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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第二部:英雄達は創世のレシピを求める

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第三十五話:マグマの竜と究極の手土産


 ドワーフ王国の城門を街の人々の陽気な(そして少しだけからかうような)声援に見送られ、一行は最後の目的地である活火山『龍の心臓』の麓へとたどり着いた。大地は黒い火山岩に覆われ、空気は硫黄の匂いと地熱で常に温かい。


「……ひゃあ!熱いですわ!」

 アイが手で顔を扇ぎながら、悲鳴に近い声を上げた。

「ええ……。まるで、巨大なサウナの中にいるようですわね。わたくし少しのぼせてしまいそう……」

 シオリもまた、額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。

「ですが、この熱気……。なんだか少しだけ深淵の炎を思い出しますわ。悪くはありませんね。」

 アイはすぐにいつもの尊大な魔女の仮面を取り戻した。


「わたくしは少し苦手ですね」

 アリアが眉をひそめた。彼女のエルフの肌は乾燥した熱気に悲鳴を上げているようだった。

「森の湿った土の匂いが恋しくなります」


「……ここから先は、我らドワーフも滅多に足を踏み入れん聖域にして禁忌の土地じゃ」

 一行の案内役を買って出てくれた、あの鍛冶屋の親方が険しい顔で山頂を見上げた。

「王様からの言伝じゃ。『あのコズエの娘ならあるいはとは思うが……万が一のことがあれば、ワシらが最高の武具を携え必ずや助けに行く。だから死ぬな』とな」


 ドワーフ王の不器用な心のこもった言葉に、一行は深く頭を下げた。ドワーフたちは、この無謀な挑戦に国の総力を挙げて協力してくれていた。


 一行が身につけている灼熱のマグマにも耐えるという特殊な耐熱装備も、彼らがこの数日間不眠不休で打ち上げてくれたものだ。


「さぁ、行きましょう!」

 コノハが仲間たちを見回す。レオンはその決意に頷くと、自らの剣の柄にそっと手を置いた。

「……ああ。だが、皆油断はするな。万が一何かあってもすぐに対処できるように警戒だけは怠らないでくれ」


 最後の、そして最も危険な食材探しの旅が今始まろうとしていた。

 活火山『龍の心臓』の最深部。そこは、見渡す限りの広大なマグマの湖だった。ぐつぐつと煮えたぎる、その赤い海。その中央に、浮かぶ黒曜石の島でエンシェント・マグマドラゴンは眠りについていた。

 そのあまりの熱気と威圧感。そして、その竜の傍らには太陽のように輝く一粒の『大豆』が確かに実っている。


 一行の気配に、竜はゆっくりとその溶岩のような瞼を開いた。

『―――何奴ダ、我ガ眠リヲ、妨ゲル蟲ケラ共ハ……?』


 その声は、火山そのものが鳴動するかのような重く、圧倒的なプレッシャーを放っていた。

「来るぞ!総員いつでも動けるように準備しておけ!」

 レオンの号令で、全員が武器を構えるのではなくそれぞれの得意な魔法や技をいつでも発動できる体勢を取る。


 だが、その一触即発の空気の中、コノハは一人静かに前に進み出た。彼女の手には、魔法の力で完璧な温度に保たれた一つの美しい氷の器が握られていた。

「偉大なる龍神様!」

 コノハは高らかに声を張り上げた。

「わたくしたちは、あなた様と戦うために参ったのではありません!ただ、あなた様にこのささやかな『お土産』をお届けするために参りました!」

『……土産ダト?』


 ドラゴンは、訝しげに眉をひそめる。

『我ガ食ラウノハ、コノ星ノ熱キ血潮…溶岩ダ。人間ノ食ベ物ナド、灰ニナルダケヨ』


 マグマドラゴンは拒絶するが、コノハは全く怯まなかった。

「いいえ。これは灰にはなりませんわ」

 彼女は、その氷の器の蓋をそっと開けた。その瞬間、灼熱の洞窟の中に、ふわりと清浄な冷気が広がった。器の中には、青白い光を放つ究極の氷菓――『氷の女帝のため息』が鎮座していた。


『……ナンダ?コノ香リハ……?コレホド清浄ナ冷気……初メテ知ル感覚ダ……』

 数千年、灼熱の世界にしか生きてこなかった竜にとってその絶対的な『冷たさ』は未知の、そして抗い難い魅力を持っていた。


「これはあなた様のご友人である、北の山の黒い竜神様からお聞きしたあなた様の一番の好物ですわ」

『……アノ黒トカゲメ…!余計ナ事ヲ……!』

 ドラゴンは、ばつが悪そうに顔をそむける。だが、好奇心には勝てなかった。彼は、その巨大な頭をゆっくりとコノハの前に近づけてくる。

 そして、その長い舌を伸ばすと氷菓をほんの少しだけぺろりと舐めた。


 その瞬間。マグマドラゴンの燃え盛っていた黄金の瞳が、驚愕にこれ以上なく大きく見開かれた。

『!!!!!!!!』

 口に含んだ瞬間、全ての熱がすっと消え去り、後にただひたすらに清らかで穏やかに、どこまでも優しい甘さが魂そのものを満たしていく。


 それは、彼がずっと心の奥底で渇望していたのかもしれない静寂と安らぎの味だった。

『……こ、コレハ……一体……』

 ドラゴンは、その衝撃に言葉を失っていた。


 コノハはその最大の好機を見逃さなかった。彼女は深々とそして丁寧に頭を下げた。

「龍神様。もし、このお菓子をお気に召していただけたのでしたら一つお願いがございます」

『……な、何ダ……』

「そこに実っております、黄金の『お豆』をたった一粒わたくしたちにお譲りいただけないでしょうか?その大切なお豆さんとこの冷たいお菓子全部を『物々交換』していただきたいのです!」


 ドラゴンは一瞬迷った。千年かけてたった一粒だけ実る己の力の源泉『太陽の大豆』。それと、この生まれて初めて味わう至福の氷菓全部。彼の巨大な脳内で天秤が大きく揺れ動いた。

 そして、彼は極めて合理的でそして食欲に忠実な決断を下した。

『……フン。ソノ豆一粒ト、ソノ菓子全部カ。良カロウ。取引成立ダ』


 彼はそう言うと、爪の先で器用に太陽の大豆を摘み取るとコノハの前にそっと置いた。

『豆ヲ持ッテイケ。ソシテ、菓子ヲ置イテ早ク立チ去レ。オ前タチガイルト、落チ着イテ味ワエン』

「わあ!龍神様!ありがとうございます!!」

 コノハは満面の笑みで恭しく受け取り、元気良く返事する。


 こうして、一行は最後の伝説の食材を一滴の血も流すことなく、ただ一杯の極上のデザートとの「物々交換」によって手に入れた。

 彼らが洞窟を後にする時、背後からは巨大なドラゴンが子供のように幸せそうにそして夢中で氷菓子をはふはふと頬張る音が聞こえてきていたという。


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