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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第二十九話:騎士と魔女の夜の密会


 ガルムが黒姫家の、あの豪華絢爛な客室(魔王の寝室)で今日の出来事を思い出していた、その時だった。


 コンコン。

 部屋の扉が控えめにノックされた。

 こんな夜更けに、誰だろうか。


 彼が「おう」と返事をすると、扉がそっと開かれ、そこに一人の人影が立っていた。

 アイだった。


 彼女はいつもの禍々しいドレスではなく、シンプルな夜着の姿だった。

「……アイか。どうしたんだ、こんな時間に」


 ガルムがベッドから身を起こす。

 アイは少しだけ言いづらそうに、もじもじとしていた。


 そして、小さな声で言った。

「……その……少しだけ、入っても、よろしいかしら……?」


 アイのあまりにも珍しくしおらしい態度に、ガルムはきょとんとして、「ああ、構わねえぞ」と入室を促した。


 部屋に入ってきたアイはガルムの正面に立つと、意を決したように顔を上げた。


 その顔にはいつもの厨二病の仮面はなかった。ただの、少し不器用な二十歳の女の子の素顔があった。


「……その、ガルム」

 彼女は言った。


「今日の公演のこと……。シオリが不在の中、どうなることかと思ったけれど……。あなたのおかげで素晴らしい舞台になったわ。……その、感謝を伝えたくて」

「……は?」

「あなたのその圧倒的な肉体は、わたくしの拙い言葉よりも遥かに雄弁に、物語の悲しみを表現していた。……ありがとう。助かりましたわ」


 そのリーダーからの、あまりにも真っ直ぐで心からの感謝の言葉。


 ガルムは少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。


 そして彼は笑って言った。

「よせやい。礼を言うのはこっちの方だぜ」


 彼はアイの黒い瞳を見つめ返した。

「確かに俺の筋肉は両親に褒められてたかもしれねえけど、それも全部あんたが最高の舞台を用意してくれたからだ。あんたの脚本と演出が良かったから、俺も本気で楽しめたんだぜ」


 彼は続けた。

「あんた、すげえよ。あんな面白い話をたった半日で考えちまうんだからな。俺はただ、あんたの手のひらの上で踊ってただけだ」

 その戦士からの裏表のない賞賛の言葉。

 アイの頬が、ぽっと赤く染まった。



 二人はお互いの健闘をたたえ合い、それからしばらく、今日の舞台の反省点や次の演目のアイデアについて、夜遅くまで夢中で談笑していた。


 それはリーダーと部下としてではない。

 ただの同じ「表現者」として、互いを尊敬し合う、穏やかで楽しい時間だった。


 その二人の弾むような会話。

 それを遮ったのは、部屋の扉が再び静かにノックされる音だった。


 そこに立っていたのは、ナイトキャップを被ったのチヨミだった。


 彼女は部屋の中の、あまりにも和やかな二人の姿を見て、くすくすと悪戯っぽく笑った。

「――あらあら。お二人共、仲が良いのは結構ですけれど、もう随分と遅い時間ですわよ?」


 母の優しい指摘に、二人はハッと我に返った。

 そうだ。ここはガルムの部屋。そして今は深夜。

 若い男女が二人きりで密室にいる。


 その事実に気づいた瞬間、二人の顔は同時にカッと真っ赤になった。

「「ち、違います(ねえ)!!」」


 二人の声が完璧にハモる。

「こ、これは、その!劇団の反省会で!」

「そうだ!決してやましいことなど!」


 二人は慌てて立ち上がると、互いに距離を取った。


 チヨミはそんな初々しい二人の姿を、楽しそうに見つめている。

「ええ、ええ。分かっておりますわよ」


 彼女はウインクを一つすると言った。

「ではお二人共、続きはまた明日の朝食の席でどうぞ。……おやすみなさいませ」


 そう言って、彼女は静かに扉を閉めた。

 後に残された二人は、あまりの気まずさにしばらく固まっていたが、やがてどちらからともなく吹き出した。


 そして互いに「お、おやすみ!」としどろもどろに言うと、アイは逃げるように部屋を飛び出し、ガルムはベッドに倒れ込むようにして布団を頭まで被るのであった。


 二人の不器用な友情の距離がほんの少しだけ近づいた、長い長い夜だった。


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