閑話休題 その一:コノハの次に強いのは誰か?
エデンの夜は、静かで、そして神秘的だった。
世界樹の治療と穢れの核の破壊という大仕事を終えた一行は、エルフの集落から少し離れた場所で野営をしていた。満天の星空の下、パチパチと音を立てて燃える焚き火を、四人の男女が囲んでいる。
「いやー、しかし、あの穢れの親玉は強かったな!」
焚き火で炙った肉の塊にかぶりつきながら、ガルムが満足げに言った。
「ああ。君の突破力がなければ、あのキメラを崩すことはできなかっただろう」
レオンが冷静に戦いを振り返る。
しばらく離れた場所では、当のコノハが明日の朝食用のスープを大きな鍋でコトコト煮込んでおり、時折楽しげな鼻歌が聞こえてくる。その平和な光景を眺めながら、ガルムはふと、素朴な疑問を口にした。
「しかし、コノハは相変わらず強えよな。魔法も体術も、わけがわからん。で、思ったんだが……あのチビの次に強いのって、俺たちの中で一体誰なんだ?」
その一言に、場の空気がぴたりと止まった。
レオン、クラウス、そしてエルフの戦士アリアの視線が、一瞬だけ交錯する。それは、誰もが心のどこかで考えていた、しかし口には出さなかった問いだった。
最初に沈黙を破ったのは、やはりガルムだった。
「そりゃあ、まあ、普通に考えりゃあ俺だろ!このパーティの『盾』であり『矛』だ!パワーなら誰にも負ける気はしねえ!」
彼は力こぶを作り、自信満々に胸を叩く。
すると、レオンが静かに、しかしはっきりと反論した。
「力だけが強さの全てではない、ガルム。戦いは、技量、速さ、そして何より戦術眼が勝敗を分ける。純粋な一対一の模擬戦という条件下なら、私にも十分勝機はある」
「ああん?なんだとレオン!俺の戦い方が脳筋だとでも言いてえのか!」
「そこまでは言っていない。だが、君がもう少し頭を使えば、その力はさらに活かせるだろうな、と言っているんだ」
「ぐぬぬ……!望むところだ!今ここで白黒つけるか!?」
焚き火を挟んで、ガルムとレオンが火花を散らし始めた。その様子を見て、クラウスがやれやれといった表情で仲裁に入る。
「まあまあ、二人とも落ち着け。強さの定義は状況によって変わるものだが、非常に興味深い議題ではあるな。よし、私が客観的に君たちの戦闘能力を分析してみよう」
クラウスは知的な目を輝かせ、地面に木の枝で図を描き始めた。
「まずガルム。君の強みは圧倒的なフィジカルがあり、純粋な腕力、つまりパワーがありタフネスでもあるから攻撃力も防御力は高いだろう。ただし、その巨体故にスピードは少し劣る。そして、戦術的柔軟性は……残念ながら………」
「やっぱり俺が脳筋って言ってるじゃないか!?失礼な!俺のは『当たれば勝てる』っていう、超効率的な戦術だ!」
「それが脳筋ってことだな………」
ガルムが猛抗議するが、クラウスは意に介さない。
「次にレオン。君は帝国騎士団でも随一の剣技を持つ。技量もスピードも攻防のバランスが取れており、高水準のオールラウンダーだろう。パワーはガルムに劣るだろうが、能力は平均的だ。」
「……妥当な分析だ」
レオンは腕を組み、満足げに頷いた。
そこで、今まで黙って話を聞いていたアリアが、静かに口を開いた。
「お前たちの議論は、平地での戦いを想定した机上の空論に過ぎない」
その凛とした声に、三人の注目が集まる。
「実戦での真の強さとは、地形や環境への適応能力も含まれる。例えば、このエデンの森の中。その条件下ならば、私が一番だと断言できる」
彼女の言葉には、森と共に生きてきた者の、絶対的な自信が満ちていた。
「ほう。エルフの戦士、アリアか」クラウスは興味深そうに彼女を見た。「君の場合は、分析が難しいな。森の中という限定状況下では、スピード、隠密能力は間違いないな。弓と短剣の技量もあり、地形そのものを味方につける特殊能力は予測出来ない……。なるほど、確かに厄介な相手だ」
「じゃあ、平原なら俺かレオンで、森ならアリアってことか!」
「いや、待て。奇襲を許せば、平原でもアリアに勝機はある」
「それなら、私が先に気づいて迎撃すればいい話だ」
「俺のパワーなら、奇襲ごと吹き飛ばせる!」
議論はさらに白熱し、終わりが見えなくなってきた。誰がナンバー2なのか。男たちの、そして女戦士のプライドを懸けた、真剣極まりない討論が続く。
議論が最高潮に達し、今にも模擬戦が始まりそうな雰囲気になった、その時だった。
「皆さん、お待たせしましたー。夜食の『森の恵みとろとろスープ』ができましたよー」
当のコノハが、例の巨大な鍋を片手で軽々と抱え、呑気な様子でやってきた。
その光景に、ガルムが「お、おう!重いだろ、貸してみろ!」と気前よく手を差し伸べた。そして、鍋の取っ手を掴んだ瞬間、彼の顔が驚愕に固まった。
「なっ……!?」
ビクともしない。渾身の力を込めて持ち上げようとしても、まるで地面に根が生えているかのように、鍋は微動だにしなかった。
「な、なんだこの鍋の重さは!?鉄の塊か!?」
ガルムが冷や汗を流しながら呻く。
「え?そうですか?」
コノハはきょとんとして、ガルムが両手で苦戦している鍋を、ひょいと、本当に何の苦もなく片手で持ち上げてみせた。
「この鍋、お母さんのお下がりなんですけど、ドワーフの職人さんが星の欠片を練り込んで作った、特別な素材でできてるって言ってました。だからちょっとだけ、重いのかもしれませんね?」
「「「「…………」」」」
四人は、言葉を失った。
今、自分たちは一体何を見ていたのだろうか。ガルムが全力でも持ち上げられないものを、この145センチの少女は、買い物かごでも運ぶかのように軽々と……。
コノハの強さは、魔法や戦闘技術だけではなかった。その根底にある、純粋な物理的腕力さえも、常人の規格を遥かに逸脱している。正しくは、本来の腕力はコノハは人並み以下であるが、身体強化をしていることを一行は知らなかった。
その揺るぎない事実を前に、誰が二番目か、などという議論がいかに不毛であったかを、四人は痛感した。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。今夜は月が綺麗なので、月光茸も入れてみました。食べると心が落ち着きますよ」
差し出されたスープを、四人は黙々と啜った。
心落ち着く優しい味のスープを飲みながら、彼らは思った。
コノハが最強。これは絶対の真理である。そして、我々はその次に強い頼もしい仲間たちなのだ、と。それでいいじゃないか、と。
四人の間に、奇妙な一体感が生まれた夜だった。




