第二十ニ話:世界樹の巫女と迫る影
エルフのリーダーは、弓を降ろし、コノハの前に深く頭を下げた。
「我々の非礼を許してほしい。あなた方は、ただの『外の者』ではないようだ。どうか、我らの集落に来ていただきたい。長老が会っていただきたい。」
一行はエルフたちに導かれ、森の奥深く、巨大な樹々が絡み合って形成された美しい集落へと案内された。
集落の中央にそびえる、一際大きな木のうろの中に、一行は通された。そこで待っていたのは、長い白髭を蓄えたエルフの長老と、その隣に立つ、透き通るような白い肌と金色の髪を持つ、神秘的なエルフの女性だった。
「私がこの森の長エルラドです。そしてこちらが、世界樹に仕える巫女ルミナ様だ」
巫女ルミナの瞳は、まるで森の湖のように深く、全てを見通しているかのように感じられた。彼女はまっすぐにコノハを見つめて静かに言った。
「あなたのその力……ただの料理の腕ではない。生命そのものを癒し、育み、その本質を輝かせる、慈愛の力。世界樹が、あなた方をこの地に招いたのかもしれません」
その言葉に、一行は驚きを隠せなかった。
長老エルラドが、重々しく口を開く。
「単刀直入に申し上げよう。今、このエデンは、存亡の危機にある」
彼らの話は衝撃的だった。
このエデンは、大陸の中央にそびえる世界樹『ユグドラシル』の強大な魔力によって、外部の世界から守られてきた楽園。
しかし、百年ほど前から、その世界樹が中心部から謎の『穢れ』に蝕まれ、少しずつ枯れ始めているという。
「このままでは、あと数年で世界樹は完全に枯れ果てる。そうなれば、この楽園は死の大地と化し、幽霊船の者が言っていた『大いなる災厄』――世界樹の根に封印されし古の邪神が、この世に解き放たれてしまうのじゃ」
ルミナが一行に、特にコノハに向かって深く頭を下げた。
「外から来た力ある者たちよ。そして、生命を愛する心を持つ料理人よ。どうか、我らに力を貸してはくれまいか。世界樹を蝕む邪悪の根源を断ち切り、この楽園を、ひいては、あなた方の世界をも救ってほしいのです」
それは、もはや単なる冒険ではない。世界の運命を左右するあまりにも壮大な依頼だった。
コノハは、巫女の悲痛な瞳を見つめ返した。そして、いつものように、にっこりと微笑んで言った。
「枯れかけた木を元気にするなら、美味しいご飯と、栄養たっぷりの肥料が必要ですね!お任せください、私が世界樹さんを、世界一元気にしてみせます!」
世界の危機を前にしても、彼女の発想はやはり料理人だった。
だが、その言葉には、不思議な説得力と安心感があった。
こうして、「至高の一皿」の真の冒険は、始まりの地『エデン』で、今、その幕を開けたのだった。




