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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第八話:正式な会談の席


 静木家での数日間の温かい(そして、少しだけ規格外な)滞在を経て、ついにサルザーン砂漠連合の全権大使としてアキラが、オアシス連邦の指導者たちと公式に面会する日がやってきた。


 場所は首都の中央政庁、最も格式高い謁見の間。

そこにはこの国の政治のトップである首相・東雲シノノメエイスケと、精神的な支柱である聖女・月宮ツキミヤサヤが、厳かな面持ちで一行を待ち構えていた。


「遠路ようこそお越しくださいました、太陽の子らの守護長殿」

 首相が外交官としての丁寧な挨拶で口火を切る。


 アキラもまた、そのいつもの快活な笑顔を少しだけ引き締め、守護長としての威厳を漂わせながら一礼した。

「こちらこそお招きいただき光栄の至り。大巫女シズエより友好の親書を預かっております」


 レオンとクラウスが補佐としてその脇を固め、コノハとカエデもまた静木家の代表として、その歴史的な会談に同席していた。


 部屋の空気は友好的ではあるが、国家と国家が初めて公式に向き合う独特の緊張感に満ちていた。


 会談はまず、アキラが自らの国の成り立ちについて語ることから始まった。


 彼は首相と聖女サヤの目をまっすぐに見つめると、千年前に遡る自らの一族の物語を静かに語り始めた。

「我ら太陽の子らの巫女の一族もまた、あなた方、黒の一族と同じ。千年前にこの世界に現れた、『星の民』の末裔です」


 その衝撃的な一言に首相とサヤの顔に驚きの色が浮かんだ。


 アキラは続けた。

 自分たちの祖先が勇者パーティとはぐれ、古代王国で迫害を受け、南の砂漠へと逃げ延びたこと。


 そこで原住民であった砂漠の民に救われ、水の力で彼らを支え、やがて血を分かち合い、一つの新しい民族となったこと。


 そして千年間、自分たちこそが星の民の最後の生き残りだと信じ、孤独な使命を守り続けてきたこと。


 そのあまりにも壮絶で、あまりにも悲しい、もう一つの「勇者の物語」。


 首相とサヤは言葉もなく、ただ息をのんで聞き入っていた。特にサヤの大きな瞳からは、ぽろりぽろりと涙がこぼれ落ちていた。


 彼女は聖女として、その千年という孤独の重さを誰よりも深く共感していたのだ。

「なんと……。なんと、いうことでしょう……」

アキラが全てを語り終えた時、サヤが震える声で呟いた。


「わたくし達の同胞が、そのような過酷な運命を辿っていたとは……。我々は何も知らずに……」


 首相もまた深い衝撃を受けていた。だが彼は国家の指導者として、冷静さを失ってはいなかった。

「守護長殿。あなたのその瞳が嘘をついているとは到底思えない。その物語が真実だと、私の魂が告げている。だが、それでも敢えて訊こう。千年という長すぎる時を繋ぐ、何か確かなる証明はお持ちかな?」


 その問いに、アキラは静かに頷いた。

「もちろん、ご用意しております」


 彼は懐から大切に保管されていた一つの巻物を取り出した。冒頭で口にした「親書」だった。

「我らが初代の巫女が遺した言葉です。いつか再び出会うであろう、同胞たちへと」


 アキラがその古びた羊皮紙を広げると、そこには見たこともない、しかしどこか懐かしい不思議な文字が並んでいた。それは古代文字――すなわち、『日本語』だった。


 サヤが息をのむ。

「こ、これは……!聖典に記されし、『勇者の文字』……!」


 首相もまた戦慄に目を見開いた。そこに書かれていたのは、切なる願いだった。


『もし、これを読む同胞がいるのなら。我らは南の地で生きています。いつか必ず、また会いましょう』


 その千年前の肉筆。 

 それが何よりの動かぬ証拠だった。

 首相はもはや為政者としての冷静さなど保ってはいられなかった。


 彼は椅子から立ち上がるとアキラの前に進み出た。そしてこれまでの外交官としての建前など全てかなぐり捨て、一人の「同胞」としてアキラの手を固く握りしめた。

「よくぞ……!よくぞ千年間、その尊い血と誇りを守り抜いてくれた……!」


 その声は感動に打ち震えていた。

「我々はもはや他人ではない!我らは一つの根から分かれた兄弟の国だ!」


 首相は高らかに宣言した。

「聖女月宮サヤよ!そして静木カエデ殿!」

「はい!」

「はい、なんなりと」

「これより我が国は、サルザーン砂漠連合との正式な『血の盟約』を締結する!両国の大使として、その歴史的な条約の締結を見届けてはくれまいか!」


 その歴史的な瞬間に、その場にいた誰もが胸を熱くしていた。


 ただ一人、カエデだけが、

(まあ。これでまた、わたくしの面倒な仕事が増えましたわね……)


 と、小さくため息をついていたが。

 こうして二つの勇者の子孫たちの国は、千年の時を超えて再び一つの家族となった。

 それは政治や経済の利害を超えた魂の結びつき。この歴史的な同盟の誕生は、やがてこの世界の勢力図を大きく塗り替えていくことになるのだが、それはまた別のお話である。





 あの歴史的な会談から数日後。

 アキラの心は喜びと、そして焦燥感でいっぱいだった。

「母上と民たちに、一刻も早くこの吉報を伝えなければ……!」


 そのアキラの熱い想いを受け、首相は頷いた。

「うむ。ならば我が国からも返礼として、正式な親善大使を派遣するのが筋であろう。聖女サヤ様、そして……」


 首相のその期待に満ちた視線が、部屋の隅であくびを噛み殺している一人の女性へと向けられた。


「静木カエデ君。君にその大役をお願いしたい」

 こうしてカエデを全権大使とし、聖女サヤが同行する第一回の公式な砂漠の国への訪問団が組織されることになった。


 オアシス連邦の港。

 国交樹立のための友好の船団が出航しようとしていた。


 だが、その乗船メンバーの最終決定権を握るカエデの人選は、政府の役人たちの予想を遥かに超えるものだった。


 カエデは分厚い候補者リストを一瞥しただけで言った。

「まぁ。こんなに大勢で行っても船が重くなるだけですわ。わたくしの独断と偏見で決めさせていただきますので」


 彼女が読み上げた同行メンバー。それは、

* コノハ: 最高の料理番として必須。

* レオン: 儀礼的な挨拶と護衛役。

* クラウス: 面倒な書類仕事と通訳係。

* アリア: 未知の土地でのサバイバル専門家。

* アキラ: もちろん、案内役。

* 月宮サヤ: 国の顔としての聖女。

『至高の一皿』の精鋭メンバーと聖女、そしてアキラ。


 完璧な布陣だった。

 だが彼女の人選はまだ終わらない。

 カエデはふと港の人混みの中に、見覚えのある小さな人影を見つけた。


 それは仲間たちの船出を少しだけ寂しそうに、しかし迷惑にならないように遠くから見守っているシオリの姿だった。

 

 カエデはにっこりと微笑むと、彼女に向かって手招きをした。

「シオリさん。あなたもいらっしゃいな」

「えっ!?わ、わたくしですか!?」

「ええ。あなたのその穏やかな気配は、砂漠の暑さを和らげる清涼剤として必要ですわ」


 そのあまりにも詩的で有無を言わせぬ誘い文句に、シオリは顔を赤らめながらも頷くしかなかった。



「待て、カエデ!」

 その人選に黙っていなかったのが、残された三人だった。

 アイ、スミレ、そしてガルムが船のタラップの前で抗議の声を上げた。

「なぜだ!なぜ我らを置いていく!」

「そうだよー!あたしも砂漠の絵、描きたい!」

「俺もだ!アキラとまだ決着がついてねえんだぞ!」


 そのあまりにも騒々しい三つの厄介ごと(トラブルメーカー)。

 カエデはゆっくりと彼らの前に進み出た。

 そして一人一人に穏やかに、しかし絶対に逆らえない完璧な「任務」を与えた。


 まず、ガルムに。

「ガルムさん。あなたのその圧倒的な武力は、我が国の最後の『切り札』。もし、わたくしたちが留守の間にこの首都に万が一のことがあれば、一体誰がこの国を守るのですか?あなたしかいませんわ。この国の守護神として残っていただきたいのです」

「お、おう……!そ、そうか!俺が守護神……!任せとけ!」

 ガルムは、そのあまりにも壮大な役職にすっかり気を良くしてしまった。


 次に、スミレに。

「スミレさん。二つの国の友好の証として、これから巨大な記念碑を作ることになります。ですがそのデザインを描けるのは、国中であなたしかいませんわ。あなたには両国の未来を描く、最高のアーティストになってほしいのです」

「……!うん!分かった!すっごく可愛くて格好いい記念碑、描いてみせるね!」

 スミレもまた、そのクリエイティブな大役に目を輝かせた。


 そして最後に、アイに。

「アイさん……」

 カエデの声がひときわ真剣になる。

「今回の我らの旅。それは歴史に刻まれる壮大な物語となるでしょう。ですが、その真実を後世に正しく伝える『記録者』がいなければ、全ては忘れ去られてしまう。……あなたほどの文才と美学を持つ者でなければ、この偉大なる叙事詩を書き記すことはできませんわ」

「くっ……!」


 アイはわなわなと震えた。

(我が魂の友の冒険譚を、我が手で永遠の物語に……!なんという甘美な響きか……!)

「……フン。仕方ない。そこまで言うのであれば、今回だけは貴様らの物語の語り部となってやろうではないか」


 こうしてカエデは、その神業のような人心掌握術で全ての面倒事を完璧にいなし、自らが望む最も静かで快適な旅のメンバーを作り上げた。


 残された三人はそれぞれが与えられた「重要な任務」に使命感を燃やしている。

レオンとクラウスは、そのあまりにも見事な手腕に、(……彼女を敵に回すのだけは絶対にやめよう……)と心の底から誓うのだった。


 カエデの完璧に計算され尽くした、平和で穏やかな(はずの)外交の旅が、今、始まろうとしていた。


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