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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第一部:能ある料理人は爪を隠したいけど隠せない

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第三十四話:大地の臍と頑固な賢者

 最後の祭壇は大陸の中央部、広大な大平原の真ん中に位置する、『大地のガイアズ・ネーブル』と呼ばれる場所に存在した。

 そこは、まるで大地そのものがゆっくりと呼吸しているかのように数時間に一度、地面が大きく開いて巨大な穴が現れ、またゆっくりと閉じていく、神秘的な場所だった。


 一行は、大地が開くタイミングを見計らい、その大穴の中へと飛び込んだ。

 穴の底は、地底とは思えないほど広大で巨大な空洞になっていた。天井からは鍾乳石のように巨大なクリスタルが森のように垂れ下がり、それ自体が淡い光を放って、周囲を幻想的に照らしている。

「ここが……土の精霊の領域……」


 一行が感嘆しているとクリスタルの影から、ずんぐりとした体躯の、ドワーフによく似た老人たちが、わらわらと姿を現した。土の精霊『ノーム』たちだった。


 その中心から、一際立派な白髭を蓄えた長老がゆっくりと前に進み出た。


『ほう、火、水、風の祝福を受けし者たちか。ワシらの力を借りたいという願い、聞き届けた』

 ノームの長老は頑固そうな、しかし賢明な瞳で一行を見据えた。


『じゃが、ワシらは実直な民。口先だけの約束は好かん。お前たちの『創造する力』、その本質を、この目で見せてもらおう。この聖なる土を授ける。これを使って、ワシら土の民を、最も感心させるものを創り出してみせい』


 それは、これまでの試練とは全く異なる、芸術性と独創性が問われる試練だった。

 一行は、ノームから授かった魔力を帯びた粘土のような『聖なる土』を手に、それぞれの創造を開始した。


 ガルムは、己の自慢の肉体を模した、力感あふれる『筋肉の彫像』を作り上げた。長老は「ふむ、力強さは感じる。じゃが、芸がないのう」と、まずまずの評価。


 レオンは、その卓越した手先の器用さで、寸分違わぬ、精巧で美しい『愛剣のレプリカ』を創り出した。長老は「見事な技量じゃ。しかし、それは写し(コピー)に過ぎん」と、少し厳しい評価。


 アリアは、エデンの森の動物たちが、生き生きと駆け回る姿を『群像』として表現した。長老は「生命への愛を感じる。じゃが、もっと根源的なものが見たい」と、さらなる高みを求める。


 クラウスは、その知性を駆使し、複雑な幾何学模様を持つ、美しい『建造物の模型』を設計し、創り上げた。長老は「知性のきらめきは認める。じゃが、どうにも、ワシの心が震えんのじゃ」と、首をひねる。


 仲間たちが苦戦する中、コノハは一人、全く違うアプローチを取っていた。

 彼女は、聖なる土に持っていた薬草の粉末や、『月の泉』の聖水を少しずつ混ぜ込み、丁寧に、丁寧にこねていた。そして、彼女が創り出したもの――それは、「かまど」だった。

 さらに、残った土で、「鍋」や「お椀」、「お皿」といった食器まで作り始めたのだ。


「何をやっておるんじゃ、あの子は……」

 ノームたちが、不思議そうにコノハの作業を見つめる。


 やがて、コノハは完成した土のかまどに、『永遠の種火』を灯した。そして、土鍋に道中で採集した栄養豊富なイモやキノコ、干し肉を入れ、コトコトとシチューを作り始めたのだ。


 やがて、地底の大空洞にはたまらなく美味しそうな、温かい香りが満ち満ちていく。それまで腕を組んで見ていたノームの長老と、他のノームたちが、ごくりと喉を鳴らし、一人、また一人と、コノハのかまどの周りに集まってきた。



「はい、お待たせしました!『大地の恵みたっぷり、あったか土鍋シチュー』の完成です!」

 コノハは自らが創った土の器に熱々のシチューをよそい、ノームたちに振る舞った。

 長老はおそるおそる、その一杯を口に運んだ。

 その瞬間、彼の頑固そうな目にみるみるうちに大粒の涙が溢れ出した。


「こ、これは……!なんという……なんという滋味深い味わいじゃ……!大地そのものの味がする……!」

 長老は、わんわんと泣き出した。


「土をこねて、命を育む『器』を創り、それに火と水の力を合わせ、大地の恵みを、誰もが分かち合える『料理』という形に変える……!これこそが、全ての『創造』の基本にして、頂点!ただ形を創るのではない、心と体を満たすための創造……!参った!参ったぞ、小娘!お前たちの勝ちじゃ!」

 長老が叫ぶと、他のノームたちもシチューの美味さに涙しながら、一斉に拍手を送った。


 ノームたちは心から一行を認め、祭壇の力を解放した。大地から力強い茶色の大地のエネルギーが、光の奔流となって天を突き、世界樹へと注がれていく。


 火、水、風、土。四大精霊全ての力を得て、世界樹は、かつての神々しいまでの輝きを、完全に取り戻した。その根に封印されていた『大いなる災厄』が、浄化の光に焼かれ、苦しむかのような、巨大な地響きがエデン全土に響き渡った。


 その時、巫女ルミナの、切迫した最後のメッセージが、一行の脳内に届いた。

『ありがとう、勇者たちよ……!これで、封印を完成させる準備が整いました!最後の仕上げです。輝きを取り戻した世界樹の中心……その頂きにて、あなた方の持つ全ての力を、世界樹に注ぎ込んでください!そうすれば、邪神の封印は、永遠のものとなります!』


 だが、その声には警告も含まれていた。

『しかし、ご注意を!邪神もまた消え去る前に、最後の抵抗を試みるでしょう。世界樹の頂へと至る道は、浄化されたと同時に、邪神の最後の怨念が渦巻く、最も危険な場所と化しています!』


 ついに、最終決戦の舞台が整った。

 世界樹の頂き。そこで、この星の運命を懸けた最後の戦いが待っている。


「行きましょう」

 レオンが、決意に満ちた顔で言った。

「最高の料理で、最高のフィナーレを飾りましょう!」

 コノハが、短刀をぎゅっと握りしめる。

「至高の一皿」、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。

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