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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第七部:英雄達は食卓を繋ぐ

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第六話:オアシス連邦の観光


 静木家での賑やかな歓迎の翌日。

『深淵の福音団』の三人は旅の荷物をまとめ、静木家の玄関に立っていた。


「では、魂の友よ。我らはしばし、それぞれの翼を休めることとしよう」

 アイが、いつものように尊大だがどこか名残惜しそうな口調でコノハに告げた。


「ミキオおじ様、コズエおば様、コノハちゃんにカエデさん! 本当にお世話になりました!」

 シオリとスミレが深々と頭を下げる。


「うん! またすぐ遊ぼうね、コノハちゃん!」

「ええ! いつでも遊びに来てくださいね!」

 三人は仲間たちに手を振ると、それぞれの実家へと帰っていった。


 嵐のような三人が去り、静木家には少しだけ静かだが、どこか寂しい空気が流れた。

 残された『至高の一皿』のメンバーたち。

 彼らがその日の予定をどうしようかと考えていた、その時。母のコズエがにこやかに買い物籠を差し出してきた。


「あら皆様、ちょうどよかった。今夜は腕によりをかけて歓迎のご馳走を作ろうと思うのだけれど、少しだけ材料が足りなくて。申し訳ないのだけれど、街までお買い物をお願いできませんこと?」

 コズエの声は穏やかだったが、断れない申し出だった。一行はもちろん、喜んでそれを引き受けた。


 彼らが元気よく玄関から飛び出していこうとした、その時だった。


「皆さん、お待ちください!」

 コノハが少しだけ真剣な顔で彼らを引き留めた。


 そして彼女は、この国のたった一つで最も重要な注意事項を仲間たちに告げた。

「わたしたちオアシス連邦には、昔から一つの大切な決まりごとがあります」


 彼女はまるで子供が古い詩でも暗唱するかのように、すらすらと言葉を紡ぎ始めた。その表情はにこやかで声も穏やか。だが、その言葉の内容はどこまでも冷徹だった。

「『来る者、拒まず。去る者、追わず』……ですが、その言葉には優しいけれど、とても大切な続きがあるんです」

「まず『去る方』について。どこへ行って何をなさっても、それはその方の自由です。私たちはそれを止める権利なんてありません。……でも、たった一つだけ、お約束があります」


 コノハは、ふふっと吐息が混じるような穏やかな声で続ける。

「この国で暮らしていたことを胸を張って誇れるような、素敵な方でいてくださいね? もし、私たちの故郷やみんなの顔に泥を塗るようなことをなさったら……たとえ世界のどこにいても、少しだけ悲しい『おしおき』をしなくちゃいけなくなりますから」


 静かに聞いていたメンバーは身震いする。


 コノハはさらに続ける。

「『来る者については、もしこの国の平和を乱し害を為すのであれば、その時は我が一族、その全ての力を以てこれを全力で排除する』、と」


 そのあまりにも穏やかで、あまりにも恐ろしい国の基本理念。


それは要するに、「誰でも歓迎します。ですが、ちゃんとルールを守らないとこの国から消しますよ?」という、絶対的な自信と力に裏打ちされた宣言だった。


 初めてそれを聞いたアキラたちは、ゴクリと喉を鳴らすしかなかった。


 コノハからの含蓄のある(?)忠告を胸に、一行は改めてオアシス連邦の首都の散策へと繰り出した。

 そして彼らのこれまでの常識は、その一歩ごとに粉々に打ち砕かれていくことになる。




驚き①:『魔法の公共交通機関』

 街の大通り。そこには馬車も牛車も走っていなかった。代わりに人々は、地面から数センチだけ浮遊した円盤状の乗り物(魔力浮遊盤)に乗り、音もなく滑るように移動していた。


「な……! なんだ、あれは!?」

 アキラが絶句する。


「すごい! 街の地下に魔力線路マナ・レールが張り巡らされていて、その上を磁力のように滑っているのか! なんという魔法技術だ!」

 クラウスが興奮して分析を始める。


驚き②:『ハイテクすぎる市場』

 市場の光景も異常だった。

 魚屋の店主が客から注文を受けると、水の魔法で魚の三枚おろしと骨抜きを一瞬で終わらせている。

 八百屋の店先には、「このリンゴは鮮度保持魔法がかかっているため、一年間腐りません!」という信じがたい謳い文句が書かれていた。


驚き③:『究極の自動販売機』

 そして一行が最も衝撃を受けたのが、街角に置かれていた一体のゴーレムだった。

 子供がそのゴーレムのお腹にある硬貨投入口に銅貨を一枚入れると、こう話しかけた。


「ゴーレムさん! 冷たいリンゴジュース、ください!」

 するとゴーレムは『カシコマリマシタ』と機械的な音声で答え、そのお腹の扉がぱかりと開き、中からキンキンに冷えたリンゴジュースが出てきたのだ。

「う、嘘だろ……」

 ガルムはその光景を、ただ呆然と見つめていた。



 その日の夕方。

 山のような買い物袋と、それ以上に山のような驚きを抱えて、一行は静木家へと帰還した。

 彼らはようやく理解したのだ。

 この国はただ平和で食事が美味しいだけの国ではない。


 国民一人一人がその固有魔法を生活を豊かにするために最大限に活用し、その結果、世界の他のどの国よりも遥かに進んだ魔法文明を築き上げていたのだ、と。


 そのあまりにも規格外な楽園の本当の姿。

 そしてその頂点に君臨する、静木家という存在。

 レオンたちは自分たちの冒険がまだ始まったばかりであることを、改めて痛感するのだった。



 その日の夕食の食卓は、いつもとは少しだけ違う熱気に包まれていた。

 コノハとその母コズエが腕によりをかけて作った、オアシス連邦の家庭料理のフルコース。その一皿一皿が天国のような美味しさであることは、いつも通り。

 だが今日の仲間たちの話題は、料理の味だけではなかった。


「信じられん……」

 最初に口を開いたのはレオンだった。彼はどこか放心したような目で天井を見つめている。

「あの魔力浮遊盤とかいう乗り物。あれがもし我が帝国の軍事技術に応用されたなら……我々の重装騎士団はもはや、ただの鉄の的だ……」


 騎士としての彼の常識が、今日一日で完全に覆されてしまったのだ。

「はっはっは! それよりもあのゴーレムだろうが!」

 ガルムが興奮してテーブルを叩く。


「ボタン一つでジュースが出てくるんだぜ!? 俺、感動しちまって銅貨を全部使い果たしちまったよ! 我がウルク連邦にも一台欲しいぜ! エールが出てくるやつがな!」


「全くです!」

アキラも興奮して同意する。

「我が砂漠の国では水を冷やすだけでも一苦労だというのに! あの技術は革命だ!」


「私はむしろ、あの市場の魚屋の魔法が気になりましたわ」

 アリアが静かに、しかし深い感銘と共に言った。

「魚の骨を水流だけで完璧に抜き取る……。あれはもはや職人技ではありません。芸術です。……我がエルフの森の狩りの技術も、まだまだ学ぶべき点が多いようですわね」



 様々な驚きの声が飛び交う中、一人だけ黙り込んでいた男がいた。クラウスである。

 彼はほとんど食事に手をつけていなかった。ただ、ぶつぶつと何かを呟き続けている。


「おかしい。何かが根本的におかしい……」

「どうしたんだい、クラウス殿?」

 アキラが心配そうに声をかける。クラウスは顔を上げた。その学者の顔には、深い深い絶望の色が浮かんでいた。


「皆さん。我々はとんでもない勘違いをしていたのかもしれません」

 彼は震える声で言った。

「我々はこれまで、自分たちが世界の最先端を旅していると思っていました。邪神を討伐し、世界の歪みを正した英雄だと。……ですが今日、この国を見て私は気づいてしまった」


 彼は仲間たち一人一人の顔を見回した。

「我々は、『原始人』だったのです」

「「「は?」」」

「考えてもみてください!」


 クラウスは熱っぽく語る。

「我々が馬に乗り剣を振るっている間に、この国の人々は魔法の乗り物で空を飛び、ゴーレムに買い物をさせている! 我々が何ヶ月もかけて行う遠征をカエデ殿は一瞬で終わらせてしまう! 我々と彼らの間には、石器時代と鉄器時代ほどの圧倒的な文明の断絶があるのです!」


 クラウスのあまりにも衝撃的な分析に仲間たちは言葉を失った。


 レオンが絞り出すように尋ねる。「では……なぜ、彼らは、その圧倒的な力で世界を支配しないのだ……?」


 その問いに答えたのは、父のミキオだった。

 彼はそれまで黙ってお茶を啜っていたが、静かに口を開いた。


「簡単だよ……若いの」

 彼はにっこりと人の良さそうな笑顔で言った。

「その方が、楽だからさ」


 ミキオは続けた。

「世界を支配するなんてのは面倒なだけだ。税金を集めて法律を作って、反乱を鎮圧して……。そんな暇があったら、俺たちはもっと美味しい新しい醤油の作り方でも研究していたいんだよ」

 そのあまりにもシンプルで、あまりにも説得力のある答え。


「……それに」

 今度は母のコズエが優しく微笑んだ。

「あなた方が外の世界で一生懸命、魔獣を倒したり悪い王様を懲らしめたりして頑張ってくださっているおかげで、わたくしたちはこうして安心して家でのんびりお茶を飲んでいられるのですもの」


 彼女は言った。

「いつもありがとうございますね。世界の英雄様たち」

 そのどこまでも穏やかで、そしてどこまでも手のひらの上で転がされているかのような言葉。


 レオン、ガルム、クラウス、アリア、アキラ。

 五人の英雄たちは、もはや何も言い返すことができなかった。


 彼らはようやく、この国の本当の、そして恐るべき真実を悟ったのだ。

 この国は進みすぎた魔法文明によって全ての面倒事を克服してしまった。

 その結果、国民全員が静木カエデのような、究極の合理主義者(面倒くさがり屋)となってしまったのだ、と。


 彼らにとって世界の平和とは守るものではなく、「自分たちの快適な日常を邪魔させないための最低限の環境設定」に過ぎないのかもしれない。



 その夜。

 静木家の縁側で、二人の男が月を見上げていた。レオンとクラウスである。二人ともなかなか寝付けずにいた。


「……なあ、クラウス」

 レオンがぽつりと呟いた。


「……俺たちのやってきたことは、一体何だったのだろうな」

 その声には深い虚無感が滲んでいた。


「邪神を倒し、帝国を救い、世界の歪みを正した……。その命懸けの冒険が、この国の人たちにとっては『外の世界のお掃除』程度にしか思われていないのだとしたら……」

「それだけではありません、レオン」


 クラウスが静かに続けた。

「問題はもっと根深い。……我々の『英雄』としての働きは彼らにとって既知の事実だった。つまり、我々の自由意志による行動と思っていたものは全て、彼らの手のひらの上で『そうなるべくしてそうなった』だけの出来事だったということです。……我々はまるで、盤上の駒だ」


 そのあまりにも重い沈黙。自分たちの存在意義そのものが揺らいでしまった二人の英雄。


 その時だった。

「あら? お二人とも、まだ起きていたのですか?」

 ひょこりと顔を出したのはコノハだった。その手には湯気の立つ温かいミルクティーが二つ乗せられていた。

「なんだか眠れなさそうなお顔をしていたので……。どうぞ。」

「コノハさん……」

「そんな難しい顔をして、どうしたのですか?」


 彼女は二人の間にちょこんと座ると、小首を傾げた。レオンとクラウスは言葉に詰まる。この純粋な少女に、自分たちの抱えるちっぽけな悩みをどう説明すれば良いのか。

 

 だがコノハは、そんな二人の心を見透かしたようににっこりと笑った。

「お父様とお母様の言葉を、気にしているのでしょう?」


 彼女は言った。

「ですが、関係ありませんよ!」

「え?」

「だって、あなた方が助けた街の人たちは心の底から感謝していました。あなた方が正した国の人々は、今も平和に暮らしています。そして、何よりも……」


 彼女はレオンとクラウスの顔を交互に見つめた。

「わたしにとってあなた方は、世界で一番カッコよくて頼りになる、最高の英雄様たちですわ」


 自分たちが信じる正義のために、剣を振るい、知恵を絞る。その結果、助けた人々の笑顔がある。


 そして何よりも、目の前にいるこの大切な仲間が笑っていてくれる。

 自分たちの冒険の意味は、誰かに決められるものではない。自分たちのこの手の中に、確かにあるのだ。

そのあまりにも真っ直ぐで、あまりにも温かい一言。

レオンとクラウスの心の中に渦巻いていた複雑な悩みは、その一言ですうっと溶けていった。


 そうだ。

 誰が何と言おうと関係ない。

 自分たちが信じる正義のために剣を振るい、知恵を絞る。


 そして目の前にいる大切な仲間が笑っていてくれる。それだけで十分ではないか。


「ありがとう……コノハさん。目が覚めたよ」

 レオンはそう言って、優しく彼女の頭を撫でた。

 

 英雄たちの長い夜は、終わりを告げた。彼らの冒険の意味は今、確かにここにあるのだから。


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