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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第一部:能ある料理人は爪を隠したいけど隠せない

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第三十五話:最後の夜の約束

 世界樹はその神々しいまでの輝きを完全に取り戻していた。四大精霊の力が注がれたことで、その枝葉は天の果てまで届くかのように力強く広がり、大陸全土に清浄な生命エネルギーを降り注いでいる。


 しかし、一行の顔に安堵の色はなかった。むしろ、これまでにないほどの緊張感が彼らの間を静かに流れていた。明日は、ついにこの星の運命を懸けた最後の戦いが始まる。


 その夜、一行は世界樹の麓、精霊たちの力が満ちる聖なる泉のほとりで、野営をしていた。最後の夜。それは、彼らにとって特別な意味を持つ時間だった。


「皆さん、お待たせしました!今夜は、私たちの旅の全てを注ぎ込んだ、『至高の一皿・スペシャルフルコース』です!」


 コノハの明るい声が響く。彼女が焚き火の周りに並べた料理を見て、誰もが息をのんだ。

 アークランドの市場で仕入れたスパイスで味付けされた、ロック・バッファローのロースト。

『海竜の涙』をドレッシングに使った、色とりどりのサラダ。

『永遠の種火』でじっくりと焼き上げられた、マグマ・ボアの骨付き肉。

『静寂の湖』の心映えの草と、魚介の旨味が凝縮されたブイヤベース。

そして、デザートには『天空の蜜花』をふんだんに使った、ふわふわのスフレ。


 それは、まさしく彼らが歩んできた冒険の軌跡そのものだった。

「すごいな……。我々の旅が、この食卓に凝縮されているようだ」


 レオンが、感慨深げに呟いた。

「さあ、最後の晩餐です!たくさん食べて、明日に備えましょう!」

 コノハの言葉に、皆、静かに頷き、それぞれの料理を口に運んだ。美味しい。あまりにも美味しくて、そして、あまりにも懐かしい味がした。一口食べるごとに、これまでの旅の思い出が、鮮やかに蘇ってくるようだった。


 しばらく、誰もが黙々と料理を味わっていたが、やがてガルムが、大きな口を拭いながら言った。

「なあ。こうして振り返ると、色々あったよな。最初は、コノハの強さに興味があっただけで、こんな大事に関わるなんて、夢にも思ってなかったぜ」


「私もだ」アリアが、静かに同意する。「お前たちのような『外の者』と、共に世界樹のために戦うことになるとはな」

 その言葉をきっかけに、皆、ぽつりぽつりと、自らの想いを語り始めた。


「私は、祖国を追われ、自分の無力さに絶望していた。だが、コノハさんに出会い、ガルム殿やクラウス、アリア殿というかけがえのない仲間を得て、自分の剣を振るうべき理由を見つけた。誰かを守るために、そして、より良い未来のために戦う。騎士として、これ以上の誉れはない。君たちには、感謝しかない」

レオンが、焚き火の炎を見つめながら言う。


「俺は、ただひたすら、自分の強さだけを追い求めていた。強い奴と戦えれば、それで満足だった。でも、今は違う。お前らを守るための強さが欲しい。誰かの『うめえ!』って笑顔のために戦うのも、悪くねえなって、本気で思うようになったんだ。ま、一番は、俺自身がこの美味い飯を食うためだけどな!」

ガルムが、今度は少し照れくさそうに言う。

その彼らしい言葉に、皆から笑いがこぼれた。


クラウスが、眼鏡の奥の瞳を細める。

「私の知識は、書物の中にしかない、死んだ知識だった。だが、この旅で、私は初めて世界をこの目で見て、肌で感じた。知識は、仲間と共に使い、誰かを助けてこそ、『生きた力』になるのだと知った。君たちと出会わなければ、私は今も、帝国の図書館で埃を被っていたことだろう。この友情は、どんな古文書にも勝る、私の宝だ」


アリアが、遠い故郷を想うように語る。

「エデンの森は、閉ざされていた。我々エルフは、外の世界を恐れ、拒絶することで、自らの聖域を守ってきた。だが、お前たちと出会って、私は知った。外の世界にも、我々と同じように、自然を愛し、仲間を想い、未来を憂う心があるのだと。お前たちのような、少しお節介で、馬鹿正直で、そして底抜けに温かい者たちがいると知れて、私は、本当に嬉しい」


 それぞれの想い。それぞれの成長。この旅が、彼らにとってどれほど大きな意味を持っていたか。言葉にしなくとも、その想いは、焚き火の熱と共に、互いの心へと伝わっていった。


「なあ」

 ガルムが、ふと、全員に尋ねた。

「この戦いが終わったら、お前ら、どうするんだ?」

 

 未来の話。それは、明日を生き抜くという、強い決意の表れでもあった。

「私はいつか帝国に戻り、今回の旅の真実を報告し、父の、そして自らの汚名をそそぎたい。だが、それは始まりに過ぎない。この広い世界には、まだ我々が知らないことがたくさんある。また、皆で冒険の旅に出たいな」

レオンが、穏やかに言った。


「俺は、もっともっと修行して、強くなる!そして、いつかコノハの親父さんっていう、白金級に挑戦してみたいぜ!もちろん、コノハの作る飯を、腹いっぱい食いながらな!」

ガルムが、力強く拳を握る。


「私は、この旅の全てを、一冊の本にまとめ上げたい。後世の歴史家や冒険家のために。そして、機会があればオアシス連邦を公式に訪問し、その異常なまでに合理的な社会システムを、学術的に研究してみたいものだ」

クラウスが、学者としての夢を語る。


「私は、完全に癒えた世界樹の下で、このエデンの美しい森を、皆に心ゆくまで案内したい。そして、コノハに、エデンの食材を使った新しい料理を、たくさん、たくさん教えてもらいたい」

アリアが、優しい笑顔で言った。


そして、全員の視線が、自然とコノハに集まった。

彼女は皆の言葉を、一つ一つ、宝物を受け取るように嬉しそうに聞いていた。そして、満天の星空を見上げると、にっこりと、太陽のように笑って言った。


「私は、この戦いが終わったら、世界中の、ありとあらゆる、まだ誰も食べたことのない食材を、全部!ぜーんぶ見つけます!」

 その言葉に仲間たちは「だろうな」とでも言うように、優しく微笑んだ。


 コノハはそのキラキラした瞳で、仲間たち一人一人の顔を見回しながら、続けた。

「そして、その食材を使って、この世で一番美味しくて、長くて、豪華なフルコースを作ります!前菜から始まって、スープ、お魚料理、お肉料理、お口直しのシャーベット、メインディッシュは神獣のお肉で、デザートは百種類くらい!そんな、世界一のフルコースを……」


 彼女は、そこで一度言葉を切ると、最高の笑顔で、その夢を宣言した。


「今日みたいに、また、皆で一緒に食べたいです!それが、私の夢です!」


 その言葉には、一切の気負いも、悲壮感もなかった。ただ、大好きな仲間たちと大好きな美味しいものを、これからもずっと分かち合いたいという、どこまでも純粋で、温かい願いが込められていた。

その純粋さが、その温かさが、最終決戦を前にした仲間たちの心を何よりも強く、固く、一つに結びつけた。


「ああ、約束だ」

「そのためにも、明日は絶対に勝つぞ」

「最高のフルコース、楽しみにしている」

「コノハ、お前の腹は、宇宙のようだ…」


 全員が、笑いながら誓い合う。

 最後の夜の宴は静かに、しかし、温かい希望の光に満ちて、更けていく。


 明日、来るべき決戦の、その先にある、最高の食卓を夢見て。

 彼らの心は、完全に一つになっていた。








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