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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第二部:英雄達は創世のレシピを求める

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第十話:刻印魔眼とただの疲労の因果関係

 レオンがふと思い出したように語る。

「そういえば、今更ですがアイ殿の魔眼はどのような能力があるのでしょうか?」

 ガルムも同意する。

「前に、コノハが話してくれた話だと時間を止められるんだったか?」


「……ほう。我が魔眼に、そこまで興味をそそられるか」

 レオンたちの、真剣な視線。それは厨二病であるアイの心を大いに満たした。

 彼女は、ふふん、と得意げに髪をかき上げるとその力の解説を始めた。

「よいだろう。ひれ伏すがよい。我が『刻印魔眼:ウロボロス・ゲイズ』の深遠なる理の一端を、特別に貴様らにだけ開陳してやろう」


 クラウスが学者としての探求心を隠さずに、質問を重ねる。

「まず、その『石化』の力。それは永続的なものなのですか?一度、石に変えられた者は二度と元には……」

「フン!我が魔眼の呪縛からは、何者も逃れることはできん!その魂は永遠に石の牢獄に閉ざされるのだ!」

 アイが芝居がかった口調で言い放った。


 しかし、その言葉を隣にいたシオリがそっと、訂正した。

「……いえ、そんなことは……。聖水とか、浄化魔法をかければ、すぐに元に戻りますわ。昔、アイがいたずらで石にしたカエルも、スミレが光魔法をかけたら、すぐにケロって……」

「シオリ!我が力の秘密をそう易々と口外するな!」

 アイが慌てて顔を真っ赤にする。


「では、魅了の力はどうでしょう?精神を完全に支配下に置くのですか?」

レオンが続ける。


「然り!我が瞳に見つめられし者は、身も心も我ら『深淵の福音団』の忠実なる僕(しもべ)となるのだ!」

「そうそう!」

スミレが、楽しそうに付け加える。

「この前も、パン屋さんの看板ネコちゃんを魅了して、『この新作の魚パン、美味しいかにゃ?』って、毒味を手伝ってもらってたもんね!ネコちゃん、5分くらい、アイ先輩の忠実な僕だったよ!」

「……5分……」

どうやら、魅了も効果時間はそれほど長くないらしかった。


クラウスが本題に入った。

「……では、最後の最も興味深い能力である『時を止める』力。それはまさしく、神の領域の御業だ。……代償はないのですか?これほどの奇跡を、何のコストもなく、行使できるとは到底思えませんが」


 その言葉にアイの表情が一変した。

 彼女はどこか、悲劇のヒロインのような憂いを帯びた顔で、自らの胸に、そっと手を当てた。

「……よくぞ、見抜いたな。いかにも。その奇跡には、相応の、そして、あまりにも過酷な『代償』が、必要なのだ。我が、この禁断の力を使う時……わたくしは……」

彼女は、芝居がかった間を置いた。

「――我が、生命力を削っているのだ!」


「「「なっ!?」」」

レオン、ガルム、クラウス、アリアの四人は、絶句した。

「生命力を!?それでは、あまりにも危険すぎる!」

「おい、マジかよ!そんなヤバぇ力、ホイホイ使っていいもんじゃねえぞ!」

 仲間たちが本気で心配し始めた。


 だが、そのシリアスな空気を、一瞬で破壊する者がいた。

「生命力?」

コノハが、きょとん、として首を傾げた。

「それって、要するに『使うとものすごく疲れる』ってことですよね?アイさん。」


 その、あまりにも身も蓋もない一言。

 アイの悲劇のヒロインの仮面が、ぴしり、と音を立てて固まった。

「ち、違う!疲れるなどという陳腐な言葉で、因果律を操作した後の魂の摩耗を語るな!」

 アイが慌てて否定するが、シオリが静かに、そして、無慈悲に事実を語り始めた。


「……昔、わたくしたちが、まだ、学生だった頃のことですわ。アイがボードゲームで負けそうになって、悔しさのあまり、一晩で三十回も時間を止めたことが、ありましたの」

「三十回も!?」

「ええ。そして、翌朝、彼女は自室で、真っ白になって倒れておりました。ご両親が血相を変えて、彼女を、オアシス連邦で一番の王立医療院へと運び込んだのですわ」

「それで、診断の結果は……!?」

 クラウスが固唾をのんで尋ねる。


「はい!私も、お見舞いに行ったから覚えてます!」


 コノハがその時のことを思い出したように言った。

「お医者様たちがすごく、たくさん検査をして……。最後に、一番、偉い白衣の先生がアイさんのご両親の前に、とても、とても、真剣な顔で、こう、おっしゃったんです……」

 コノハは咳払いを一つすると、その時の医者の口調を完璧に真似してみせた。


「――奥様、旦那様。落ち着いて、お聞きください。娘さんの、この症状は……」

「……『ただの、極度の、疲労ですね』、と」


 甲板は、完全に、沈黙した。

「『栄養のあるものをたくさん食べて、夜はちゃんと、八時間以上、寝るように』って、言われてました」

 コノハがにこやかに、付け加えた。


 レオン、ガルム、クラウス、アリアの四人は、もはや、どこから、突っ込んでいいのか分からなかった。

 

 神の領域の能力の代償が、「ただの疲労」。

 そして、その国の最高医療機関の最終診断が、「寝不足と栄養不足」。

 黒の一族という存在の底知れなさに、彼らは改めて戦慄した。


「……だが、待て」

クラウスが何かを閃いたように言った。

「医者が、ただの『疲労』としか、診断できなかったということは、その『生命力の消耗』は、通常の魔法や医療技術では、観測不可能なほど根源的なレベルで起こっているということだ。……アイ殿、医者は、こうも、言っていたのではないか?『原因は不明だが、これを、想像を絶する回数、繰り返せば、本当に死に至る可能性もゼロではない』と」


 その、的確な指摘に、アイは少しだけ顔を逸らした。

「……フン。選ばれし者の道とは、常に、死と隣り合わせなのだ」

 彼女はそう言って強がった。


「なるほどなあ!」

 ガルムが全てを理解したように手を打った。

 そして、テーブルに残っていた、最後の一番大きな肉の塊を、アイの皿の上にどんと置いた。

「ほらよ、アイ!いっぱい食って、生命力つけとけよ!お前はすぐバテそうだからな!」


 ガルムのあまりにもストレートな優しさ。

アイは一瞬、きょとんとして、そして顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。

「……よ、余計なお世話だ、脳筋ゴリラ……!……だが、まあ、食ってやらんことも、ない……」


 仲間たちは、この、少し面倒で危なっかしくて、どこか憎めないトラブルメーカーの本当の姿をまた一つ、知った気がした。



 コノハがアイの「ただの疲労」を暴露し、食卓が和やかな笑いに包まれた、その後のこと。

 アリアは、静かに紅茶を一口飲むと、まるで、森の奥に隠された真実を見つめるかのように、宵闇姉妹に、その視線を向けた。


「……先ほど、クラウス殿は、黒の一族の才能を『戦闘特化型』と『特殊条件型』に分類した。そして、あなた方姉妹は、後者だと」

 彼女は静かに、しかし、核心を突く問いを投げかけた。

「だが、それは、本当に『弱い』ということなのだろうか?物理的な力は、非力かもしれない。だが、魔法を使えるあなた方が、本当に、戦いにおいて、劣っていると言い切れるのか?」


 その問いに当の姉妹は、きょとんとしていた。

「え?弱いですわよ?」

 シオリが心底、不思議そうに答える。

「そうだよー!あたしなんて、全然、アイ先輩やコノハちゃんみたいに、ビカビカって魔法、出せないもん!」

 スミレもあっけらかんと頷いた。


 しかし、クラウスはアリアの問いに深く同意していた。彼の学者の目が、再び爛々と輝き始める。

「いや……アリア殿の言う通りだ。我々はあまりにも、戦闘というものを、狭い視野で捉えすぎていたのかもしれない」

 彼はまず、スミレの方を向いた。


「スミレ君。君は、自分の画力では、複雑なものは描けない、と言ったな。剣を描けば、コンニャクになると。……では、もし、君が、剣ではなく、『ただの、分厚い鉄の壁』を、敵の目の前に描いたとしたら?」

「え?鉄の壁?」

「そうだ。単純な四角い壁だ。それならば、君の画力でも十分に描けるのではないか?敵の突撃の、その一歩先に、突然、巨大な鉄の壁が出現したらどうなる?」


 その、あまりにも単純だが効果的な戦術。

ガルムが、「うおっ!」と、目を見開いた。自分が突撃している最中に、目の前に壁が現れるのを想像してゾッとしたのだ。


「そして、シオリ殿」

クラウスは次に、シオリの方を向いた。

「君は、死体を操るのは、嫌いだと言った。その、優しい心は、何よりも尊い。……では、もし、君が操るのが、死体ではなく、敵が身につけている、その『鎧』や『兜』そのものだったとしたら?」

「えっ!?よ、鎧……ですの!?」

シオリの顔がさっと青ざめる。


「そうだ。君の能力は、魂なきものなら、何でも操れる。ならば、敵の騎士が、今まさに剣を振り下ろそうとした、その瞬間にその者の鎧だけを内側から、ぎゅっと、締め付けてみたらどうなる?」


 その、あまりにも、陰湿な無力化戦術。

 騎士であるレオンは、自分の鎧が突然、自分を裏切る光景を想像し、背筋に冷たい汗が流れた。

「……それは……騎士にとって、最大の、屈辱だ……」


 クラウスは、結論を述べた。

「彼女たちは、弱くなど断じてない。むしろ、その能力の『応用範囲』という点においては、アイ殿の魔眼さえも、凌駕しかねない恐るべきポテンシャルを秘めている。ただ……」

彼は、困ったように笑った。

「……ただ、その、あまりにも平和的で争いを好まない性格が、その力の本当の恐ろしさに蓋をしているだけなのだ」


 クラウスの分析に当の姉妹は、全くついていけていなかった。

「えー?でも、鉄の壁を描くより、可愛いウサギさんを描く方が、楽しいよ?」

「そ、そうですわ!人の鎧を締め付けるなんて、そんな、意地悪なこと……!わたくしには、できませんわ!」

 二人は自分たちの能力の、軍事的なポテンシャルなど、全く興味がないようだった。


「フン……。ようやく、気づいたか、愚民どもよ」

 その時まで、黙って紅茶を飲んでいたアイが、満足げに、鼻を鳴らした。

「我が『深淵の福音団』の、真の恐ろしさは、わたくし一人の、圧倒的な破壊力にあるのではない。この、シオリとスミレという、二つの、規格外の『概念』が、わたくしの両翼に控えていることにあるのだ!」

 彼女はすっかりご満悦だった。



『至高の一皿』のメンバーたちは、奇妙で愛すべき、トラブルメーカーたちとの共同生活が、案外、悪くないものになるかもしれないと、ほんの少しだけ思うのだった。


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