第三十話:世界一熱いクッキング
「皆さん!」
コノハの大きな声が、戦場に響いた。
「あの炎、すごく純粋なエネルギーの塊みたいです!このまま消しちゃうのは、もったいないですよ!」
「コノハさん、何を言っているんだ!今はそれどころでは……!」
レオンが叫ぶが、コノハは続けた。
「だから!せっかくなので、美味しくいただきましょう!」
「「「「はあ!?」」」」
仲間たちの困惑をよそに、コノハは行動を開始した。彼女は祭壇の硬い黒曜石の地面に両手を付き、土魔法を最大出力で発動させた。
「大地の腕!『囲い込め』!」
ゴゴゴゴゴ……!と、祭壇の岩盤が隆起し、巨大な壁となってイフリートを取り囲み始める。それはさながら、巨大な中華鍋か、あるいは石窯のようだった。
「皆さん、あの『鍋』の中に、イフリートさんを誘導してください!」
「正気か!?」
「いいから、やるんだ!」
コノハの真剣な眼差しに、レオンは覚悟を決めた。四人は最後の力を振り絞り、巧みな連携でイフリートを巨大な石窯の中へと追い込んでいく。
イフリートを完全に閉じ込めたのを確認すると、コノハは叫んだ。
「仕上げです!特製、浄化の秘伝だし、投入!」
彼女は水魔法を発動させ、懐から取り出した『月の泉』の聖水、浄化作用のある薬草、そして『ガイア・ソルト』を大量に混ぜ合わせた「特製浄化スープ」を創り出すと、それを滝のように石窯の中へと注ぎ込んだ。
「究極の、蒸し焼きですっ!」
ゴオオオオオオッ!!
灼熱の炎と、聖なる水。相反する二つの巨大なエネルギーが石窯の中で激突し、凄まじい量の水蒸気が天高く噴き上がった。祭壇全体が、まるで巨大な蒸し器のように白く染まる。
だが、イフリートは苦しんでいる様子ではなかった。むしろ、水蒸気に包まれたその炎の顔は、どこか恍惚としているように見えた。
『おお……我が内に渦巻く、千年分の荒ぶる魂が……洗い流され、癒されていく……。この感覚は、なんだ……心地よい……』
その意志が、全員の脳内に流れ込んでくる。
コノハの奇策は、イフリートを攻撃するのではなく、その荒ぶる魔力を「調理」という形で中和し、浄化していたのだ。
やがて、水蒸気が晴れ静けさが戻った。
石窯の中にはもはや炎の巨人の姿はなかった。その代わり、中心に、ちょこんと一匹の、手のひらサイズの可愛らしい火のトカゲが座っていた。
全身がルビーのように輝いている。彼こそが、イフリートの本来の姿、サラマンダーだった。
サラマンダーは、てちてちとコノハの足元まで歩いてくると、感謝を伝えるようにその頭をこすりつけた。
『ありがとう、小さき料理人よ。汝のおかげで、我は千年の孤独と怒りから解放された』
彼はそう言うと、祭壇の中央へと跳び、小さな体から信じられないほどの力強い炎を噴き上げた。その炎は、黒曜石の祭壇を起動させる。
祭壇から、真っ直ぐな炎の柱が天を突き、遥か彼方、大陸の中央にいるであろう世界樹へと飛んでいった。遠くからでも世界樹がその光を受け止め、わずかに力強い輝きを取り戻したのが分かった。
役目を終えたサラマンダーは、再びコノハの元へ戻ってきた。
『我が力の源である『永遠の種火』を汝に授けよう。そして、我もまた、汝と共に世界の行く末を見届けたい。汝の作る料理は、我を飽きさせそうにないからのう』
サラマンダーはそう言うと、自らの口から小さな、しかし決して消えることのない炎の玉を吐き出し、コノハに手渡した。
ガルムが心配そうに尋ねる
「お、おい……そんな火を手に持って熱くないのか?」
コノハは感激しながら答えた。
「全然熱くないですよ!すごいですね!!先ほど使い方を教えてもらいまして、念じると純粋な炎を出せるようです。これで料理の火加減は完璧ですね!!」
灼熱の試練を乗り越えた一行は、火山の麓で祝杯を挙げていた。もちろん、コノハが作る絶品料理と共に。
「皆さん、お待たせしました!『マグマ・ボアの極上ステーキ』です!」
コノハは、先ほど倒したマグマ・ボアの硬い肉を、サラマンダーから授かった『永遠の種火』を使い、完璧な火加減で焼き上げていた。
超高温で一気に火を通された肉は、驚くほど柔らかく、ジューシーで、その野性味あふれる味わいは全員の舌を唸らせた。
「うめえええ!こんな美味い肉、食ったことねえ!」
「この炎……食材の旨味を最大限に引き出す力があるのか」
仲間たちが絶賛するなか、コノハは笑顔で小さな炎を揺らめかせていた。
宴の最中、巫女ルミナから一行の脳内へと直接メッセージが届いた。
『火の祭壇の解放、感謝します。世界樹が、確かに力を取り戻しました。次なる祭壇は、大陸の西の果て。霧に包まれた巨大な湖、『静寂の湖』の底に眠る、『水の精霊の祭壇』です。どうか、お気をつけて……』
次なる目的地が決まった。
新たな道具を手に入れたは再び『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』へと戻り、大陸の西を目指す。
火山の次は、静寂の湖。どんな試練が、そして、どんな未知なる食材が待っているのだろうか。
コノハの冒険心と食欲は、尽きることを知らない。
「至高の一皿」の旅は、まだ始まったばかりだ。




