第十三話:路地裏の準備運動
「夕食の前に、少しだけ運動するのもいいかもしれませんね」
コノハののんびりとした一言が、緊張感の漂う路地裏に奇妙に響いた。それを開戦の合図だと勘違いしたのか、あるいは少女の言葉に舐められたと激昂したのか、ならず者たちが雄叫びを上げて襲いかかってきた。
「一番乗りは俺だァ!」
先頭の男が錆びた剣を振りかぶる。だが、その剣が振り下ろされることはなかった。
「――遅い」
ガルムが一瞬で距離を詰め、巨大なハルバードの石突きで男の腹部を打ち据える。呻き声さえ上げられずに崩れ落ちる男を意にも介さず、ガルムはそのまま敵陣の真っ只中へと突っ込み、巨大な獲物を軽々と振り回して嵐のように敵をなぎ倒していく。
「数はこちらが上だ!囲め!」
残りの者たちが、レオンとクラウスを取り囲む。
「やれやれ、芸のないことだ」
クラウスが肩をすくめると、隣のレオンとすっと背中合わせになった。それは、帝国騎士団で訓練を重ねた者同士の、阿吽の呼吸だった。
「行くぞ、クラウス!」
「ああ!」
二人の動きは、もはや舞踏のようだった。
レオンの剣は流水の如く敵の攻撃を受け流し、峰打ちで的確に意識を刈り取っていく。クラウスの剣は閃光のように煌めき、急所を的確に突いて敵の戦闘能力を奪う。
誰一人として殺さず、しかし確実に無力化していく洗練された剣技に、ならず者たちは次々と地面に倒れ伏していった。
コノハは後方でその様子を見守っていたが、一人の男が彼女を弱点と見て、背後から忍び寄った。
「もらったァ!」
男がナイフを突き出した瞬間、コノハは振り向きもせずに、トン、と軽く地面を蹴った。最小限の動きで攻撃をかわすと、体を半回転させ、その勢いのまま短刀の柄を男の鳩尾にめり込ませる。
「ぐふっ……」
一撃。たったそれだけで、大の男が泡を吹いて昏倒した。
あっという間だった。路地裏には、呻き声を上げる十数人のならず者たちと、涼しい顔で立つ四人のパーティだけが残されていた。
「ち、ちくしょう……お、お前ら、一体何者なんだ……」
リーダー格の男が、震えながら後ずさる。
「通りすがりの、腹ペコ料理人一行ですよ」
コノハがにっこりと微笑むと、男は「ひぃっ」と悲鳴を上げて気を失った。
その時、騒ぎを聞きつけた街の衛兵がようやく駆けつけてきた。
「何事だ!……これは……」
惨状を見て言葉を失う衛兵たちの向こうから、息を切らしたギルドマスターが姿を現した。
「皆の衆、無事かね!?」
ギルドマスターは、一行の無事を確認すると心底安堵し、同時に海竜の素材がもたらす危険性を改めて悟った。




