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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第十八話:戦士の宿探し


 ガルムからの男気あふれる(そしてアイの財政を救う)申し出を受け入れた後、二人は夜風に吹かれながら静かな帰り道を歩いていた。しばらく他愛もない会話が続いた後、ふとアイが尋ねた。


「それで、脳筋戦士よ。この後は静木家に行くのか?」と。

 ガルムの答えは、彼女の予想とは違っていた。


「いや、コノハもカエデの姉ちゃんもいねえのに、あそこの家に厄介になるのはな……。今からどこか空いてる宿屋でも探そうと思ってる」

 ガルムには今夜泊まる宿がないことが判明した。


 ガルムの意外にも真っ当で常識的な配慮。

 だがその一言は、アイのリーダーとしての、そして黒の一族としての奇妙な「責任感」に火をつけてしまった。

(……待て。こやつは今、我が『深淵の福音団』の第一騎士となったばかりであろう? その記念すべき初日に、宿無しで夜の街を彷徨わせるなど……。我がリーダーとしての威厳が地に堕ちるではないか!)


 そして彼女は、つい口走ってしまった。後先のことを何も考えずに。

「ならば、我がに来るがいい」


しーーーーーーん……。

 夜の静かな道に、そのあまりにも唐突な一言だけが響き渡った。言った本人であるアイ自身が、一番驚いていた。


(なっ……!? な、何を言っているのだ、わたくしは!?)


 彼女は内心、激しく焦っていた。

(我が深淵の城(実家)にこの脳筋ゴリラを招き入れるだと!? お父様とお母様に何と説明すれば……! いや、それよりも、わたくしのあの可愛いぬいぐるみで埋め尽くされた部屋を見られるわけには……!)


 だが、一度口から出てしまった言葉。

 彼女のあまりにも高すぎるプライドが、引き下がることを許さなかった。



「……は?」

 ガルムは完全に固まっていた。


「……いやいや待てよ、アイ。お前ん家って……」

 彼は慌てて首を横に振った。

「駄目だ、駄目だ! いや、親御さんにも迷惑になるだろう? いきなりこんなデカい男が転がり込んできたらよ」


 彼は本気で遠慮していた。

 ガルムの真っ当な断りの言葉はアイにとって、最高の逃げ道のはずだった。

(そうだ! そのまま断るのだ、脳筋戦士よ! 「やはり迷惑だろうから、やめておく」と言うのだ!)


 彼女は内心、そう願った。

 だが、彼女の口から飛び出したのは、全く逆の言葉だった。

「迷惑ではない! 我が家の者は皆、心が広いのだ! だから来い!」


 プライドが邪魔をして、どうしても「ごめんなさい、今の忘れて」が言えない!

「いや、でもよ……」

「くどいぞ、戦士よ! リーダーの招待を無下にするというのか!」

「そうじゃなくて……!」

「問答無用だ! これは決定事項である! 貴様はただ黙って我についてくれば良いのだ!」


 こうして、一人は本気で遠慮し、一人は本気で後悔しているのに、なぜか絶対に後に引けないという奇妙で不器用な押し問答が始まった。

 

 結局、アイが半ば強引にガルムの腕を掴み、引きずるような形で彼女の家へと向かうことになった。


 カエデの空間転移のような派手な魔法は使えない。

 二人は気まずい沈黙の中、夜道をとぼとぼと歩いた。やがてたどり着いたのは、首都の少し閑静な住宅街に建つ、一軒の洒落た、しかしごく普通に見える二階建ての家だった。


「……ここか?」

「うむ。ここが我が『深淵の城』、黒姫城である」

 アイはそう言い放ったが、その声は少しだけ上ずっていた。


 彼女は深呼吸を一つすると、まるで断頭台へと向かうかのように、ゆっくりと玄関の扉に手をかけた。

 扉を開けると、そこには暖かな光が満ちていた。

 そしてその光の中に、二人の人物がいた。


 書斎から顔を出した学者風のローブをまとった父親の黒姫クロガネ。

 そして、リビングでデザイン画を描いていたゴシック調のドレスを着た母親の黒姫チヨミ。

「あら、アイちゃん。お帰りなさい」

 母が穏やかに微笑む。


「おお、戻ったか、我が深淵の娘よ。して、そちらの屈強なる魂の持ち主はどなたかな?」

 父が興味深そうにガルムを見た。

 

 その、温かくて少しだけズレた出迎えにアイは、もはや尊大な態度を維持する気力もなかった。


 彼女は顔を真っ赤にしながら、蚊の鳴くような声で言った。

「た、ただいま戻りました……。こちらは、その……わたくしの新しい団員の……ガルムさん、です……」


 あまりにもしおらしいアイの姿に、ガルムはきょとんとしていたが、すぐに状況を察し、慌てて深々と頭を下げた。

「お、お邪魔します! 俺、ガルムって言います! いきなりすいません!」


 礼儀正しい戦士の姿に、父クロガネは満足げに頷いた。

「うむ! 礼節をわきまえておるな! よかろう、戦士ガルムよ! 我が城へようこそ! さあ、上がりたまえ! 今宵は我が家秘蔵の『古代魔王アスモデウスが愛したという禁断のハーブティー』でもてなしてやろう!」

「まあ、素敵なお客様。あなたのような立派な体格の方には、きっとわたくしの新作『嘆きの肩章ショルダーアーマー』がお似合いになるでしょうね。……後で採寸させていただけますこと?」


 濃すぎる両親の歓迎に、驚きつつもガルムはもはや何が何だか分からず、「は、はあ……」と生返事をするしかなかった。


 そして母チヨミはにこりと微笑むと、最後の一撃を放った。


 そして母チヨミは、にこりと微笑むと最後の一撃を放った。

「あら、アイちゃん?もしかしてその素敵な方。あなたの初めての『彼氏さん』なのかしら?」


 母のあまりにも無邪気で致命的な一言。

 アイの羞恥心は一瞬で沸点を超えた。

「ち、違いますわお母様! 断じて違います!」


 彼女は思わず叫んでいた。

「こ、こやつはただの我が『深淵の福音団』の第一騎士であり、それ以上でもそれ以下でもありませんので!」

(しまった! つい、いつもの癖でまた意味の分からないことを口走ってしまった!)


 その娘のあまりにも必死な取り繕いに父と母は顔を見合わせ、楽しそうにくすくすと笑った。

「ほう、第一騎士か! それはまた物々しい響きじゃな!」

「あらあら、ごめんなさいねガルムさん。アイちゃんったら昔から少し言葉選びが独特でしてよ」

その温かいフォローに、ガルムは恐縮しきりだった。



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