第二十三話:世界樹の診断と二つの作戦
巫女ルミナと長老エルラドに導かれ、「至高の一皿」の一行は、エルフの集落を抜けて大陸の中央へと向かった。森が次第に開け、目の前に現れた光景に一行は息を呑んだ。
天を突き、雲を貫き、その枝は地平線の彼方まで広がっているのではないかと錯覚するほどの、巨大な樹。
それが、始まりの地エデンを支える世界樹『ユグドラシル』だった。その幹は一つの山脈に等しく、葉の一枚一枚が家ほどの大きさを持つ。あまりの神々しさに、誰もが圧倒されていた。
しかし、その感動はすぐに深い憂慮へと変わる。
壮麗であるはずの世界樹の根元から幹にかけて、まるで黒いタールのような、脈打つ『穢れ』がまとわりついていたのだ。穢れに触れた大地は黒く変色し、草木は枯れ果て、生命の気配が感じられない。世界樹全体が、重い病に苦しんでいるように見えた。
「これが……世界樹の現状です」
ルミナが悲痛な声で言う。
「百年前から、この穢れは少しずつ広がり始め、我々エルフの浄化の術も、もはや気休めにしかならないのです」
コノハは、恐れることなく穢れのすぐそばまで近づくと、そっと世界樹の幹に手を触れた。目を閉じ、全神経を集中させる。彼女の固有魔法である『治癒』の力が、世界樹の状態を診断していく。
「……ひどい栄養失調と、悪性の菌に感染している状態です。体の内側から、悪いものに養分を吸い取られて弱りきっています。この黒いのは、世界樹さんの涙と血が混じった、かさぶたのようなものですね」
彼女の口から語られたのは、魔法的な見地ではなく、まるで名医が患者を診るかのような的確な診断だった。
「このままでは、外から薬を塗っても意味がありません。まずは内側から悪い菌を取り除いて、それから、ものすごく栄養のあるご飯をたくさん食べさせてあげないと」
コノハの言葉に、エルフたちは目を見開いた。彼女は、この神聖な樹を一人の生命として捉えている。その視点はエルフたちにとって新鮮であり、同時に強い希望を感じさせるものだった。
その場で緊急の作戦会議が開かれた。
コノハの診断に基づき作戦は二手に分かれて行われることになった。
一つは、穢れの根源を断つための『外科手術』部隊。
穢れが最も濃く、その元凶が存在するとされる世界樹の根が絡み合ってできた巨大な地下洞窟、『根源の洞』へと突入する。メンバーは、戦闘のエキスパートであるレオン、ガルム、クラウス。そして、洞窟の案内役として、エルフの戦士であるリーダー格の女性、アリアが同行することになった。
もう一つは、世界樹に直接力を与えるための『栄養補給』部隊。
地上に残り、世界樹が吸収しやすい形にした超高濃度の栄養を持つ「特別な肥料」――すなわち、コノハ特製の『生命のスープ』を創り上げる。
メンバーは、料理の専門家であるコノハと世界樹との交信やエルフの秘術を担う巫女ルミナ。そして、材料集めや調理の手伝いとして、多くのエルフたちが協力することになった。
「レオンさん、ガルムさん、クラウスさん、アリアさん。中の悪い菌の退治をよろしくお願いしますね」
「ああ、任せておけ。お前の方こそ、美味い飯の準備、頼んだぜ」
ガルムが笑い、レオンとクラウスも力強く頷く。二つの部隊は、互いの成功を信じ、それぞれの戦場へと向かった。




