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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第二部:英雄達は創世のレシピを求める

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第十二話:暗黒人形劇団と忘れられた福音

 『至高の一皿』と『深淵の福音団』の、奇妙な共同生活が始まって、一週間が過ぎた頃。


 一行が乗る『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』は、次なる伝説の食材『黄金小麦』の情報を求め、大陸南部に位置する、温暖で芸術が盛んな港町『リリウム』に、寄港していた。


 クラウスが、ギルドの禁書庫で見つけた古い文献に「古の豊穣の女神の物語はリリウムの詩人たちが、最も得意とするところである」という、一文を見つけたからだ。


 色とりどりの花が咲き乱れ、街角では吟遊詩人や、大道芸人たちが、陽気なパフォーマンスを繰り広げている。平和で美しい街である。


 一行が船を降り、街の中心広場へと足を踏み入れた瞬間、異変は起きた。


 街の子供たちが、アイ、シオリ、スミレの三人を見つけた途端、その顔を、ぱあっと輝かせたのだ。

「あーっ!見て!『暗黒人形劇団』のお姉さんたちだ!」

「本当だ!帰ってきたんだ!」

「今日も、お話してくれる!?」

 子供たちは、まるで憧れの英雄にでも会ったかのように、三人の周りにわっと群がってきた。


「「「暗黒人形劇団?」」」

 レオン、ガルム、クラウス、アリアの四人は、顔を見合わせた。またしても、自分たちの知らない、彼女たちの過去がここにあるらしい。


 一方、当の三人組は子供たちからそう呼ばれた瞬間、顔を見合わせ気まずそうに、そして、どこか遠い目をした。


「……こ、こら、お前たち!な、馴れ馴れしいぞ!我は、黒姫アイ!決して、そのような、ふざけた団体の者では……!」

 アイが慌てて尊大な態度を取り繕うとする。

 しかし、子供たちは全く怯まない。

「アイお姉ちゃん、また『終焉の魔王と、光の勇者の禁断の愛の物語』、やってー!」

「シオリお姉ちゃんの、くまさんのぬいぐるみ騎士団がかっこよかった!」

「スミレお姉ちゃんの描く、お城の絵、本物みたいだったもんね!」

 子供たちの純粋で悪意のない言葉が、三人の忘れたい過去を容赦なく抉り出していく。


 レオンが困惑しながら三人に尋ねた。

「皆さん、一体、これはどういうことなのですか……?」



 その日の夜。船の食卓で、三人は恥ずかしそうにしつつも、少し懐かしそうに自分たちの過去を語り始めた。


 それは、彼女たちがまだ冒険者として駆け出しだった、半年ほど前のこと。

「闇魔法の素晴らしさを世界に布教する」という、崇高な(しかし、全く儲からない)理想を掲げて、オアシス連邦を飛び出したはいいものの、世間はそう甘くはなかった。

 闇魔法は、気味悪がられ、仕事は見つからず、三人の財布は、あっという間に空っぽになった。


「……あの頃は、本当にひもじかったわよね……」

 シオリが、遠い目をして言う。

「あたし、お腹が空きすぎて地面に描いたパンの絵を食べようとしちゃったもんねー」

 スミレが、あっけらかんと笑う。


 そんな、絶体絶命の状況で、アイが苦肉の策として、思いついたのが路上での「人形劇」だった。

 まず、スミレが『ジェネシス・キャンバス』で立派な移動式の舞台と、屋台を描き出して実体化させた。


 次に、シオリが『マリオネット・レクイエム』で、愛用のアンティークドールや、手作りのぬいぐるみを、まるで生きているかのように操り、舞台の上で踊らせた。

 最後に、アイがその厨二病的な壮大な語り口調とドラマチックな言い回しで、物語の語りナレーターと、全ての登場人物の声を一人で演じきったのだ。



アイ: 『――かくして、闇の魔王は、光の勇者に、禁断の愛を告げたのだ!「我が魂の半身よ!我と共に、この腐敗した世界を、混沌の渦に沈めようではないか!」と!』

シオリ: (人形を、情熱的に、動かす)

スミレ: (背景の、燃え盛る城の絵を、描き足す)


 彼女たちの、奇妙ではあるが、意外とクオリティの高い人形劇は、街の子供たちの間で瞬く間に大人気となった。

 大人たちは気味悪がって遠巻きに見ていたが、子供たちの純粋な「面白い!」という気持ちは、彼女たちに日々のパンと寝床代を稼がせてくれた。

 いつしか、彼女たちはこの街で『暗黒人形劇団』として知られるようになったのだ。



「……でも」

 物語を語り終えたアイは、少しだけ寂しそうな顔をした。

「……ある日、ふと、我に返ったのだ。我らは、世界に、闇魔法の真の力を示すために旅に出たはず。なのに、日銭のために子供相手に人形遊びをしていて、良いのだろうか、と」

 彼女の厨二病ゆえの、高すぎるプライドが自分たちの現状を許せなかったのだ。


「わたくしも、思いましたわ」シオリが、同意する。「子供たちに喜んでもらえるのは、嬉しい。でも、このままでは、ただの『ぬいぐるみ使いのお姉さん』で、終わってしまう、と……」

「あたしも、もっと、こう、バーン!って、すごい魔法を使ってみたかったし!」

 スミレも、唇を尖らせた。


 そして、三人はある嵐の夜、子供たちに何も告げずに、この街を去った。

 自分たちの崇高なる理念を取り戻すために。

それが、彼女たちが再びトラブルメーカーとしての道を歩み始めるきっかけだった。


「……そうだったのですか」

 話を聞き終えたコノハは静かに頷いた。

 そして、彼女は三人に優しく問いかけた。

「――楽しかったですか?その、人形劇を、していた時」


 シンプルで核心を突いた質問に、三人はハッとして顔を見合わせた。

楽しかったか?

もちろんだ。

子供たちの、キラキラした目。割れんばかりの拍手。「明日もやって!」という、アンコールの声。

それは、彼女たちの人生で最も輝いていて、満たされた時間だったのかもしれない。


「……フン。まあ、悪くは、なかった、な」

アイがそっぽを向きながら呟いた。



その時だった。

船の外が、急に騒がしくなった。甲板に出てみると、そこには昼間の子供たちが数十人集まっていた。

「お姉ちゃんたち!お願い!もう一度だけ、お人形劇を見せて!」

「お父さんも、お母さんも、みんな呼んできたんだ!」

子供たちは、この日のために親たちを説得し、劇団の「復活公演」を、セッティングしてくれていたのだ。


「……我らは、もう、人形劇団ではない」

 アイが、戸惑いながら断ろうとする。

 だが、コノハはそんな彼女の背中を、ぽん、と優しく押した。


「いいじゃないですか、アイさん。あなたたちの、その『闇魔法』が、どれだけ人を笑顔にできる、素晴らしい力なのか。私にも見せてください」


 その言葉に、三人は迷いを振り払った。

 その夜、リリウムの街の広場で『暗黒人形劇団』の、一夜限りの復活公演が幕を開けた。

 演目は、新作『食いしん坊勇者とお菓子な魔王』。 コノハをモデルにした、特別ストーリーだ。


 スミレが描く、お菓子の城の背景。

 シオリが操る、可愛い動物たちのぬいぐるみ。

 そして、アイが語る、壮大な物語。

そこへ、『至高の一皿』のメンバーも即興で参加した。

 レオンが、騎士として勇者の剣の舞を披露し、ガルムが、魔王軍のコミカルなやられ役を演じる。クラウスが、魔法でキラキラと輝く照明効果を加え、アリアが、風の魔法で感動的なシーンをドラマチックに演出する。


 それは、これまでのどの公演よりも、豪華で楽しくて、そして温かい舞台だった。

 公演が終わった時、広場は子供だけでなく大人たちも含めた、割れんばかりの拍手に包まれた。

「素晴らしい!」

「ブラボー!暗黒人形劇団!」


 舞台の上で、深々と頭を下げる、アイ、シオリ、スミレ。

 彼女たちの顔には、いつもの、厨二病の仮面も、自信のなさも何もなかった。

 ただ、心からの達成感と、幸せな笑顔だけがそこにあった。

 彼女たちは、その瞬間、自分たちの力が、世界を黒く染めるためではなく、人々を笑顔にするためにこそあるのだということを、本当の意味で理解したのかもしれない。



――もちろん、その翌日。

「フン。昨夜の公演は、あくまで、余興だ。我らの崇高なる理念が揺らぐことはないぞ!」

 アイはまたいつもの尊大な態度に戻っていた。

 だが、その声がいつもより、少しだけ晴れやかだったことを、仲間たちは見逃さなかった。

 彼女たちの、少しだけ不器用な「福音」を求める旅は、これからも続いていく。

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