第十五話:英雄たちの凱旋
それから数日が過ぎた。
大巫女シズエが完全に体力を取り戻し、そして国中が祝祭の準備を整えるための時間だった。聖なるオアシスでは、歴史に残る盛大な祝宴が開かれた。
シズエの完全回復と、千年ぶりに再会した東の同胞たちを称えるための宴だった。
厨房ではコノハとサラが、まるで本当の姉妹のように笑い合いながら、両国の食材を見事に融合させた奇跡のような料理を次々と生み出していく。
食卓ではアキラとレオン、クラウスが、今回の『石のサソリ族』との戦いを振り返り、互いの戦術を熱心に語り合っている。クラウスの緻密な分析にレオンが騎士としての実戦経験を重ね、アキラがサウザーンの戦士としての視点を加える。それはもはや単なる反省会ではなく、互いの強さを認め合う戦士たちの対話だった。その友情にもはや国境線はなかった。
宴が最高潮に達した、その時、大巫女シズエが立ち上がった。彼女はまず、一行一人一人に心からの感謝を述べた。
そして彼女は、この宴の二人の主賓――聖女サヤと静木カエデの前に進み出た。
「聖女サヤ様」
シズエはまず、サヤの手を取った。
「あなたのその清らかな祈りがなければ、わたくしの心は闇に飲まれていたことでしょう。国の象徴として、その尊いお姿、心より尊敬いたします」
「……いえ、わたくしなど……」
サヤは恐縮して頬を染めた。
そして、シズエはカエデに向き直った。
「そして、静かなる魔女。我らが恩人、カエデ殿。あなたのその海よりも深い叡智と、星よりも速き力がなければ、我らが未来はありませんでした……。この御恩に報いるため、我ら太陽の子らは、一つの贈り物を用意いたしました」
シズエが合図をすると、神殿の窓が一斉に開け放たれた。窓の外には、月明かりに照らされた美しい泉のほとりが広がっている。
そしてそこには、数日前にはなかったはずの、一つの白亜の美しい小さな『離宮』が建てられていた。
「あれは……?」
「あなた様のためのお部屋ですわ」
シズエは穏やかに微笑んだ。
「我らは理解いたしました。あなた様のような偉大なるお方が、その御心を安らかに保つことこそが、この世界の平和に繋がるのだと。ここは今日より、あなた様の砂漠の離宮。いつでもお好きな時にお戻りください。我ら一族全てを挙げて、あなた様の完璧なお昼寝をお守りいたします」
シズエはカエデの本質を見抜いていた。彼女は権力や名誉などには一切興味がない。彼女が何よりも望むのは、面倒事のない穏やかな『日常』。ならば我らが捧げるべき最高の敬意とは、その彼女の聖域である『完璧なお昼寝』を、国家の総力を挙げて守り抜くことだ、と。
砂漠の国からの壮大で、少しだけズレた最高の贈り物にカエデは一瞬呆気にとられたが、すぐにいつもの優雅な笑みを取り戻した。
「あらあら。感謝いたしますわ。有り難く使わせていただきます」
宴が終わりを告げる頃。
大巫女シズエは、既に大使として一行に同行していた息子アキラを自らの前に呼び寄せた。
「アキラ。わが息子よ」
「はっ」
「あなたの大使としての最初の任務は、見事に果たされました。ですが、あなたの本当の務めはこれからです」
彼女は厳かな、しかし優しい声で、再び新たな任務を与えた。
「『太陽の子ら』の全権大使として、そして星の同胞の守護者として、これからもコノハ一行と旅を続けなさい。それこそが我らに希望をもたらしてくれた彼らへの最大の恩返し。そして何より、二つの国の未来を繋ぐ最も重要な架け橋となるのです」
「御意に、母様!」
アキラは力強く、そして快活ないつもの笑顔で答えた。
その感動的な光景を見届けたカエデは、満足げに立ち上がった。
「さて、と。友好も深まったようですし、わたくしたちもそろそろおいとまいたしましょうか」
彼女は帰還する一行とアキラの肩にそっと手を置いた。
「えっ!?カエデ様!?まだ帰り支度も何も……!」
サヤが慌てて声を上げる。
だが、カエデは悪戯っぽく笑った。
「あら。またあの長い砂漠を歩いて帰るのは時間がかかりますもの」
次の瞬間、彼女たちの姿はその場から跡形もなく消え失せていた。彼らは一瞬にして、オアシス連邦の静木家の玄関の前へとテレポートで帰還したのだ。
後に残された砂漠の民たちは、そのあまりにも神業のような去り際に、ただ呆然と立ち尽くすばかりだったという。
こうして、一行の砂漠の国での大冒険は、その最高の形で終わりを告げた。
そしてカエデは、また一つ面倒な船旅を回避することに成功したのだった。カエデたちが光の中に消え去った後。
聖なる泉のほとりには、大巫女シズエとその娘サラ、二人の静かな時間が流れていた。
サラは興奮冷めやらぬといった様子で、母に話しかけた。
「母様……!行ってしまわれましたわね、コノハさんたち……」
その声には名残惜しさと、そして少しだけの寂しさが滲んでいる。
シズエは穏やかに頷いた。
「ええ。嵐のような方たちでしたわね」
サラは東の空を見つめた。
「コノハさんはすごいですわ。そのお料理の腕も魔法の力も……。ですが何よりも、そのお心の温かさが……。あの方といるだけで、周りの皆が笑顔になってしまう。まるで太陽のようですわ」
その心からの賛辞にシズエは愛おしそうに、娘の黒髪を撫でた。
「サラ。あなたは少し誤解していますわ」
「え?」
「あの方は太陽ではありません。あの方は『大地』そのものなのです」
シズエは言った。
「太陽は時に強く照らしすぎることもある。月は時にその姿を隠してしまうこともある。ですが大地はいつだってそこにあり、黙って全ての命を育んでくれる。……あの方の本当の強さは、そこにあるのですわ」
その母の深い洞察に、サラは息をのんだ。
「……兄様……。大丈夫でしょうか。あんなに賑やかで破天荒な方たちの中で……」
サラが心配そうに呟く。だが、シズエはくすくすと喉を鳴らして笑った。
「大丈夫よ。むしろ良かったのです」
彼女は嬉しそうに言った。
「あの子はこれまで守護長として常に気を張り詰めて生きてきました。ですが、あの嵐のような仲間たちの中では、あの子もただの一人の若者でいられる……。きっとあの子は、この旅で守るべきものの本当の重さと、そして仲間と笑い合う本当の喜びを学んでくるでしょう」
母のそのどこまでも温かい信頼の言葉にサラの不安は消え去っていた。二人の巫女はしばらく黙って東の空を見つめていた。千年ぶりに繋がった、同胞との絆。その温かい余韻に浸りながら。




