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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第二部:英雄達は創世のレシピを求める

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第二十五話:氷河の塩と戦士への労い


 鋼鉄のウルク連邦を後にしてから、数日が過ぎた。

『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』は南へと針路を取り、温暖な海域を目指して、順調に航海を続けていた。船の上にはこれまでの旅の中でも、特に晴れやかで、穏やかな空気が流れていた。


 それは、一行が二つ目の伝説の食材『氷河の岩塩』を無事に手に入れたこと。そして何より、故郷での試練を乗り越え、真の強者として仲間たちの元へと帰ってきたガルムの存在が大きかった。


「――というわけで!」

 その日の昼下がり。コノハが、甲板に全員を集めて、高らかに宣言した。

「本日は『ガルムさんお疲れ様でした!&氷河の岩塩ゲットだぜ!パーティー』を開催します!」


 彼女の陽気な提案に、ガルムは少しだけ照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

「お、おう。なんだよ改まって……」

「いいじゃないか、ガルム。あの戦いぶりは、賞賛に値する。今日は我々が君を労う番だ。」

 レオンが肩を叩く。


 パーティーの準備は、船に乗る全員で行われた。

「スミレちゃん、シオリさん!パーティーの飾り付けを、お願いします!」

「はーい!任せて!」

 スミレが、色とりどりの楽しげな動物たちの絵を描くと、シオリがそれに命を吹き込み、甲板の上を小さな魔法のパレードのように歩かせ始めた。


「フン。よかろう。この祝宴の司会進行は、我、黒姫アイが直々に務めてやろうではないか!」

 アイは誰も頼んでいないのにマストの上に立ち、司会者としての壮大な口上を考え始めた。


 そして、厨房ではコノハがこの日の主役である、『氷河の岩塩』を初めて使う準備をしていた。

 彼女が選んだメニューは、究極にシンプルだった。

 海上で獲れた新鮮な白身魚と、アリアが育てているハーブ園のハーブだけを使った透明なスープ。味付けはこの『氷河の岩塩』、ただ一つ。

 素材の味を極限まで引き出す究極の塩。その真価を問うにはこれ以上ない一品だった。



 やがて、甲板のテーブルに透き通るような美しいスープが並べられた。

 立ち上る湯気からは、魚介とハーブの清々しい香りがする。

「さあ、皆さんどうぞ。熱いうちに召し上がれ!」


 一行は、それぞれのスプーンを手に取り、その黄金色に輝くスープを、一口静かに口に運んだ。

 そして、訪れたのは驚きと感動の沈黙だった。


「……なんだ、これは……」

 最初に呟いたのは、レオンだった。

「ただの塩味ではない。口に含んだ瞬間、全ての雑味が消え去り、魚とハーブの本当の味だけが舌の上で花開くようだ……」

「信じがたい……。この塩は味を加えるのではなく、むしろ、素材の味を『浄化』し、その純度を極限まで高めているのか……!」

 クラウスが魔法のような現象を分析する。


「フン!これはただの塩ではない!数万年の孤独と静寂の味がする!いかなる王侯貴族の食卓も、この一滴のスープの前には色褪せるであろう!見事だ!」

 アイも厨二病のフィルターを通して、最大限の賛辞を送った。


 そして、ガルムは。

 彼は何も言わなかった。

 ただ、黙々とスープを飲み干すと、その大きな緑の瞳から、一筋、また一筋と涙をこぼしていた。


「……ガルムさん?」

 コノハが心配そうに声をかける。

 ガルムは、ごしごしと腕で涙を拭うと、少しだけ照れくさそうに笑った。

「……いや、なんでもねえ。ただ……」

 彼は、自分の故郷の凍てつく大地を思い出していた。

「……俺の故郷の味がしたんだ。俺が今まで食ってきた、あの無骨で大味な飯のことじゃねえ。あの、どこまでも澄み切った冬の空気の味。何万年も、誰も触れたことのない、あの氷河の清らかな味がしたんだ……。こんな美味いもんだったんだな。俺の故郷ってのは……」


 彼の不器用ながら、心からの言葉。

 仲間たちは何も言わず、ただ静かに微笑んだ。

 この一杯のスープが、彼の旅の、そして故郷との本当の「和解」の証となったのかもしれない。



 しかし、その穏やかな空気の中で、一人だけ何か腑に落ちないといった顔で考え込んでいる者がいた。

 シオリだった。

 彼女は、皆の輪から少しだけ離れると一人物思いに耽っていた。

 その様子に気づいたのはクラウスだった。


 彼はそっと彼女の隣に立つ。

「どうしましたかな、シオリ殿?何か考え事でも?」

 その優しい問いに、シオリははっとした。

「いえ、終わったことですからもう良いのですけれど……」


 彼女は少しだけ、躊躇ったが意を決して口を開いた。

「実は、ずっと疑問に思っていたのですが、あの時は皆目の前のことで必死でしたから、黙っていたのですけれど……」

 彼女は言った。

「あの貿易船は、立ち入り禁止の聖堂の塩をどうやって手に入れたのでしょう?」


 彼女に言われてクラウスは考え込む。

「確かに、船長は『氷河の奥深くでしか採れない』と言っていました。ですが、あの聖堂は何百年も誰の立ち入りも許していなかったはずですわ。純度が低いとはいえ、なぜ彼らがこの塩を持っていたのかがわかりませんわ……」


 クラウスは腕を組むと、静かに目を閉じた。

 そして、彼はこれまでの全ての情報を頭の中で繋ぎ合わせ一つの答えを導き出した。

「なるほどな。」

彼は目を開けると、そっと言った

「あくまでも推測ですが、シオリ殿、おそらく真相はこうでしょう。」


彼は続けた。

「あの聖堂は、氷河の最深部にありました。そして、その内部には膨大な魔力を持つ塩の鉱脈が眠っていた。ですが、その力はあまりにも強大すぎる聖堂の封印だけでは完全に抑えきれず、その魔力の一部が地下水脈を通じて、聖堂の近くの海へと偶然流れ出ていたのでしょう。」

「そして」

「ウルク連邦の人々は、聖堂そのものには近づけないですが、その流れ出た魔力が海水と混ざり合い純度の低い塩の氷として海岸に打ち上げられていた。彼らはその氷から塩を採っていたのです。」

「まぁ」

「そして、あの貿易船の船長はその中でも、特に質の良い塩の氷が採れる場所を知っていた。おそらく、彼は我々がこの塩に興味を示した時、こう思ったはずです。」


 クラウスは言った

「『この英雄様たちなら、あるいはあの聖堂の本当の秘密を解き明かしてくれるかもしれない。』と。だからこそ、彼は我々にあの塩を渡したのですよ。我々を試すためにね。」


 クラウスの推測に、シオリは息をのんだ。

「全てお見通しなのですね、クラウスさんは」

「いえあくまで推測ですよ」

 クラウスは、そう言って静かに笑うのだった。


 こうして、一行のウルク連邦での冒険の最後の謎は解き明かされた。

 それは誰にも語られることのない小さな真実

 だが、その真実のおかげで彼らは次なる冒険への扉を開くことができたのだ。

 船は世界の歪みを癒す二つ目の奇跡をその手にゆっくりと南の海へと進んでいく。



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