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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第十六話:留守番たちのささやかな宴


 カエデたちがサウザーン砂漠の深刻な問題を解決へと導いていたその頃。

 オアシス連邦に残された者たちは、一体どのような日々を過ごしていたのであろうか。

 これは、ほんの少し寂しくて、最高に楽しかった三人の「お留守番」の物語である。




 カエデ率いる外交使節団が、テレポートで一瞬にして去っていった港。そこにぽつんと取り残された、三人の人影があった。


 ガルム、アイ、そしてスミレ。


「行っちまったな……」

 ガルムがつまらなそうに呟いた。


「うん……。コノハちゃん、行っちゃった……」

 スミレの大きな瞳には、うっすら潤んでいた。


「フン。我らを置いていくとはな……。まあ良い。あの生ぬるい外交ごっこなど、我が深淵の魂が求めるものではないわ」

 アイはそう強がってはみたものの、その横顔はどこか寂しそうだった。


 三人の間に気まずい沈黙が流れる。自分たちだけが仲間外れにされたかのような寂しさと、手持ち無沙汰な退屈さ。


 その重苦しい空気を破ったのは、この三人の中ではリーダー格であるアイだった。

「いつまでもめそめそしてくれるな。感傷は、弱者の戯言だ」


 彼女はマントをばさりと翻した。

「帰るぞ。我らには、我らの為すべきことがある」


 その、いつもの尊大な、しかし少しだけ不器用な励ましの言葉。


 ガルムとスミレは顔を見合わせ、そしてこくりと頷いた。三人は静かに港を後にし、街の中心部へと歩き始めた。


 街を歩いている最中だった。

 それまで黙って歩いていたガルムが、ふと隣を歩くアイに話しかけた。


 その声は、いつもより少しだけ穏やかだった。

「……なあ、アイ」

「なんだ、脳筋戦士よ」

「いや、その……。この前の静木家での一件についてだ」


 ガルムは少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。

「俺がカエデの姉ちゃんに無茶な手合わせをお願いした時。あんた、本気で止めてくれただろ。『マジで強いからやめておけ』って。あの時は聞かなかったが、あんたの言う通りだったぜ」


 彼はアイの黒い瞳を、まっすぐに見つめ返した。

「礼を言う。あの時の忠告、感謝してる」


 その、真っ直ぐで誠実な戦士としての感謝の言葉。

 アイは一瞬きょとんとして、そしてすぐに顔を真っ赤にした。


 彼女の厨二病のペルソナは、こういうストレートな好意に一番弱いのだ。

「……ふ、フン!当然のことを言ったまでだ!」


 彼女は慌てて取り繕った。

「貴様とあの女の実力差など、我が『魔眼』には最初から見えていたわ! 貴様の無謀な自爆行為から、我が魂のコノハの姉君の貴重な時間を守ったに過ぎん!」


 その、あまりにも分かりやすい照れ隠し。

 ガルムはにっと歯を見せて笑った。

「はっはっは!そうかよ!まあ、なんだ。あんた、意外と良い奴なんだな!」

「なっ……!な、生意気を言うな!」


 その二人のやり取りを、少し後ろから見ていたスミレ。彼女は感動でその大きな瞳をキラキラと輝かせると、お気に入りのスケッチブックと木炭のペンを取り出した。

「すごい……!アイちゃん、照れてる……!ガルムさん、かっこいい……!……これは歴史的な瞬間……!描かないと……!」


 彼女はものすごいスピードで、その感動的な光景をスケッチブックに描き留めていく。

タイトルは、『初めて心が通った日』。



 その、ガルムの純粋な尊敬の眼差し。それはアイのリーダーとしてのプライドを、大いに満たした。

(……ふふふ。そうだ。わたくしはただの道化ではない。この脳筋戦士でさえも、我が器の大きさに気づき始めたようだな……)


 彼女は気を良くした。そして彼女は最高の気分で、一つの壮大な宣言をした。

「よかろう、戦士ガルムよ!」

 彼女はその場でくるりとターンを決め、ビシッとガルムを指さした。


「貴様のその、我が深淵の叡智を素直に受け入れる謙虚な魂! 気に入った! この黒姫アイが直々に、貴様に栄誉を与えてやろう!」

「本日この時を以て、貴様を我が『深淵の福音団』の『仮入団』を許可する! 階級は、そうだな……『深淵の第一騎士ダークネス・ナイト・ワン』だ!」


 アイの唐突だが、格好いい(ような気がする)任命。ガルムは目をぱちくりさせた。

「え……?かりにゅうだん……?だーくねすないと……?」

「そうだ!光栄に思うがいい!」

「お、おう……!……なんだかよく分かんねえが、すげえ強そうな名前だな!気に入ったぜ!」

 こうしてここに、史上最も脳筋で、最も暑苦しい闇の騎士が誕生した。


 スミレは、「わーい!ガルムさんも仲間だー!」と、大喜びで手を叩いている。そしてその任命式の様子も、しっかりとスケッチブックに描き加えていた。

タイトルは、『闇の騎士、誕生の儀式』。


 アイは満足げに頷いた。

「よし!ならば新生『深淵の福音団』よ! まずは腹ごしらえだ! あの、一番大きな酒場へ行くぞ! そして我らの新たなる門出を祝う、盛大な宴を開くのだ!」


 彼女は新生騎士に、最初の命令を下す。

「第一騎士よ!貴様の初任務だ! このスミレを肩車し、民衆に我らが威光を示しながら酒場までエスコートせよ!」

「はっはっは!おう、任せとけ!」

ガルムは軽々とスミレを肩車した。


 いつもよりずっと高くなった視界に、スミレが歓声を上げる。

「「「おおー!」」」

 三人の向かう先は一つ。

 残された者たちの少しだけ寂しかった心は、いつしか新しい、奇妙な友情の熱気に満たされていた。



 アイが高らかに宣言した宴の場所。それは、首都で一番大きく、そして一番賑やかな酒場『豊穣の麦亭』だった。


 木の扉を開けると、そこは陽気な活気に満ち溢れていた。屈強な漁師たちが今日の釣果を自慢し合い、農家の若者たちが収穫の喜びを歌っている。

 そして、その全てのテーブルの上には、見るからに美味しそうな料理と、黄金色に輝くエールが並んでいた。


「……すっげえ……」

 ガルムは、そのあまりの活気に目を丸くした。彼は世界中の数々の酒場を渡り歩いてきた。だが、この国の酒場は何かが違っていた。


 荒々しい喧騒ではない。ただひたすらに幸福で満ち足りた、温かい賑やかさ。そして、何よりも、厨房から漂ってくる料理の香りが、尋常ではなかった。


 確かに、コノハの作るあの神の領域の料理が一番ではあるが、そこはオアシス連邦。


 食を何よりも愛する、勇者の子孫たちが暮らす国。

その街の酒場の料理でさえも、他国の王宮料理に匹敵するほどの、驚異的なレベルの高さを誇っていたのだ。



「――席へ着くがいい、我が盟友たちよ!」

 アイは店の一番良い席を陣取ると、得意げに言った。彼女は今日初めて、自分を慕ってくれる(ような気がする)頼もしい部下を手に入れた。その高揚感が、彼女をいつもより少しだけ大胆にさせていた。


「店主!ここにある一番美味い肉と、一番強い酒を、ありったけ持ってくるのだ!」

 彼女は女王のように注文を告げた。そしてガルムとスミレに向かって、ビシッと宣言した。

「新入団員の祝いだ!今夜は、この我の奢りである!たんと食すがよい!」


 アイの気前が良いリーダーらしい一言。

「おおっ!本当か、アイ!あんた、太っ腹だな!」


 ガルムが歓声を上げる。

「わーい!アイさん、ありがとー!」


 スミレも大喜びで手を叩いた。

(……フン。これぞ上に立つ者の器というものよ)


 アイは二人の純粋な尊敬の眼差し(だと彼女は思っている)を浴び、最高の気分だった。


 運ばれてきた料理は、どれも絶品だった。

 巨大な猪の骨付き肉のハーブ焼き。

 七色の野菜を使った温かいチーズフォンデュ。

 そして、港で今朝獲れたばかりという、新鮮な魚介のカルパッチョ。


 三人は旅の疲れも忘れ、夢中でその美味しい料理を頬張った。

「うめえ!この肉、コノハの作るやつとはまた違う、ワイルドな美味さがあるな!」

「このお野菜、キラキラしてる!可愛い!」

「フン。まあ、悪くない。我が深淵の宴の前菜としては、及第点を与えてやろう」

 他愛もない会話。

 屈託のない笑い声。


 いつもは賑やかな仲間たちに囲まれていた三人。

 だが、この三人だけの食卓もまた、不思議なほど心地よかった。


 彼らは気づいていた。

 自分たちは皆、少しだけ不器用で、少しだけ周りから浮いていて、そして少しだけ寂しがり屋なのだと。

そんな三人が、今こうして同じテーブルを囲み、笑い合っている。


 宴が終わりを迎える頃。

 アイはエールのジョッキを、高々と掲げた。

 その顔にはいつもの厨二病の仮面ではない、心からの満足げな笑みが浮かんでいた。

「聞け、我が第一騎士ガルムよ!我が専属絵師スミレよ!」


 彼女は宣言した。

「我らの旅はまだ始まったばかりだ! いつか必ずや、あの美食家連中を見返し、我らの福音を世界に轟かせるぞ!」

「「おおー!」」

 ガルムとスミレの元気な声が、酒場に響き渡った。

 こうして、残された者たちのささやかな宴は幕を閉じた。


 彼らは最高の夕食と、そして何物にも代えがたい新しい「仲間」を手に入れた。

 オアシス連邦にまた一つ、少しだけ騒々しく、しかしどこまでも楽しそうな伝説のパーティ(?)が誕生した瞬間だった。


 彼らの波乱に満ちた「お留守番」は、まだまだはじまったばかりである。


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