閑話休題 その九:折れた短刀と騎士の約束
アークランドでの祝賀会から、数日が過ぎたある日の午後。
『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』の甲板は穏やかな日差しに包まれていた。
レオンは意を決して、厨房で夕食の仕込みをしているコノハの元へと向かった。
その手には、先日の戦いで先端が折れてしまったコノハの短刀が布に包まれて大切に握られていた。
「コノハさん。今、少しだけよろしいでしょうか」
レオンの真剣な声に、コノハは野菜を切る手を止めた。
レオンは布を広げると、その折れた短刀をテーブルの上にそっと置いた。
彼は、改めて深々と頭を下げた。
「先日は本当にすまなかった。俺が不甲斐ないばかりに、君のお母上から譲り受けた大切な短刀を傷つけてしまった。この罪はどう償えば……」
そのあまりにも痛切な謝罪。
コノハは、ふうと一つ深いため息をついた。
「レオンさん。あの時も言いましたけれど、わたし全然怒ってなんかいませんよ」
彼女は、その短刀を優しく手に取った。
「道具は使われてこそです。この子が、あなたの命を守ってくれたのなら、それはこの子にとって最高の誇りです」
だが、彼女は少しだけ頬を膨らませて続けた。
「……ですが! あの時は危ないと思って、咄嗟に体が動いてしまいましたけれど、わたしだって肝を冷やしたんですよ? もし、間に合わなかったらと思うと、今でもぞっとします!」
彼女の少しだけ拗ねたような、しかし、心からの心配の言葉。
レオンは何も言い返せなかった。
「……ですが、これはどうやって直せば良いのでしょう……」
レオンが申し訳なさそうに尋ねる。
コノハは折れた先端を見つめた。
「そうですねぇ……。先が折れているだけなので、薬草採取とかにはまだ使えますから、焦らなくても良いとは思います。また今度ドワーフ王国へ行った時に、親方に聞いてみましょうか」
彼女の優しい言葉に、レオンはますます申し訳なくなった。
だが、その時だった。
コノハは、にやりと悪戯っぽく笑った。
その大きな黒い瞳がキラリと光る。
「……ですが、レオンさん。それで話が終わりだと思ってはいけないです?」
「え?」
「この短刀を折ってしまった責任は、ちゃんと取ってもらわないとですね!」
その思いがけない一言に、レオンははっとした。そして彼は騎士としてきっぱりと言った。
「ああ、もちろん! 俺で出来ることなら何でもする! 言ってくれ!」
レオンの生真面目な返答に、コノハは満足げに頷いた。そして、彼女は最高の笑顔でその「責任」の取り方を告げたのだ。
「――では決まりですね!」
彼女は言った。
「今度、わたくしの故郷のオアシス連邦に帰った時、わたしのお母様にあなたが直接この短刀を折ってしまったことを謝ってくださいな!」
「……えっ?」
「そして、その時にどう責任を取るのか改めて三人で決めましょうか!」
コノハの可愛らしく、ある意味どんな魔獣との戦いよりも恐ろしい提案。
レオンの脳裏に、全てをお見通すといえ噂の母コズエの笑顔が浮かび上がった。
彼は顔を真っ青にしながら、ただ、こくりと頷くしかできなかった。
騎士レオンの新たなる、困難な試練の約束が交わされた瞬間だった。




