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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第二十二話:突然の来訪者


「素晴らしいわ!私の最高傑作よ!」

 チヨミが、完成したばかりの衣装デザイン画を掲げ、歓喜の声を上げる。


 その横で、アイは満足げに頷き、そしてモデルを務め上げたガルムは、精神をすり減らしてぐったりとしていた。


 黒姫家のアトリエは、奇妙な達成感に包まれていた。その穏やかな(?)空気を破ったのは、階下からの元気な声だった。


「ごめんくださーい!アイさん、いますかー?」

 その声の主はスミレだった。


 彼女は今朝から、いつもの福音団の待ち合わせ場所である噴水の前で、ずっとアイを待っていたのだ。だが、いくら待ってもアイが現れないため、様子を見に来たのだった。


「おや、スミレくん。いらっしゃい」

 クロガネがスミレを出迎え、アトリエへと顔を出した。


「アイさん!もう、ずっと待ってたんだよー!……って……」

 彼女の言葉は途中で止まった。


 そして、目の前の信じられない光景に、彼女の大きな黒い瞳がぱちくりと見開かれた。


 薄暗い蝋燭の光に照らされた、ゴシック調の部屋。

その中央の玉座のような椅子に、なぜか上半身裸のガルムがぐったりと座っている。


 その周りには、彼の筋肉美を様々な角度から描いたであろうデザイン画が散らばっている。


 そしてその横で、チヨミとアイが何やら満足げに微笑み合っている。


 しーーーーーーん……。


 アトリエは静まり返った。スミレは、そのあまりにも情報量の多い光景を、必死に理解しようとしていた。


 そして彼女は、純粋で最も核心を突いた疑問を口にした。

「……あのー、アイさん?」

「な、なによ、スミレ」


 アイの声が少しだけ上ずる。

「――なんでガルムさんが、アイさんのお家にいるの?しかも、はだかで」

 

 スミレの真っ直ぐな問いに、アイは大層慌てふためいた。

「ち、違う!これは違うのよ、スミレ!誤解だわ!」


 彼女は必死で言い訳を始めた。

「これは、その……!我が福音団の新たなる騎士の、その威厳を形にするための神聖な芸術的セッションであって!決してやましいことなど断じてないわ!そう!これは仕事よ!業務なの!」


 アイは早口でしどろもどろながら説明をしたが、スミレは 全く聞いていなかった。彼女は、状況を見て大層驚いていたが、その小さな頭の中で、全てのピースがカチリとはまったようだった。


(……そっかぁ、アイさん、最近なんだか寂しそうだったもんね。コノハちゃんたちもいなくて。……ガルムさんも、一人でお留守番で……。……なるほど、なるほどぉ……)


 彼女のアホの子センサーが導き出した、一つの完璧な、そして完全に間違った結論。スミレの顔に、全てを悟った意味深な、そしてどこまでも楽しそうなニヤニヤ顔が浮かび上がった。


 スミレは、ぽんと手を叩くと、満面の笑みでアイに駆け寄った。そして、その小さな体でアイにぎゅっと抱きついた。

「もう、アイさんったら!水臭いんだから!言ってくれれば良かったのに!」


 そして彼女は、最高の笑顔で高らかに祝福の言葉を叫んだ。

「アイさん、おめでとーーーーっ!」

「だから、違うと言っているでしょうが!!!!」


 アイの悲痛な絶叫が、アトリエにこだました。その隣でガルムは、「え?何が?俺、何かめでたいことしたっけ?」と、一人だけ全く状況が分からず、きょとんとしている。


 チヨミは、そのあまりにも微笑ましい若者たちの勘違いの青春ドラマを、ただくすくすと喉を鳴らして笑っているだけだった。


 スミレの元気で見当違いな祝福の言葉は、黒姫家の穏やかだった午前のひと時を、一瞬でカオスの渦へと叩き込んだ。




 スミレの乱入で一時とんでもない騒ぎになった後。

一行は、アトリエから黒姫家のリビングへと場所を移していた。アイによる、緊急の「誤解を解くための弁明会議」が開かれたのだ。


「――だから、違うと言っているでしょう!」

 アイは、顔を真っ赤にしながらテーブルを叩いた。


「あれは、お母様の創作活動のためのモデルを彼にお願いしていただけ!断じてやましいことなどありませんわ!」

 彼女は必死に、誤解について話をしていた。だが、スミレは納得していなかった。彼女は腕を組むと、名探偵のように鋭い(?)視線をアイに向けた。

「ふーん……。でも、それだけじゃないんだよねえ、アイ」

「な、何が言いたいのです、スミレ!」


 スミレはにやりと笑った。そして、決定的な「証拠」を突きつけた。

「あたし、昨日の夜見てたんだから!酒場からの帰り道。あの暗い路地裏で……。ガルムさんがアイさんに、ずっしり重そうな金貨の袋を、こっそり渡しているところを!」

「「「なっ!?」」」


 思いもよらぬ目撃証言に、アイとガルムは絶句した。スミレは得意げに続けた。

「あれは何だったのかなー?ただのお友達に、あんな大金をこっそり渡したりなんてしないよねえ?もしかして、あれが噂に聞く『結納金』ってやつだったりしてー?」

「ち、違うわよ!」


 アイが悲鳴に近い声で否定する。

「あれは、ただ彼が夕食代を返してくれただけで……!」

「そうです!俺が無理やり押し付けただけで!」


 ガルムも必死に弁解する。だが、その二人の必死の言い訳は、新たな燃料を投下してしまっただけだった。それまで黙ってお茶を啜っていたクロガネが、ふむ、と深く頷いたのだ。彼の学者の瞳が、キラリと光る。

「なるほどな……」

彼は面白そうに言った。


「夜の帳が下りた路地裏で交わされる金貨の受け渡し……。そしてその翌日には、男は女の私室アトリエに招き入れられている……」


 彼は、パンと手を打った。

「これはまさしく、『闇の取引』だな!」

「ちがいます、お父様!」

 父の、そのあまりにも嬉しそうな断定に、母チヨミも、くすくすと笑いをこらえきれないといった様子で続けた。


「あらあら。まあ、アイちゃんも大人になったということですわね。……ふふ。わたくしたちには内緒で、そのような情熱的な契約を結んでいたなんて」

「お母様まで!」


 もはや、アイとガルムに逃げ場はなかった。彼らが弁解すればするほど、それは墓穴を掘るだけ。

 スミレは、「やっぱりー!」と、にやにやしながら二人を指さし、両親はどこまでも楽しそうにその生温かい誤解を膨らませていく。


 クロガネが満足げに言う。

「うむ!良いではないか!我が深淵の娘にふさわしい、豪快な伴侶だ!気に入ったぞ、ガルム殿!」

「ええ、本当に。今度、お二人のツーショットの肖像画を描いて差し上げますわね。『絶望の王と、その伴侶』というテーマで」

「だから、違いますってば!!!」


 アイの、その悲痛な叫びは、温かい家族の笑い声の中に虚しく消えていった。


 ガルムは、ただきょとんとして、「俺、なんかすごいことになったのか?」と、一人だけ全く状況が分からず、首を傾げているだけだった。


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