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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第一部:能ある料理人は爪を隠したいけど隠せない

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閑話休題  その三:コノハは実はサイコパスなのか

 エデンの森の、木漏れ日が心地よい昼下がり。

 コノハが少し離れた場所で、薬草の採取と分類に夢中になっている。その隙を狙うかのように、レオン、ガルム、クラウス、アリアの四人は、ひそひそと深刻な議題について話し合っていた。


 口火を切ったのは、意外にも真面目なレオンだった。

「皆に、真剣に聞きたいことがあるんだが……。コノハさんのことだ。その……彼女の精神構造について、疑問に思ったことはないだろうか?」


 その言葉に、三人の顔が曇る。

「サイコパス……ってことかよ、レオン」

 ガルムが、普段の彼からは想像もつかないほど小声で尋ねた。


「いや、サイコパスという診断は早計すぎる」

クラウスが眼鏡の位置を直しながら言う。

「だが、彼女の共感性や恐怖心の一部が、我々常人とは著しく異なっている可能性は、もはや否定できないだろう」


 そこから、四人による『コノハのサイコパスかもしれない言動・検証会』が始まった。


「アークランドで出会った当初、シルバーウルフを躊躇なく、そして冷徹に仕留めた後、彼女は満面の笑みでこう言ったんだ。『解体して素材にしましょう!』と……。あの時、私は正直に言って、少し引いた」

レオンが遠い目をして語る。


「俺は、ドワーフ王国へ向かう途中のドラゴンだな」ガルムが続く。「ドラゴンを前にして、アイツの目的は最初から最後まで一貫して『ステーキ』だったからな。あの黒い巨竜が、本気で怯えていたのを俺は見たぜ。『まだ我を食すことを諦めてないのか……』って、去り際に悲鳴を上げてたしな」


「私の故郷であるこの森でも、そうだ」

アリアが静かに、しかし重く口を開く。

「聖なる森の、色鮮やかな鳥を見て、彼女が開口一番に言った言葉は『丸焼きにしたら美味しそうですね』だった。彼女に悪意がないのは、今なら分かる。だが、悪意がない分、その純粋さが恐ろしい」


「極めつけは、海竜討伐後だろう」

クラウスが締めくくる。

「あの天災級の魔獣の亡骸を前に、普通の人間ならば、まず畏怖の念を抱き、その偉大さに敬意を払うはずだ。しかし彼女は、嬉々として『食べ応えがありますね』と言い放った。恐怖や畏敬の念が、完全に食欲へと変換されている。これは、異常な精神構造と言わざるを得ない」


 四人の間で、重い沈黙が流れる。

「いや、でもよ!」ガルムが擁護するように言う。「アイツは、食いモンに対する探求心が強すぎるだけじゃねえのか?悪い奴じゃねえだろ!」


「もちろん、彼女が良い人間であることは分かっている。だが、その価値基準が、我々の倫理観とは全く別の次元にあるのだ」レオンが反論する。


「そこが重要な点だ」クラウスが頷く。

「おそらく、彼女の中では、世界の全ての事象が『食材になるもの』と『食材にならないもの』に二分されている。そして、その線引きは、我々が考える『生命の尊厳』とは、全く異なる法則に基づいている。例えば……」


 クラウスが何かを言いかけた時、当のコノハがひょっこりと姿を現した。

「皆さん、何をそんなに真剣に話しているんですか?」


「「「「ぎくっ!!」」」」

 四人は、まるで悪戯が見つかった子供のように、びくりと体を震わせた。


「い、いや、その、今日の天気が良いなと……」

 レオンのしどろもどろな言い訳を、コノハは不思議そうな顔で見ていたが、ふと、その腕に抱いているものに皆の目が釘付けになった。


それは、小さなリスのようなエデン固有の小動物だった。その足には、誰かが仕掛けたであろう粗末な罠が食い込み、血が滲んでいる。


「この子、罠にかかって動けなくなっていたんです。可哀想に……。はい、もう大丈夫ですよ」

コノハは小動物の足に治癒魔法をかけ、傷を完全に癒してあげた。そして、優しくその頭を撫でると小動物は元気よく彼女の手から離れ、森の奥へと駆け去っていった。

その光景を見守るコノハの横顔は、慈愛に満ちた聖母そのものだった。


 コノハが「じゃあ、薬草採取の続きをしてきますね」と再び森へ消えた後、四人の間に流れていた重苦しい空気は、すっかり消え去っていた。


 レオンが、深いため息をついた。

「……どうやら、我々の考えすぎだったようだな」

「ああ、結論が出た」クラウスが、どこか晴れやかな顔で言う。

「彼女はサイコパスなどではない。ただ、その思考回路と価値基準は、我々人類の理解を遥かに超えているだけだ。彼女は、生命を慈しむ心と、生命を美味しくいただこうとする心、その両方を何の矛盾もなく同居させている……いわば、一種の『大自然』そのものなのだ」


「よく分かんねえが、とにかく、美味い飯を作ってくれる、すげえ良い奴だってことだな!」

 ガルムが快活に笑った。


 その時、アリアがふと気づいてしまったかのように、静かに呟いた。

「……だが、もし我々が、いつか彼女にとって『美味しそう』に見えてしまったとしたら、一体どうなるのだろうな……」


 その一言に、レオン、ガルム、クラウスの背筋が、ぞくりと凍りついた。

「ま、まさか……」

「いや、しかし、彼女の基準は我々には……」

「……今日の夕食のメニューは、一体何だっただろうか……」


四人が顔面蒼白になっていると、採取を終えたコノハが笑顔で戻ってきた。

「皆さん、お待たせしました!今夜は、この森で採れたとっておきの猪肉を使って、極上のポークシチューを作りますからね!すっごく脂が乗ってて美味しそうですよ!」


その言葉を聞いて、四人は、その猪が自分たちでなくて本当に、本当に良かったと、心の底から神と世界樹に感謝するのだった。


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