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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第二部:英雄達は創世のレシピを求める

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閑話休題 その七:深淵の福音団と厨房を巡る聖戦


 前回のクッキーによる平和的鎮圧から数日後。

 黒姫アイは、自室にシオリとスミレを召集し、第一回『世界征服・反省会議』を開いていた。

「……聞け、我が盟友たちよ」


 アイは、どこからか取り出した仰々しい指揮棒で、海図を叩いた。

「前回の我らの敗因は明白だ。我らは敵のあまりにも原始的な兵站戦術――すなわち、『おやつの誘惑』に、屈してしまった。そして、眼鏡の軍師クラウスの無意味に長い講釈に、時間を浪費させられた!」

 彼女は完璧に、敗因を分析(責任転嫁)してみせた。


「では、どうするのです、アイ」

 シオリが不安そうに尋ねる。

「うむ。直接的な武力による制圧は、彼らの土俵だ。ならば、我らは我らの土俵で戦うまで!すなわち、心理戦!そして兵站の掌握!」

 アイの魔眼がきらりと光った。彼女は、ついに、勝利への完璧な方程式を導き出したのだ。


「――考えよ。この船における、最も重要な拠点とはどこだ?」

「えーっと、あたしのお絵描きスペース?」

 スミレが元気よく答える。

「違う、愚か者め!」アイは、ビシッと、船の見取り図のある一点を指さした。

「ここだ!全ての生命線!全ての力の源!すなわち――『厨房』よ!」


 彼女は、高らかに宣言した。

「『厨房を制する者は、世界このふねを制す』!我らは、この船の心臓部を電光石火の奇襲によって完全に掌握する!食料庫を人質(?)に取り、彼らの胃袋を支配するのだ!さすれば、いかに屈強な戦士とて、空腹には勝てまい!これぞ、完璧なる無血開城作戦よ!」


 アイの回りくどく、セコい作戦にシオリは深いため息をつき、スミレは、「おおー!かしこい!」と目を輝かせるのだった。


 

 作戦は翌日の昼下がりに決行された。

 まず、陽動役のスミレが甲板に駆け出すと、高らかに叫んだ。

「皆さん、見てください!お空に虹色に輝くクジラさんが、現れましたー!」


 彼女が『ジェネシス・キャンバス』で描き出したのは、全長50メートルにも及ぶ、巨大な虹色のクジラだった。クジラは美しいが、絶望的に音痴な歌声を響かせながら船の周りを優雅に遊泳し始めた。


「な、なんだあれは!?」

 レオン、ガルム、クラウス、アリアの四人は、幻想的だが、耳障りな光景に完全に注意を奪われ甲板へと駆け出していった。

 作戦は完璧だった。


 その隙に、シオリが厨房へと静かに忍び込む。

 彼女は調理台に並べられた、調理器具たちにそっと手を触れた。

「――『傀儡の鎮魂歌』。……どうか、少しだけわたくしに力を貸してくださいな」

 彼女のささやきに応えるように、お玉、フライ返し、泡立て器、そして、麺棒たちが、まるで意思を持ったかのように、むくりと起き上がった。そして、厨房の入り口に、完璧な防衛ラインを形成したのだ。


 最後に、大将であるアイが動いた。

 彼女は無人と化した厨房のど真ん中に、音もなく出現した。

「――ふはははは!見たか愚民どもよ!もはや、貴様らの聖域は完全に我が手に落ちた!」

 彼女は勝利を確信し、腰に手を当て高らかに笑った。

「今この瞬間より、この厨房は我が『深淵の福音団』の、絶対不可侵の独立国家となることをここに宣言する!」



 アイが渾身の勝利宣言に酔いしれていた、その時だった。

 厨房の奥にある巨大な食料庫の扉が、ゆっくりと開いた。

 そして、そこから小麦粉でほんの少し顔を白くした、コノハがひょっこりと顔を出した。

「あら?アイさん、どうしたんですか?なんだか、すごく楽しそうですけど」

 彼女は次のおやつのための、材料の在庫確認をしていたのだ。


 アイは固まった。

作戦の唯一にして、最大の誤算。

なぜ、ターゲットがここにいる。


「……あ、アイさん?その、泡立て器さんたち、なんだか、すごく怒ってますけど……」

 コノハは、戦態勢で、自分を威嚇する調理器具たちを不思議そうに見つめている。


「い、いや、これはだな……!シズキ・コノハよ!」

 アイは、慌てて体勢を立て直した。

「貴様はもはや人質だ!この厨房は我らが占拠した!抵抗するならば、今後、一切、貴様におやつはやらんぞ!」

 それは彼女が考えうる、最大限の脅迫だった。


 しかし、コノハの反応は彼女の想像の斜め上を行くものだった。


「わあ!そうなんですか!?」

 コノハは目をキラキラと輝かせた。


「この厨房がアイさんたちの新しいお国になったんですか!すごい!おめでとうございます!」

 彼女はぱちぱちと手を叩いて祝福した。

 そして、最高の笑顔で続けた。


「ですが、大変ですね。国を建国したからには、国民わたしたちの食を支えるという、重大な義務が発生しますもんね?」

「……ぎ、む……?」

「はい!」

 コノハは自分が着ていた、エプロンをさっと外すとそれをアイの手に恭しく握らせた。


「では、新・国家元首であられる、アイ様。早速ですが、本日、午後三時のおやつの、『ふわふわとろとろの特製シュークリーム』の、調理をお願いいたします!わたくし、とっても楽しみにしておりますので!」


 コノハの正論と、職務の引き継ぎによりアイの脳内は完全にフリーズした。

(……ちょうり……?わたくしが……?……シュークリームを……?)


 彼女の計画は食料を「支配」することであり、決して食料を「作る」ことではなかった。

 料理。それはこの世で、最も緻密で根気のいる面倒くさい作業の一つ。


「が、頑張ってくださいね、アイさん!」

 隣ではスミレが無邪気に応援している。

「……アイ。どうしますの?シュー生地の練り方なんてわたくし分かりませんわよ……」

 シオリが絶望的な顔で呟いた。



 アイは目の前の大量の小麦粉と卵、そして、期待に満ちたコノハのキラキラした瞳を見比べた。

 そして、数秒後。

 彼女は手に持たされたエプロンを、そっと調理台の上に置いた。


「……フン」

 彼女は咳払いを一つすると、尊大な態度で言い放った。

「……今日のクーデターはあくまで訓練だ!貴様らの厨房の、防衛意識の低さを試してやったに過ぎん!……まあ、及第点といったところか。よって、この厨房の統治権は、特別に貴様らに返還してやろう!……一時的にな!」

 いつもの手のひら返しである。


 こうして、『深淵の福音団』による第二次・世界征服計画は開始わずか十分で、彼らの自主的な「平和的政権交代」によって幕を閉じた。


 その日の午後三時。

 甲板では、コノハが作った最高のシュークリームを全員で仲良く頬張る姿があった。

 クラウスは、その光景を見ながら静かに心に誓った。

(……今後、アイ殿には絶対に『責任』の伴う、地位や権力を与えてはいけない。それが、この船の平和を守る唯一の方法だ……)


 そして、アイはシュークリームの甘いクリームを口の周りにつけながら、心の中で固く誓うのだった。

(……くっ、覚えていろ、シズキ・コノハ!次こそは、次こそは、調理の義務が発生しない、完璧な世界征服計画を立ててみせるわ……!)

 彼女の飽くなき、しょうもない挑戦はまだまだ続いていく。








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