第二話:盟友からの最後の忠告
獣人たちの国『大地の盟約』の南の国境。
緑豊かな平原が終わりを告げ、その先には赤茶けた乾いた大地がどこまでも広がっていた。ここから先が地図にもほとんど載っていない、未知の領域『灼熱の砂海』だ。
一行の見送りに、狼族のリーダーフェンリルが自ら来てくれていた。彼のレオンとガルムに向ける視線には、もはやかつての刺々しい敵意はなく、ただ戦士が戦士へ送る無骨な信頼の色だけが浮かんでいた。
「本当に行くのか?物好きにも程があるぞ。」
彼は呆れたように言うが、その声には確かな心配の色を滲ませて言った。
「この先は、我ら獣の民でさえ踏み込まぬ死の大地だ。水も食料も、慈悲もない。」
その心からの忠告に、コノハはにっこりと悪戯っぽく笑い返した。
「ですが、まだ見たことも食べたこともない香辛料があるのなら、行かなきゃですよ!」
彼女は背中の鞄を、ぽんと叩いた。
「それに大丈夫です!喉が渇いても、わたくしが水を出せますし、夜寒くなっても火を熾しせますからね!」
コノハの前向きで食いしん坊な答えにフェンリルは、一瞬きょとんとして、すぐにふっと口元を緩めた。
「……はっ。忘れそうになるが、貴殿はそういう規格外の料理人だったな」
彼はもう何も言うまい、と肩をすくめた。
「案内はここまでだ。……まあ、貴殿たちに限って無いとは思うが、気を付けて行かれよ」
彼の不器用なエールに、コノハ一行は全員で最高の笑顔を彼に返した。
「「「はい!行ってきます!」」」
こうして一行は、盟友に別れを告げ、灼熱の砂の世界へとその第一歩を踏み出した。
砂漠は、彼らが想像していた以上に過酷だった。
一行の中の、特に屈強な男たちから悲鳴が上がり始めていた。
「くっ……!この鋼の鎧が、まるで焼き釜のようだ……!」
レオンが兜を脱ぎ捨て、額の汗を拭う。
「寒いのは気合でどうにでもなるんだが、こうも暑いとな……!」
ガルムもまた、ぜえぜえと肩で息をしていた。
レオンはその苦しい視界の先涼しい顔で歩いている福音団の三人を見た。
彼女たちの頭上だけ、陽炎のように空間が揺らめいている。
彼は最後の気力を振り絞って尋ねた。
「アイ殿……。その魔法……。我々にもかけてはいただけないだろうか……?」
彼の切実なお願い。
アイは振り返ると、心底意外だという顔をした。
そして、彼女は悪気なく、残酷な事実を告げた。
「何をおっしゃっているのですか、レオン?」
彼女は言った。
「この深淵の闇のヴェールは、わたくしたち『深淵の福音団』の団員にしか効果がありませんのよ?」
「なっ……!?」
「当たり前ではありませんか。これは、ただの日除けではありません。我ら三人の闇の魔力を共鳴させることで、初めて成立する高度な結界魔法なのです。……あなたのような、光の属性を持つ聖騎士がこのヴェールの中に入れば、拒絶反応で逆に気分が悪くなってしまいますわ」
「そ、そんな……」
レオンは絶望した。
そのあまりにも無慈悲な一言に、シオリが慌てて付け加えた。
「も、申し訳ありません、レオンさん!本当にアイの言う通りで、わたくしたちもどうすることもできないのです……!」
こうしてレオンたちの最後の希望は打ち砕かれた。
福音団の三人が、仲間外れにしていたわけではなかった。
ただ属性の相性が悪すぎただけだったのである。
仲間たちのあまりの体力の消耗ぶりに、ついに一行は足を止めた。
レオンたちが岩陰でぐったりとしているその姿を見て、シオリが心を痛めたように言った。
「……皆さん、とても辛そうですわね……」
彼女は少しだけ考え込んだ。そして、何かを閃いたかのようにぱっと顔を上げた。
「歩くのが大変なのでしたら、誰かに『運んで』もらえば良いのですわ!」
「運んでもらうだと?」
ガルムがかすれた声で聞き返す。
「こんな生き物一匹いない砂漠のど真ん中で、誰が運んでくれるって言うんだよ……」
その言葉にシオリは、にっこりと天使のように微笑んだ。
そして彼女は一行の少し先。
砂に半分埋もれた、巨大な何かの骨を指さした。それは遥か昔、この砂漠に生きていたという巨大な竜のような魔獣の白骨化した残骸だった。
彼女はその骨に向かって、優しく語りかけた。
「大丈夫ですわ。この砂漠には、最高の『乗り物』がたくさん眠っていますから」
彼女は、その小さな両手をゆっくりと合わせた。
「さぁ、起きてくださいな!わたくしの可愛いお友達。『傀儡の鎮魂歌』」
彼女の優しく、不気味な囁き声。
レオン、ガルム、クラウス、アリアの四人は、そのあまりにもホラーな光景の始まりを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。




