第一話:再び盟友の国へ
『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』が、獣人たちの国『大地の盟約』の港町『獣の牙』へと、再びその姿を現した時。
一行を出迎えたのは、かつてのような冷たく刺々しい敵意ではなかった。
港にいた屈強な獣人たちが、一行の船の旗を認めるなり、その顔をぱあっと輝かせ、武器ではなく拳を、天に突き上げて歓迎の雄叫びを上げたのだ。
「おおおおっ!見ろ!『至高の一皿』の、英雄たちが、帰ってきたぞ!」
「コノハ殿ー!あんたのシチューのおかげで、うちの婆ちゃんの腰痛が、すっかり良くなったぜ!」
「レオン殿!ガルム殿!今度また、模擬戦を頼む!」
前回とは全く異なる熱烈な歓迎に、レオンとガルムは、顔を見合わせて照れくさそうに笑った。
かつて自分たちが憎しみの象徴として、石もて追われるように、歩いたこの街。
今、その同じ場所で、彼らは真の仲間として、英雄として迎え入れられている。
一杯の温かいシチューが、千年の長きにわたる憎しみの壁を、確かに溶かしたのだ。
大議会場では、議長である獅子族の長であるボリーと、かつては一行に最も敵意を向けていた狼族のリーダーであるフェンリルが、一行を満面の笑みで、出迎えた。
「よくぞ、来てくれた、友よ。お前さんたちの噂は、風の便りに聞いている。今度は何をしでかすんだ?」
ボリーが豪快に笑いながら言う。
フェンリルはぶっきらぼうに言うが、その瞳には確かな親愛の色を浮かべて言った。
「今度は南の砂漠か。相変わらず、面倒な事をする連中だ。だが、案ずるな。お前たちの無謀な旅が、少しでもましなものになるよう、我ら大地の民が知る情報を、授けてやろう」
その夜、一行のために、盛大な歓迎の宴が開かれた。
焚き火を囲み、獣人たちが誇る豪快な肉料理と、芳醇な果実酒を酌み交わしながら、一行は本題である砂漠の民についての情報収集を始めた。
「『灼熱の砂海』と、そこに住むという、『太陽の子ら』について、何かご存知ですか?」
クラウスの真剣な問いに、ボリーはゆっくりと頷いた。
「うむ。我らもそこまで詳しいわけではない。彼らは、我ら森の民以上に古く、そして、誇り高い民じゃ。外界との関わりをほとんど持たん」
彼は焚き火の炎を見つめながら、まるで古いおとぎ話を語るかのように話し始めた。
「伝説によれば、彼らはかつて、太陽そのものから生まれた一族と聞いたことがある。砂と風を操り、巨大な砂の船に乗って、砂漠を海のように渡るという。そして、何よりも彼らは、『約束』を重んじる民じゃ」
その言葉に一行は聞き入った。
「約束?」
「うむ。彼らにとって、一度交わした約束は命よりも重い。じゃが、逆に一度でもその信頼を裏切った者には、砂漠の全ての砂粒が牙を剥くであろう。特に……」
ボリーは、そこで一度言葉を切ると、レオンの顔をまっすぐに見つめた。
「彼らは、聖アウレア帝国を深く、深く憎んでおる。かつて、帝国が資源を求めて、彼らの聖なる地を土足で踏み荒らし、一方的に約束を破ったという、古い因縁があるとな。……帝国の紋章を掲げた者が、彼らの前に立てば、問答無用で砂漠の熱風の如き洗礼を受けることになるやもしれんぞ」
重い忠告。
レオンは、静かに頷いた。またしても、自分の故郷が遺した負の遺産と向き合わなければならない。
だが、今の彼には共にその困難に立ち向かってくれる仲間たちがいた。
宴が終わりを迎える頃。
フェンリルが、一行の元へとやってきた。その手には、一枚の古びた皮の地図が握られている。
「これを持って行け」
彼はぶっきらぼうに、その地図をクラウスに手渡した。
「灼熱の砂海にある、数少ないオアシスの場所が記してある。我が、狼族の斥候が命がけで調べ上げたものだ。お前たちの旅が、途中で干からびてしまっては寝覚めが悪いからな」
「感謝する、フェンリル殿」
彼の不器用な友情の証にレオンが深く頭を下げる。レオンの謝辞を聞くと、フェンリルはふいっと、顔をそむけた。
翌朝。
『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』は、もはや母港となった、この川港にその錨を下ろしたままだった。
ここから先は船では行けない。
一行は砂漠の国境まで、獣人たちの案内で陸路を進み、そこから自らの足で徒歩で砂漠を越えるのだ。
獣人たちの熱狂的な、歓声とエールをその一身に浴びながら、一行は旅立ちの準備をしていた。
彼らの荷物は、獣人たちが持たせてくれた、新鮮な水と食料でいっぱいになっていた。
そして、彼らの心は盟友から授かった、温かい情報と友情で満たされていた。
「さて、と!」
コノハがぱん、と手を叩いた。
「皆さん、砂漠へ行く前に腹ごしらえです!今日は、獣人さんたちからいただいた、このピチピチのお肉を使って、最高の『旅立ちのバーベキュー』にしましょう!」
その一言に、一行はいつもの陽気で美味しい空気に、包まれていく。
彼らの新たなる冒険の舞台は、灼熱の砂漠。
そこに眠るという太陽の秘宝と、誇り高き砂漠の民。
一体、どんな出会いが、そして、どんな美味しいものが待っているのだろうか。
一行の心は、期待に膨らんでいた。




