第八話:静かなる魔女と黄金竜の、三つの団子問答
その月の「おやつ定期便」の日 。
カエデが黄金竜アウラムの前に差し出したのは、三本の串に刺さった、真っ白でつやつやとした丸い団子だった。
だが、そのうちの一本だけ、黄金色のとろりとした蜜のようなタレがたっぷりと かかっていた。
『ほう、魔女よ。これは三つ子の白い宝玉か。しかし、なぜ一つだけ、琥珀の涙を流しておるのじゃ?』
アウラムは、その輝くタレがかかった団子――『みたらし団子』を興味深そうに見つめた。
「どうぞ、アウラム様。まずは、その琥珀の涙からお味わいくださいな」
アウラムは、その一本を口に運んだ
もちもちとした米の優しい食感。そして、タレが舌に触れた瞬間、彼の巨大な脳髄に衝撃が走った。
『なっ!?こ、これはなんという裏切りじゃ!』
彼の声が洞窟に響き渡る。
『甘い!……と思った次の瞬間、海の塩の味が追いかけてくる!甘いのに、しょっぱい!しょっぱいのに、甘い!これぞ、矛盾!二つの決して相容れぬはずの真理が、この一本の串の上で激しく、そして、見事に手を取り合っておる!ワシの味覚が、混乱の極みに達しておるぞ!』
カエデはその大げさな反応に、くすくすと笑った。
「それは『みたらし』という、お醤油とお砂糖で作った甘じょっぱい蜜ですわ。矛盾の中にこそ生まれる新しい美味しさ、とでも申しましょうか」
『矛盾の美味……。なんと哲学的か。このみたらし団子気に入ったぞ。』
アウラムは、その複雑で奥深い味わいに深く感銘を受けていた。
「では、次にこちらを。矛盾なき、ただひたすらに純粋な道ですわ。」
カエデが次に差し出したのは、滑らかな小豆色の餡がたっぷりと乗った『こしあん団子』だった。
『ほう。今度は大地の色をまとっておるな』
アウラムはそれを一口。
口の中に広がったのは、先ほどのような複雑な味の衝突ではない。
ただ、ひたすらに、どこまでも優しく、一切の雑味のない小豆の純粋な甘さだけだった。
『……おお……』
アウラムは目を閉じた
『……これぞ、一点の曇りもなき誠の道。みたらし団子が、二人の天才哲学者が激しく議論を戦わせる対話の味だとしたら、このこしあん団子は、ただひたすらに真理を語る、賢者の静かなる独白の味じゃ ……なんと心が安らぐ味わいか……』
彼は、こしあんのそのどこまでも真っ直ぐな甘さに魂の安寧を見出していた。
「そして、最後にこちらを」
カエデが、最後の一本を差し出した。
それは、夜の闇よりも深く、艶やかな漆黒の餡が団子を覆っていた。『黒ごま団子』である。
『……む、今度は、深淵そのものをまとってきたか。』
アウラムはそれを口に運んだ。
そして、彼は三度衝撃を受けた。
それは、あんこの優しい甘さとは全く違う。黒ごまが持つ、香ばしく、大地のミネラルさえも感じさせるような、深く豊かで、複雑な甘さだった。
『……なんと……!』
彼は、わなわなと震え始めた
『こしあんが大地の『心』だとすれば、この黒ごまは大地の『記憶』そのものじゃ!ただ甘いだけではない、 香ばしさという、過去の経験。そして、ほのかな苦味という未来への戒め。その全てを内包しておる!これぞ叡智の味!』
彼は三本の串を見比べ、ついに全てを悟った。
「みたらしは、世界の矛盾に満ちた『現実』の味!」
「こしあんは、誰もが心に抱く純粋な『理想』の味!」
「そしてこの黒ごまは、その現実と理想の両方を見つめた上で、そのさらに奥にある真理を探求する『叡智』の味!」
「魔女よ!お主はワシに団子を通じて、人生の三つのステージを教えてくれたのだな!」
そのあまりにも完璧な三段論法。カエデは、もはや感心して拍手を送るしかなかった。
「ええ。アウラム様、その通りですわ。」
(と、いうことにしておきましょうか)
「ですが、アウラム様」
カエデは懐から、小さな竹の水筒を取り出した。
「その三つの異なる真理を、さらに高い次元で一つにまとめ上げる『調和』の存在を、お忘れではありませんこと?」
『調和だと?』
カエデは小さな湯呑みに、その水筒から温かい透き通った緑色の液体を注いだ。
ふわりと。
洞窟に清らかで、少しだけほろ苦い草の香りが広がる。
「これは『お茶』と申します。特に、この甘いお団子との相性は最高ですのよ。」
アウラムは、その湯呑みを興味深そうに見つめた
そして、その温かい液体を一口啜った。
『……む……!』
彼の金色の瞳が見開かれる。
『……なんと。このほのかな苦味が、先ほどの三種の団子の、全ての甘さを一度洗い流し、それぞれの記憶をより鮮明に思い出させる!』
彼は、感動に打ち震えていた。
『そうだ!これぞ調和!現実の厳しさも、理想の甘さも、叡智(黒ごま)の深淵も全てを一度受け入れ、次なる思考へと向かわせる静かなる『対話』の味じゃ!』
カエデは微笑んだ。
「ええ。どんなに難しい哲学問答も、一杯の美味しいお茶があれば、少しだけ穏やかに進むものですわ。」
その日、アウラムは礼としてカエデに一つの水晶を手渡した。
『これは『真実の水晶』じゃ。これに問いかければ、あらゆるものの、偽りなき本質を映し出すという。』
カエデはそれを受け取ると微笑んだ。
(まぁ、素敵。これがあれば、首相がわたくしに面倒事を頼みに来る時、その言い訳が本当か嘘か、一瞬で見抜けますわね。)
静かなる魔女は、最高の嘘発見器を手に入れ、黄金竜は団子とお茶を通じて、人生の全てを学んだ。
二人の奇妙で穏やかな「おやつ談義」は、今日もまた平和に更けていくのだった。




