第二十四話:留守番たちの苦悩と昼食
噴水のほとりで、三人は他愛もない話をしながら綿あめを食べ終えた。
アイの心に渦巻いていた羞恥と後悔の嵐は、そのあまりにも純粋な甘さによって少しだけ凪いでいた。 ガルムもまた、彼女の意外な素顔に触れ、どう接していいものか戸惑っていた気まずさが和らいでいくのを感じていた。 二人の間に、暫定的ではあるが穏やかな「休戦協定」が結ばれた瞬間だった。
アイは思った。
(まあ、いいか……。この脳筋戦士も、思ったよりは話の分かる奴なのかもしれん。……それに、あの両親がすっかり気に入ってしまった手前、あまり冷たくするのも後が面倒だ……)
ガルムも考えを巡らせる。
(ふう……。まあ、なんだかよく分かんねえが 、怒ってねえなら、それでいいか。……それにしても、あの親父さんと母ちゃん、面白え人たちだったな……)
二人がそれぞれの形でこの奇妙な状況を受け入れ始めた、その時だった。
「―――あー、お腹すいちゃったー!」
その平和な休戦協定を元気よく破り捨てたのは、もちろんスミレだった。 綿あめは彼女にとって、前菜にもならなかったらしい。
アイとガルムは、呆れた顔で彼女を見た。
「スミレ!あなた、さっきあんなに大きな綿あめを食べたばかりでしょう?」
「えー?でも、あれはふわふわしてたからカロリーゼロだよ!」
スミレは身体が小さいのにふくよかな人の言い訳のような理論を展開した。
二人は顔を見合わせ、そして同時に、一つの深いため息をついた。 そうだ、忘れていた。 自分たちは今、この天真爛漫で食欲旺盛な親友の妹を監督するという、重大な任務の真っ最中だったのだ。
アイはこめかみを押さえた。
「仕方ないですわね……。どこか近場のレストランでも探しましょうか。……わたくしも、少し甘いものを食べたせいで、逆に塩っぱいものが欲しくなってきましたし」
ガルムも頷いた。
「おう、そうだな。腹が減っては戦はできん、ってな。……まあ、俺は戦う予定はねえけど」
こうして三人は昼食をとるため、再びオアシス連邦の賑やかな通りへと歩き始めた。 だが、そのアイとガルムの背中には、どこか共通の哀愁が漂っていた。 それはまるで、言うことを聞かない元気な子供を連れて歩く、若いお父さんとお母さんのようでもあった。
「あ!アイ先輩、見て!あのお店のお肉パイ、すっごく美味しそうだよ!」
「ガルムさん、あっちでは大道芸をやってる!行こうよ、行こうよ!」
スミレは元気いっぱいだった。 彼女はアイとガルムの両方の手をぎゅっと握り、ぶんぶんと振り回しながら二人をあちこちへと引っ張っていく。
その三人の姿。 背が高く屈強で、大きな荷物(スミレの画材)を持ってあげているガルム。 その隣で、呆れたような、しかしどこか子供のわがままに付き合ってあげているような、優しい表情の美しいアイ。 そして、その二人の真ん中で、満面の笑みではしゃいでいる小さなスミレ。
その光景は、街の人々の目にはこう映っていた。 (……まあ、なんて微笑ましい親子連れなのかしら……)
三人がレストランを探して賑やかな通りを歩いていた、その時だった。 一人の人の良さそうなお婆ちゃんが、にこにこと彼らに話しかけてきた。
「あらあら、まあまあ」
彼女は、そのシワの刻まれた優しい顔で三人を見比べた。
「――なんて仲の良い、親子ですこと」
「「……は?」」
アイとガルムの声がハモった。
お婆ちゃんは全く悪意なく、その致命的な誤解を続けた。 彼女はガルムのそのたくましい腕と、スミレのその元気いっぱいな姿を見比べ、深く頷いた。
「特に、お嬢ちゃんはお父さんにそっくりだねえ!その元気でやんちゃそうなところが!」
そして今度は、アイの方を向いた。
「お母さんは美人さんだこと。これだけ元気な娘さんだと、毎日大変でしょう?」
その温かく残酷な一言に、 アイとガルムは完全にフリーズした。
お父さん? お母さん? 娘? ……親子? ……わたくし(俺)たちが……?
「ち、ちちち、違います!!!!」
最初に我に返ったのはアイだった。彼女は顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を横に振った。
「わ、わたくしはこの脳筋ゴリラの妻ではありませんし!ましてやこのアホの子の母親でも断じてありませんわ!」
アイは顔を真っ赤にしながら必死に否定する。
ガルムも慌てて続く。
「俺もこいつの旦那じゃねえ!ただの仲間だ!」
二人のそのあまりにも狼狽した姿。だが、それはお婆ちゃんの温かい誤解をさらに深めてしまっただけだった。 彼女はくすくすと喉を鳴らして笑った。
「……照れちゃって。……本当に仲が良いんだねえ、若いのに。……ふふふ。お幸せにね」
彼女はそう言うと、幸せな勘違いをしたまま人混みの中へと去っていった。
後に残された二人。 彼らは顔を見合わせることもできず、ただその場で石のように固まっていた。 「……」 「……」
その重苦しい沈黙を破ったのは、やはりスミレだった。 彼女は二人の深刻な悩みなど全く気づいていない。 ただきょとんとして首を傾げると、にっこりと笑った。 「ねえ、アイさん、ガルムさん!」 彼女は言った。
「――あたし、お父さんとお母さんと一緒に、あそこのパフェが食べたーい!」
スミレの残酷な一言に、 アイとガルムはその場でがっくりと膝から崩れ落ちた。
「「……もう、家に帰りたい……」」
二人のその魂からの呟きは、街の賑やかな喧騒の中に虚しく消えていった。 彼らのお留守番生活は、もはやただの「苦悩」から一種の「地獄」へと、そのステージを変えようとしていた。




