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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第二十五話:留守番たちの祝福という名の呪い


「あたし、お父さんとお母さんと一緒に、あそこのパフェが食べたーい!」


 スミレの、そのあまりにも無邪気で残酷な一言に、アイとガルムは完全にノックアウトされた。


「……もう、無理……。一刻も早くこの街から脱出しなければ……」

  アイは、わなわなと震えながら呟いた。 知り合いに遭遇でもしたら、面倒なことになる。彼女は、そう本能的に感じ取っていた。


 彼女は、ガルムとスミレの腕を再びぐいっと掴んだ。

「行くわよ!」

「えー!アイさん、どこ行くのー!?あたし、お腹すいたー!」

「問答無用よ!」


  アイはスミレの抗議も聞かず、人通りの少ない裏路地を選び、少し離れたところにあるお店へと、まるで逃亡者のように早足で歩き始めた。


 彼女が目指したのは、街の中心部の喧騒から少しだけ外れた、古びた、しかし趣のある一軒のレストランだった。

(……ここなら人も少ないでしょうし、落ち着いて食事ができるはず……)

  彼女は安堵のため息をつき、その重い木の扉を開いた。


 その瞬間だった。

 パーン!パーン! けたたましいクラッカーの音! そして、色とりどりの紙吹雪が三人の頭上に舞い散った!


「「「おめでとうございまーす!!!!」」」


 店の中にいた店主らしき恰幅のいい男性とウェイトレスたちが、満面の笑みで拍手喝采を送っている。 店の入り口には、大きな看板が掲げられていた。


『祝!本日、開店一周年記念!記念すべき、ご来店、一万人目のお客様、ご到着!』


「「「…………は?」」」

 アイ、ガルム、スミレの三人は、何が起こったのか全く理解できず、その場で固まった。



 店主は興奮した様子で、三人の元へと駆け寄ってきた。

「いやあ、お客様!お待ちしておりました!あなた方が記念すべき一万人目のお客様です!本日のお食事は全て、私どものおごりとさせていただきます!」

 店主の幸運な申し出 は、今のアイとガルムにとっては、もはや悪夢の始まりでしかなかった。


 店主は感極まったように、三人の姿を見比べた。 そして、その温かい笑顔をさらに輝かせた。

「おお……!しかも、なんという奇跡か!記念すべきお客様が、こんなにも仲睦まじい親子連れだったとは!神は我らに微笑んでくださった!」

  彼は厨房に向かって叫んだ。

「おい!聞いたか、皆!一万人目のお客様は素敵なご家族だ!親子連れなので、特別にデザートの特大プレートもサービスして差し上げろ!」


「「ち、違います!!!」」

 アイとガルムの悲痛な叫びがハモった。


「我々は、親子などでは……!」

「そうだ!ただの仲間だ!」

 

 二人は必死に勘違いだと言った。

 だが、そのあまりにも狼狽した二人の姿に、店主の温かい誤解をさらに強固にしてしまっただけだった。


「いやいや、ご謙遜を!」

  店主は豪快に笑った。


「まあ、記念ですから!細かいことは抜きにしましょう!さあ、どうぞ、最高の席へ!」

 その善意の塊のような押しに、二人はもはや何も言い返すことができなかった。


  その混沌とした状況に、スミレが追い打ちをかける。

「そうだよー!お店の人が、良いって言うなら、良いんだよ!やったー!デザート、サービスだー!お父さん、お母さん、早く座ろー!」

  彼女は、アイとガルムの手をぶんぶんと振り回した。



 アイとガルムは、完全に諦めた。 彼らは、店で一番豪華なテーブルへと通された。 そして、次々と運ばれてくる最高級のフルコース料理。 その全てが無料。 だが、その味は彼らにとって、人生で最もしょっぱい味がした。


 周りの客たちからは、 「まあ、素敵ねえ、あのご家族」 「若いのに、立派なお父さんだわ」 「お母さんも、美人だし」 という、生温かい囁き声が聞こえてくる。

 

 アイは顔を真っ赤にしながらフォークを震わせ、ガルムはもはや何も考えないように、ただひたすらに肉を口へと運び続けた。 そして、スミレだけが、 「このパフェ、すっごく美味しいね!お母さん!」 と、悪意なくその地獄の食卓に追い打ちをかけ続けるのだった。


 アイとガルムは、心に固く誓った。 (……もう二度と、この三人だけで外食するのはやめよう……) 彼らのお留守番生活は、もはやただの「苦悩」から一種の「公開処刑」へと、そのステージを変えようとしていた。



 店主と店員、そして周りの客たちの生温かい視線に晒されながらの昼食。 それは、アイとガルムにとって人生で最も長い時間だった。 だが、彼らは戦士だった(一人は自称、魔女だが)。 この逆境から逃げることは許されない。


「……こうなれば、ヤケだ!」

  ガルムは吹っ切れたように叫んだ。

「食うぞ、アイ!食えるだけ食ってやる!元を取る以上に食い尽くしてやる!」

「……ええ、そうね」

 アイもまた、その死んだ魚のような瞳の奥に、仄暗い炎を宿らせていた。

「……ええ、ええ。食べましょう。食べ尽くしてあげましょう。この店の全てのデザートを、我が深淵の胃袋に収めてくれるわ……!」

 二人の決意を聞き、スミレは笑顔で手を叩く。

「わーい!お父さんとお母さんもやる気だねー!!」

 アイはキッとスミレを睨む。

「スミレ……あとで覚えておきなさい?」


 なんだかんだでやけ食いしてしまった二人と、ただ純粋に喜んでいるスミレ。 三人のテーブルの上には、空になったお皿の山が築かれていた。



 全ての料理を平らげ、三人がついにこの公開処刑場から脱出しようと席を立った、その時だった。 満面の笑みの店主が、最新式の魔法写真機マジックカメラを手に彼らの前に立ちはだかった。

「お客様!素晴らしい食べっぷりでした!感動いたしました!」


 彼は深々と頭を下げた。

「つきましては大変恐縮なのですが、記念すべき一万人目のお客様として……。一枚、記念撮影をお願いできませんでしょうか?**店の壁に末永く飾らせていただきたく……!」


 その店主の申し出を 断れるはずもなかった。

 アイとガルムは顔を見合わせた。 そして、同時に同じことを思った。 (……もう、いい) (……ここまで来たら、どうでもいいや……) 彼らは完全に投げやりになっていた。

「……ええ、ええ。どうぞ、お好きに」

「……おう。一枚だけだぞ」


 三人は、店のロゴが入った壁の前に並ばされた。 中央には、満面の笑みのスミレ。 その両脇を、まるで仁王像のように固めるガルムアイ。 ガルムはぎこちなく腕を組み、そしてアイは完全な無表情だった。


 カメラを構えた若い女性店員が、困ったように言った。

「あ、あのー、お客様?もう少しだけ、にこやかに……。せっかくの記念写真ですので……」


 だが、アイの心はもはや死んでいた。店員は困り果てた。 そして、彼女は最高の笑顔を引き出すための魔法の言葉を口にした。 彼女は、もちろん良かれと思って言ったのだ。


「―――お母さーん、笑ってー!」


 ぴきり。 アイの無表情だった顔が固まった。 そして、次の瞬間。 彼女のその美しい顔に、これまで誰も見たことのない、完璧な、そしてどこか吹っ切れたような満面の笑顔が咲き誇った。 それは、もはや聖女さえも超越する、慈愛に満ちた完璧な「お母さん」の笑顔だった。

カシャッ! 魔法の閃光が焚かれる。



 こうして、そのレストランの壁には、一枚の奇妙な記念写真が飾られることになった。 屈強な父親と、元気な娘。 そして、その隣でなぜか世界で一番幸せそうな、完璧な笑顔を浮かべている美しい母親。 その写真を見る者は、誰もがこう言ったという。

「まあ、なんて素敵なご家族なのかしら」と。


 その日の帰り道。 アイは一言も喋らなかった。 ただ、その手には記念にもらったその写真が、固く固く握りしめられていた。 そして彼女は、心の中で静かに、しかし強く誓うのだった。 (……この屈辱……!いつか必ず晴らしてみせる……!覚えていなさい、美食家倶楽部……!)

 怒りの矛先は何故か「至高の一皿」へ向けられ、完全に八つ当たりであった。



 記念写真は、数ヶ月間、黒姫家のリビングの一番目立つ場所に、両親によって嬉しそうに飾られ続けたという。


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