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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第一部:能ある料理人は爪を隠したいけど隠せない

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閑話休題  その四:他の黒の一族について

 コノハの家族という規格外の存在を知り、一同がオアシス連邦への畏敬の念(とおそろしく歪んだイメージ)を新たにした、その夜のこと。

 アリアが、真剣な眼差しでコノハに尋ねた。前の晩からずっと、彼女の頭の中はその疑問でいっぱいだったのだ。


「コノハ。あなたの故郷は、本当に、あなたやあなたの家族のような者ばかりなのか?私たちが『黒曜の民』と呼ぶ、その『黒の一族』とは、一体、どのような民なのだ?」


 その問いは、パーティ全員の関心の的だった。コノハは「えーっとですねぇ」と言いながら、一生懸命に説明を試み始めた。


「皆、本当に普通の人たちですよ?港で魚を獲ってる漁師さんとか、山で畑を耕している農家さんとか、街角でパンを焼いているパン屋さんとか……」

「コノハさん、失礼を承知で言うが」クラウスが割って入る。「その『普通』の定義を、一度、我々が理解できる基準で説明してもらえないだろうか。君の言う『普通』は、我々にとっての『異常』である可能性が、極めて高い」


「えー?そうですか?」

 コノハはきょとんとしていたが、「じゃあ、例えば……」と、身近な人々の例を挙げ始めた。


「港で一番の腕利き漁師のゴンゾウ爺さんは、固有魔法が『水中呼吸』と『魚群探知』なんです。だから、毎日海に潜って、巨大なマグロとか、深海の美味しい魚を、素手で一本釣りしてくるんです。『今日の魚は脂の乗りが最高じゃ』って、いつも笑ってます」

「素潜りでマグロの一本釣り!?漁のレベルがおかしい!」

ガルムが叫ぶ。


「山で一番大きな果樹園をやっているサチコおばさんは、固有魔法が『植物活性』なんです。だから、おばさんの畑では、一年中どんな果物でも、びっくりするくらい甘くて美味しく育つんですよ。冬でも瑞々しいスイカが採れたりします」

「季節の概念を無視している……!神話級のドルイドか何かなのか……!」

レオンが呻く。


「街で一番人気のパン屋のケンタさんは、固有魔法が『絶対発酵』なんです。だから、ケンタさんの作るパン生地は、その日の気温や湿度に関係なく、絶対に失敗しなくて、いつも最高にふわふわもちもちなんです。毎日、開店前から行列ができてます」

「……パン屋の神に愛された男か」

アリアが、遠い目で呟いた。


「では、戦闘に特化した能力を持つ者はいないのか?」クラウスが本題に切り込む。「国の兵士や、騎士団のような組織は、どうなっているんだ?」


「うーん、一応、国の平和を守る『防衛隊』っていうのはありますけど……」

コノハは少し考え込んだ。

「隊長のヤマダさんの固有魔法は『絶対防御』で、どんな攻撃も絶対に防げる、すごく硬い物理障壁を、国の周りにぐるーって張れる人なんです。だから、今まで一度も、どこかの国から攻められたことはないって言ってましたね。『暇で暇で、体がなまる』って、いつも筋トレしてます」

「……要塞か。国そのものが、意志を持った一個の戦略級移動要塞だというのか」

クラウスの眼鏡が、カタカタと震え始めた。


 一同はようやく理解した。

 オアシス連邦――黒の一族が住む国は、武力による『強さ』を追い求めることをとうの昔にやめてしまったのだ。その代わり、日々の生活を豊かにし、平和を維持することにその規格外の能力を全振りした。その結果、他国が武力で侵攻しようとしても、そもそも『絶対防御』で手も足も出ず、万が一、内部に侵入できても、そこにいるのは神に愛された漁師や農家、そして多種多様な固有魔法を持つ人々……。食料は無限に自給自足でき、国民は皆幸せ。


 それは、あまりにも平和であまりにも満ち足りた、故に、いかなる武力も通用しない別次元の『最強国家』だった。


「……分かったぞ」

クラウスが、全てのピースがはまったかのように、静かに言った。

「君の国は、極めて合理的に、そして平和的に進化しすぎた結果、我々の物差しでは到底測ることができない、真の楽園ユートピアを築き上げたのだ……」


「そんな完璧な国から、何故コノハさんはわざわざ危険な外の世界へ旅に出たんだ?」

レオンが、根本的な疑問を口にした。


その問いに、コノハは、きょとんとして、そして心底不思議そうな顔で答えた。


「え?だって、外の世界には、まだ私が食べたことのない食材が、いーーーーっぱいあるじゃないですか!」

「……」

「国内の食材は、子供の頃に、だいたい食べ尽くしちゃいましたから!」


 そのあまりにも純粋であまりにも根源的で、そしてあまりにも壮大な「食欲」という名の冒険心。

仲間たちは、この少女の行動原理が、一つの国家のあり方や、世界の常識さえも、軽々と超越しているという事実を、改めてその魂に刻み込んだ。


 アリアが深い、深いため息と共につぶやいた。

「……コノハ。あなたの存在そのものが、我々の常識を、根本から美味しく調理していくようだ」

 その的確な比喩に、全員が深く、深く頷いた。


「えへへ、それほどでもー」

 コノハは照れながら、あくびを一つした。

「さあ、明日のプリンのためにもそろそろ寝ましょうか!」


 その底抜けの明るさに、仲間たちは、もはやこれ以上考えることを放棄した。そして、その方がきっと幸せなのだろうと悟りながら、それぞれの寝床につくのだった。



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