プロローグ:料理人の船出
遥か東の海に浮かぶ島国、エバーグリーンのオアシス連邦。通称「黒の一族」が暮らすその国から、一人の少女が旅立った。
少女の名は静木コノハ。艶やかな長い黒髪、大きな黒い瞳には未知への好奇心が宿っている。身長は145センチと小柄で、その佇まいは可憐な花を思わせるが、腰に差した一振りの短刀が、彼女がただの少女ではないことを物語っていた。
彼女の旅の目的は、未知なる食材の探求。そしてもう一つ、聖女候補という輝かしい、しかし彼女にとっては息苦しい立場からの逃避。もちろん、表向きは「見聞を広めるため」という立派な理由を掲げ、両親もそれを認めてくれた。――かつて同じように世界を旅した、伝説の冒険者である両親は。
片道10日にも及ぶ船旅の末、コノハが降り立ったのは、大陸中央に位置する中立地帯「アークランド」。あらゆる国家の力が及ばぬこの地は、文化と情報、そして夢を追う者たちが集まる坩堝だ。
「ここがアークランド……。どんな美味しいものに出会えるでしょうか」
港に満ちる潮の香りと、活気あふれる人々の喧騒。香辛料の刺激的な匂い、焼きたてのパンの香ばしい香り、そして未知の獣肉を焼く煙。
コノハの控えめな胸は、期待に大きく膨らんでいた。彼女の冒険は、今まさに始まろうとしていた。