第三十六話:竜を制した菓子と王の爆笑
ドワーフ王国の玉座の間(という名の大鍛冶場)へと戻ってきた時。ドワーフの王と職人たちは、巨大な城門の修復作業の真っ最中だった。カンカンというリズミカルな槌の音が、熱気に満ちた空間に心地よく響いている。
「お、お前さんたちか!」
一行の姿を認めた王は、汗だくの顔を汚れた布で拭った。その顔には純粋な驚きが浮かんでいる。
「随分と早いお戻りじゃな。てっきりあと数日はかかるものと。いや、無事に帰ってきただけでも上出来か。あの赤い古竜はやはり手強かったか? 諦めて帰ってきたか?」
彼は、一行が目的を果たせなかったものと思い込んでいたのは無理もない。数千年、誰一人としてあの竜の縄張りに踏み入って、生きて帰ってきた者はいないのだから。
「いえ、王様。諦めてなどおりませんよ」
レオンが穏やかに、しかし誇らしげに答えた。
「我々は我々の使命を果たしてまいりました」
その王の労いの言葉に、コノハが一歩前に出た。彼女は仲間たちに守られるように、大切に抱えていた小さな桐の箱を、王の目の前にそっと差し出した。そしてその蓋をゆっくりと開ける。
箱の中からは、まるで小さな太陽そのもののような、眩い黄金色の光が溢れ出した。その光の中心には、たった一粒だけだが、圧倒的なまでの生命エネルギーを宿した『太陽の大豆』が鎮座していた。
キィンという金属を打つ音が、鍛冶場から消えた。ドワーフたちが、全員そのありえない光景に動きを止め息をのんでいる。ドワーフの王はあまりの衝撃に、手に持っていた愛用の戦鎚をガシャンという大きな音を立てて床に落としてしまった。
「そ、それはまさか……」
王の声が震えている。
「どうやって、あの古の獣をどうやって打ち破ったのじゃ! 一体どれほどの激しい戦いで、どれほどの犠牲が?!」
彼は当然、一行が命がけの壮絶な死闘を繰り広げたのだと信じて疑わなかった。
「ガルム殿! 君のその剛腕で竜の顎を砕いたのか!あるいは、レオン殿! 君の剣で、竜の頭を貫いたとでも言うのか!」
ドワーフ王の真剣で、英雄譚を期待する問い。コノハは、きょとんとした顔で首を傾げた。そして、悪気なく微笑んだ。
「え? 戦ってませんよ?」
「は?」
王の思考が、完全に停止した。
「戦わずにだと? 馬鹿な! では、どうやって!? 竜が眠りこけている隙にでも盗み出してきたと言うのか!」
王は必死に自分たちの常識の範囲内で、理解できる可能性を探ろうとする。
「いえいえ! ちゃんと起きていらっしゃるドラゴンさんと、しっかりお話し合いをしてきましたよ!」
コノハは元気よく答えた。
「話し合い?」
王はもはや、混乱の極みにいた。あの人の言葉など聞く耳を持たぬ暴君のようなマグマの竜と?
「まさか、お主ら黒の一族に伝わるという、禁断の精神支配の魔法でも使ったのか?」
「違いますよー」
コノハは、そのあらぬ誤解を楽しそうに否定した。
そして、彼女は今回の完璧な作戦の、その輝かしい成果を満面の笑みで報告した。
「わたしが作った、とってもとーっても冷たいお菓子と『物々交換』していただきました!」
しーーーーーーん。
玉座の間は、かつてないほどの完璧な沈黙に包まれた。ドワーフの王は、そのごつい顔のまま完全に固まっている。彼の数千年の長い長い人生の中で、彼の脳みそは今最も激しく回転していた。
(つめたいおかし? ぶつぶつこうかん?)
(あのエンシェント・マグマドラゴンをアイスクリームで買収したと?)
やがて、彼の頑健な口元がぷるぷると震え始めた。
そして次の瞬間。
「ぶわっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」
王の腹の底からの大爆笑が、鍛冶場全体を揺るがした。
「駄目だ! 腹がよじれる! ひぃっはっはっは!」
彼は涙を流し、玉座から転げ落ちんばかりの勢いで笑い転げている。その爆笑は、すぐに周りの職人たちにも伝染した。
「アイスで竜を!」
「そんな馬鹿な!」
「いやこの嬢ちゃんならやりかねん!」
「わははは!」
玉座の間は、もはや笑いの渦に包まれていた。
「参った! 参ったぞコズエの娘! お主は母を超えたわ!」
王は涙を拭いながら立ち上がった。
「まさか、あの国宝級の偏屈竜を、菓子一つで手懐けるとはな! これほどの武勇伝、我が国の歴史にも残っておらんわ!」
彼は、コノハたちのそのあまりにも平和的で、あまりにも奇想天外な勝利を最大限の賛辞で称えた。
「よし! 決めたぞ! お前さんたちは、今日から我がドワーフ王国の永遠の友じゃ! 何か困ったことがあったら、何時でも言え! このドワーフの王が、国中の職人たちを総動員して助けてやるわ!」
こうして、一行は最後の伝説の食材を手に入れただけでなく、世界で最も頼りになるドワーフという屈強な同盟国まで手に入れた。全てはコノハの純粋な食欲と一杯の極上の氷菓子がもたらした奇跡だった。




