第二十七話:風が運んだ救難要請
『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』の甲板は穏やかな日差しと、仲間たちの陽気な笑い声に包まれていた。
ウルク連邦の凍てつく大地から南へと向かう船旅。日を追うごとに空気は暖かさを取り戻し、一行の心もどこか開放的になっていた。
「いやーそれにしても、あの塩で食う肉は最高だったな!」
ガルムが満足げに腹を叩く。彼の故郷での皇帝との決闘とその後の祝宴は彼に大きな自信と誇りを与えていた。
「ええ。ですが次の『太陽の大豆』はさらに手強い相手になりそうですね」
レオンが気を引き締める。エンシェント・マグマドラゴン。その響きは一行に心地よい緊張感を与えていた。
そんな和やかな会話が繰り広げられていた、その時だった。
「……ん?」
風を読んでいたアリアがふと空を見上げた。
どこからともなく、一羽の緑色に輝く美しい鳥がまっすぐにこの船を目指して飛んでくる。それはただの鳥ではない。エルフにしか使役できないという風の精霊の仮の姿だった。
鳥はアリアの腕に、そっと舞い降りるとその嘴にくわえていた一枚の大きな葉っぱでできた巻物を彼女に手渡した。そして一行に一度だけ深々と頭を下げると、再び風の中へと消えていった。
巻物には震えるような文字で、短くも切実なメッセージが綴られていた。
「……これは……」
アリアの声が震えている。
「……『大地の盟約』代表者会議からの緊急の……救援要請です!」
「『大地の盟約』って確か……獣人の国だったか?」
ガルムが首を傾げる。
アリアが頷いた。
「ええ。西の大陸に広がる、広大な平原と森に生きる誇り高き獣人たちの連合国家です。様々な氏族が互いを尊重し合い、大地の精霊と共に暮らしているとエデンの書物にはありました」
クラウスが地図を広げる。
「補足すると、アークランドからは最も遠い国の一つだ。我々もまだ未訪問の土地だな。彼らがわざわざエデンの風の精霊を介してまで、我々に助けを求めてきた。……よほどの緊急事態だ」
クラウスがその巻物を受け取り、内容を読み上げる。
そこには、世界の『歪み』が獣人たちの国で、いかに深刻な被害をもたらしているか、その悲痛な現状が記されていた。
『――我らが母なる大地は今癒えぬ病に苦しんでいる。
聖なる森は、その輝きを失い、川の水は生命力を失い淀んでいる。
大地に宿る精霊たちの声は、苦悶の叫びへと変わり、その影響で我らが同胞、そして森の獣たちはその穏やかな心を失い、凶暴化する者が後を絶たない。
そして数週間前。北の平原に、世界の歪みが具現化したかのような悪夢の魔獣『キメラ』が出現した。
それは、複数の生物が無理やり一つに融合させられた、哀れな混沌の塊。その苦痛に満ちた咆哮は、大地を震わせその飢えた牙は、我らが土地を無差別に喰らい尽くしている。
我らが最強の戦士団も、その無限の再生能力の前に敗れ去った。
エデンを救いし勇者たちよ。どうか、我らが大地をこの終わりの見えぬ苦しみから救ってはくれまいか――』
巻物を読み終えたクラウスは、重い沈黙の中、顔を上げた。
「……世界の歪みは、我々の想像以上に深刻化しているようだ。特に自然との結びつきが強い獣人たちの国でその影響が最も強く現れているということか……」
「わー!大変だねー獣人さんの国!」
そのシリアスな空気の中、スミレがなぜか少しも驚いていない様子で言った。
「獣人王国はね、あたしたちのオアシス連邦とすっごく仲良しの友好国なんだよ!」
「えっ?」
今度は、レオンたちが驚く番だった。
シオリが優しく補足説明をした。
「ええ。昔獣人王国の方が嵐で遭難して、わたくしたちの国に流れ着いたことがあったのです。それを、わたくしたちのご先祖様が助けたことから交流が始まりました。今でも、一部の獣人の方とは手紙のやり取りなどの交流がありますのよ。」
「どうする?」
レオンが仲間たちを見回す。
最後の食材はドワーフ王国にある。このまま進めばあるいは、数週間でたどり着けるかもしれない。
だが、今この瞬間にも苦しんでいる人々がいる。
答えは決まっていた。
「……決まっています」
コノハが、きゅっと拳を握りしめた。その瞳には料理人としての強い強い使命の炎が宿っていた。
「病気の人がいて、お腹を空かせた方がいる。……それを見過ごすなんてこと、わたくしにはできません!」
「ああ、もちろんだ!」
ガルムも不敵な笑みを浮かべる。
「困ってる奴がいて、暴れてるでけぇ化け物がいるってんなら、助けに行くのが冒険者ってもんだろうが!」
一行の心は一つだった。
「よし。進路変更だ!」
レオンは、船の舵を大きく西へと切った。
「目的地は『大地の盟約』!世界の歪みに苦しむ人々を我々『至高の一皿』が救いに行く!」
それは、彼らの本来の目的からは少しだけ外れた寄り道。
だが、その寄り道こそがレオンとガルムに自らの出自と向き合うための過酷な試練を与えることになることを。
そして、一行の絆をさらに強く固く結びつける重要な冒険になることを。
まだ誰も知らなかった。
船は、新たなる困難とそして出会いが待つ獣人たちの国へとその舳先を向けた。




