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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第三十四話:感謝と不安と


 お洒落な喫茶店に二人は入った。 ガラス張りの開放的な空間。心地よい音楽。 ガルムは周りをきょろきょろと見回し、アイは少しだけ落ち着かない様子で席に着いた。 ガルムもアイも、メニューの一番上にあった冷たいフルーツジュースを注文する。


 運ばれてきた美しいガラスのグラス。 アイは、その冷たいジュースをまるで薬でも飲むかのように一気に飲み干した。 そしてウェイトレスを呼び止め、静かに二つ目をオーダーする。


 ガルムは、(よっぽど喉が渇いていたのか?)と思ったが、彼女の、そのあまりにも必死な様子を見て、あえて何も言わないでおくことにした。


 二杯目の冷たいジュースが、彼女の火照った喉を潤していく。 アイは、ようやく少しだけクールダウンし、いつもの冷静さを取り戻し始めていた。 彼女は自分の髪にそっと触れた。そこに確かに存在する、美しい髪飾りの感触。


「……あの、ガルム」

  彼女は意を決して口を開いた。

「先ほどは、その……取り乱して、すみませんでしたわ。……この髪飾り、本当にありがとう。……その、改めて感謝を伝えるわ」

 

 アイの、素直な言葉。そして彼女は、少しだけ不安げに続けた。

「……ですが、本当に良かったのですか?こんな高価なものを、わたくしがもらってしまって……」

 その大きな黒い瞳が、心配そうにガルムを見上げている。


 その、あまりにも健気な問い。 ガルムは、全てを吹き飛ばすかのように豪快に笑いながら言った。

「はっはっは!気にすんなって!金なんてのはな、こういう気持ちの良いことのために使うもんだ。……それに、あんたのその嬉しそうな顔が見れただけで、俺は十分に元を取ったぜ」


 彼の真っ直ぐで温かい言葉に、 アイの心臓が、また少しだけ速く鳴った。 彼女は、その高鳴りを隠すように、二杯目のジュースをごくりと飲み干すのだった。


 そして、彼女のその複雑な心の中では、二つの相反する思考が激しくぶつかり合っていた。

(――フン。……チョロい女では、ないのよ、わたくしは)


  まず顔を出したのは、いつもの尊大で疑り深い「黒姫アイ」だった。

(そう。たかが髪飾り一つ。……こんな高価なもので、わたくしを懐柔しようなどと……。百年早いですわ、脳筋戦士め……!)


 彼女は必死にそう考えようとした。 これはきっと何かの罠だ。彼が、わたくしを深淵の福音団のリーダーとしてではなく、ただの「女」として手懐けるための、巧妙な陽動作戦なのだ、と。


 だが。 彼女は、ちらりと目の前の男の顔を盗み見た。 ガルムは、ただにこにこと、人の良さそうな、そして一切裏表のない笑顔で、自分のジュースを飲んでいるだけ。 その、あまりにも純粋な瞳。


 アイは思い直した。 先ほどの彼の言葉。

『金なんてのはな、こういう気持ちの良いことのために使うもんだ』

『すげえ、似合ってるぜ、アイ。……綺麗だぞ』


 その言葉の一つ一つに、嘘や下心があっただろうか? いいえ、ない。 彼女の、その人の心の機微に敏感な魂が告げていた。 あれは、おそらく彼の本心。嘘偽りの一切ない、ただの善意の塊なのだろう、と。


(……そう。……そうなのよね)

 アイは、ふっと心の力が抜けていくのを感じた。


(……この男は、そういう男だったわ。どこまでも真っ直ぐで、不器用で、そして少しだけお節介で……ならば……)


彼女は決意した。

(わたくしもまた、その真っ直ぐな善意を疑うような、無粋な真似はやめましょう)


「ここは、素直に受け取っておきましょう」

 彼女はそう心の中で結論づけた。


「……アイ?」

  黙り込んでしまった彼女を、ガルムが不思議そうに覗き込んでくる。 アイは、はっと我に返ると、咳払いを一つした。 そして彼女は、少しだけ顔を赤らめながらも、その美しい瞳でまっすぐにガルムを見つめ返すと、小さな、しかしはっきりとした声で言った。


「――その……。……ありがとう、ございます」

 それは彼女の人生で、最も素直で、最も優しい「ありがとう」だったのかもしれない。 そのあまりにも珍しい、デレた(?)一言に、今度はガルムの方が顔を真っ赤にする番だった。


「お、おう……!」

 二人の間の空気は、どこまでも甘く、そして少しだけぎこちない。 その沈黙を破ったのは、落ち着いてきたら急にお腹が減ってきた、アイの可愛らしいお腹の音だった。 ぐぅぅぅ……。


「「…………」」


 アイは、顔から火が出そうなほど真っ赤になった。 ガルムは、そのあまりの可愛らしさに思わず吹き出しそうになったが、ここで笑えば何をされるか分からないと必死で堪えた。


 アイは咳払いを一つすると、その恥ずかしさを隠すように、尊大な、いつものリーダーの顔に戻った。 彼女はすっと立ち上がると言った。

「――フン。……どうやら魂が、新たなるエネルギーを欲しているようですわね」

 

 彼女はガルムを見下ろした。

「良いでしょう、第一騎士よ。昼食は、このわたくしのお気に入りの店を、特別に紹介して差し上げますわ。……ついてきなさい」


 彼女はそう言うと立ち上がり、くるりと背を向け、颯爽と店を出ていってしまった。 その、あまりにも見事な仕切り直し。


 ガルムは、その少しだけ歩幅の小さい、しかしどこまでも誇り高いリーダーの後ろ姿を、笑いをこらえながら追いかけるのだった。 二人の奇妙で不器用なデート(?)は、まだもう少しだけ続きそうである。


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