第九話:エメラルドの海の主
さらに数日が過ぎ、船が目的の海域に近づくにつれて、海の様子は一変した。
どこまでも青かった海は、底まで透き通るようなエメラルドグリーンに変わり、空には七色の光を放つ魚の群れが飛んでいる。まるで世界から色が一つ増えたかのような、幻想的な光景だった。
「わあ……!綺麗ですね!」
コノハが歓声を上げる。しかし、ベテランの船乗りたちの顔は険しかった。
「お嬢ちゃん、喜んでる場合じゃねえ。ここは『海竜の縄張り』だ。いつ機嫌を損ねて海が荒れ出すか……」
その言葉が現実になるのに、時間はかからなかった。
空がにわかに暗くなり、穏やかだった海面が大きくうねり始める。船が木の葉のように揺さぶられ、乗組員たちの悲鳴が上がった。
「総員、マストにしがみつけ!嵐が来るぞ!」
船長の怒号が飛ぶ。しかし、それはただの嵐ではなかった。
船の進行方向、その中心に、巨大な渦が巻き起こっていた。海水が天高く噴き上がり、渦の中心から、天を突くほどの巨大な影がゆっくりと姿を現す。
それは、まさしく竜だった。
蛇のようにしなやかで長い体躯は、海の輝きを宿したかのような青い鱗に覆われている。クジラほどもある巨大な頭部には、サンゴのような角が生え、その瞳は深海の闇そのもののように深い。口から漏れる息は、海水を凍らせるほどの冷気を帯びていた。
『――何人たりとも、我の海を侵すことは許さぬ』
脳内に直接響くような、威厳に満ちた声。海竜は、侵入者である船を、冷たい怒りをたたえた瞳で見下ろしていた。
「な……んて大きさだ……!」
ガルムが息を呑む。
「怯むな!総員、戦闘準備!クラウス、君は船の防御を!ガルムは正面、私が右舷を抑える!コノハさんは後方支援を頼む!」
レオンが即座に指示を飛ばす。絶望的な状況でも、彼の声は冷静さを失っていなかった。
「了解した!」
「任せろ!」
「はい!」
四人はそれぞれの武器を構え、海の絶対者との戦いに挑んだ。




