて、わたくしがまだ食べたことのないような最高のおやつをお願い!」


 カエデがそう強く念じると、小箱がカタカタと震え始めた。そして蓋がひとりでに、ぱかりと開く。中から、ふわりと柔らかな白い光が溢れ出し、その光が収まった時。そこには、一枚の白いお皿が現れていた。

 お皿の上に乗っていたのは、これまで見たこともない不思議なお菓子だった。真っ白で、ふわふわとした雲のような生地。その上には、たっぷりの生クリームと、色とりどりのフルーツが宝石のように飾られている。そして、何よりもその甘くて香ばしい香りが、カエデの鼻腔をくすぐった。

「これは……!『パンケーキ』というものですのね……!」

 カエデは目を輝かせた。彼女は、早速そのふわふわの生地を一口、口に運んだ。その瞬間、彼女の全身に衝撃が走った。

(美味しい……!なんという罪深い、美味しさですの……!)

 卵と牛乳の優しい甘み。ふわふわとろとろの奇跡の食感。そして、生クリームの濃厚なコクとフルーツの爽やかな酸味が、口の中で完璧なハーモニーを奏でている。彼女は、夢中でそのパンケーキを食べ進めた。



 あっという間に、最後の一切れを口に運び終えたカエデ。彼女は至福のため息をついた。

「……はぁ。最高でしたわ。やはり、わたくしの故郷のお菓子は世界一ですわね」

 彼女は満足げに頷くと、空になったお皿をテーブルの上に置いた。


「さて。食後の運動がてら、少しだけお昼寝でもいたしますか」

 そう呟き、彼女が再びベッドへと向かおうとしたその時だった。テーブルの上に置いてあった空のパンケーキのお皿が、カタカタカタ……!と、激しく震え始めたのだ。

「あら?」

 カエデが不思議そうに見ていると。お皿はふわりと宙に浮き上がると、まるでUFOのように部屋の中を高速で飛び回り始めた。そして、それはカエデの頭上へと飛んでくるとぴたりと止まった。次の瞬間。

ぺちんっ!

という可愛らしく、間抜けな音と共に、お皿が彼女の頭のてっぺんに綺麗に乗っかった。

 もちろん、お皿にはまだ食べ残しの生クリームが少しだけついていた。その冷たくい感触が彼女の黒髪を優しく汚していく。

 カエデは固まった。そして、ゆっくりと頭の上のお皿を手で確認すると深いため息をついた。

「……なるほど。これが、俗に言う『お皿洗い』というものですのね……」

 どうやら、気まぐれな小箱はおやつを提供するだけでなく、その後片付けまで持ち主に要求してきたらしい。

「……面倒ですわ……」

 その日の午後、静木家のキッチンでは、世界最強の魔女がたった一枚のお皿を不満そうに洗っている珍しい光景が見られたという。

 天才の怠惰な休日は、こうしてほんの少しだけ面倒な家事によって締めくくられるのだった。


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