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ヨロイ使いの少年とキレイな歌声の少女の物語  作者: もってぃ
第2幕 ソンム
7/15

7 君(あなた)か、僕(わたし)か


 東の空が白み始める頃合いの中、〝竜で埋まった〟街道を敵中突破する一団──。


 先導する3機の〝ゴブリン〟──イングレス製FPA──は無駄のない動きで竜共を蹴散らし進んで行く。手にする50口径重機関銃フィフティーキャリバーの実包は〝グレムリン〟の持つ7.7ミリのものより二回り以上大きく、十分な物理エネルギーを発揮して竜の硬い鱗を破砕していた。

 それを追い、7機の〝グレムリン〟と〝パラディン〟が指揮統制車と手負いのチャド機を護りながら後続する。指揮統制車はほぼ不整地での最高速度で疾走して(はしって)いるのだから毎時40㎞以上は出ていたかも知れない。ハンドルを握るドゥミ伍長は、少なくとも運転手(ドライバー)としては優秀な部類と言えるだろう。その指揮車の露天銃座には、いまはダークエルフの女(アイナリンド)がその長い金髪を靡かせて、13ミリ・オチキス重機関銃の正確な点射で周囲の竜を退けている。



 一団の中で、やはりベルニの〝パラディン〟が遅れがちであった。──他のFPAが途中立ち止って竜共に発砲をする中、重機関銃(オチキス)を抱え只ひたすら走り続ける。前を行くグレースの〝グレムリン〟も、手にしている得物がボルトアクションの狙撃銃ということもあって、同じように走り続けている。

 もっとも〝グレムリン〟の不整地走破能力は〝パラディン〟のそれとは比べ物にならず、他の7.7ミリ(ヴィッカース)を手にする僚機(グレムリン)ほどではないが、時折足を止めて竜を仕留める余裕があった。


 その時も、彼女(グレース)は遅れがちなベルニの〝パラディン〟に先行し、振り返って援護(カバー)の態勢に入った。そしてベルニが側を通過するタイミングで追い縋る竜に砲口を向け引金を引き絞る。

 ベルニがその〝違和感〟──聴こえて来るべき砲声がしないこと──に機載カメラを向けた。すると、グレースの〝グレムリン〟が狙撃銃のレバーを操作し直すのが目に留まった。


 ──不良弾か……‼

 間に合わない。再装填はできても砲身を向けることができない。ベルニにはそれが理解でき(わか)る。

 この時グレースが正面に対峙していたのは強個体種だった……。

 考えるよりも先に身体の方が動いていた。



 (そいつ)は翼を広げ大きく跳躍してくる。薬室に次弾を送り込んだところで襲いかかられ、グレースは反射的に後退した。

 ──竜の〝間合い〟に入られる……‼

 グレースは覚悟をした。ベルニの顔が脳裏を過る…──。

 そして、この時初めて〝死にたくない〟と思った。

 機体(グレムリン)の左手が、懐の短剣(ダガー)へと手を伸びる…──。

 が、グレースはその動きを途中で止めた。


 眼前の単眼(一つ目)──いま当に跳びかかってきていた強個体種は、横合いから〝棒のようなモノ〟で強かに殴打され、1メートルほど飛ばされて動きが一瞬止まった。

 それでグレースは、咄嗟に狙撃銃の銃身を持ち上げ直す…──。だがそれよりも早く〝砲声〟が鳴り、竜の頭が弾け跳んでいた。

 視界の端──すぐ傍でベルニの〝パラディン〟が右腕を伸ばしており、その手の中には砲口から煙の流れる25ミリ携行砲があった。〝棒のようなモノ〟はベルニの〝パラディン〟が振るった重機関銃(オチキス)だった……。


「──…無事だな⁉ グレース……走れ!」

 そう言いながらベルニは、〝パラディン〟の右手の中折れ式25ミリ(携行砲)の尾栓を開かせ空薬莢を排出し、左手で右の袖口に巻いた装弾ベルトから次弾を抜き取り、素早く薬室に押し込ませている。

 グレースの方は言われるよりも早く〝グレムリン〟を駆け出させてはいたが、その時にベルニは、通話機越しに〝自分の不首尾を責めるような〟響きの滲む彼女の声を聴いた。


『──ベルニ……、重機関銃(オチキス)を……』

「指揮車に予備が積んである……問題ない…──ともかく走れっ」


 グレースの〝グレムリン〟を追いベルニの〝パラディン〟も駆け出す。〝長物(オチキス)〟を手放した〝パラディン〟の走行速度は目に見えて向上していた。これまでのように僚機(グレムリン)の援護が必要なくなり、二人は歩速を上げて指揮車の集団を追った。


  *


 指揮車を中心にして一団は、元は麦畑であった荒野を通る街道を南西へいったん三叉路まで戻ると、Y字を切り返し、其処から北西の道を北上し直す。


 Y字道を切り返す際に車外からの誘導をドゥミ伍長から頼まれたアイナリンドは、その怜悧な瞳を一層冷たく細めると、6トン近い指揮統制車を浮かせて(ヽヽヽヽ)向きを変えてやった。──ダークエルフの異能……。アイナリンドは、これほどの重量物を動かしたのにも関わらず、少なくとも外見上は涼し気な表情(かお)を崩すことなく露天銃座から前方を見据えている。

 ドゥミ伍長は口笛で称賛の意を示すと、アクセルを踏み込みクラッチを繋いだ。


  *


 そんな一団の逃避行を、それぞれ冷静に観察する二つの〝視点〟があった…──。


 一つは地表の竜の群れの中にある。

 他の個体()とは違った色合いの──白味を帯びた──鱗を纏う()()は、逃げる一団を〝楽しそうに〟追っている。

 ──〝知性体〟である。

 知性体は逃げる一団(ヒト)を遠巻きに追いつつ、配下の竜を(けしか)けては一団(えもの)の動きに逐一、好奇の目を向けている。


 もう一つは上空にあった。

 ヒトの創り出した翼を広げるそれ(ヽヽ)──モーターグライダー──は、音もなくペロンヌの空を旋回していた。

 その機上から地表の動きの全てを見ているヒト(ヽヽ)がおり数字の羅列を口にしている。それを通話機から伝え聞くいま一人は、リズミカルにキーボードを叩いていた。


  *


 地表では竜に囲まれた街道を、一匹、また一匹と排除しながらロジャーらが進んでいる。

 先導する〝ゴブリン〟は歩速を全く緩めてはくれないが、指揮車が落伍しない程度の速度で移動してくれていた。

 ロジャーの視界の中、先を行くその〝ゴブリン〟の動きは、控え目に言っても〝無駄のない洗練された〟ものだった。重火器を携行する大型の機体による集団戦。それは豊富な実戦経験を感じさせた。

 〝ゴブリン〟らが切り開いた後退路を押し広げつつ進む道の先に、街区が見えてきた。

『──…先導機(パスファインダ)よりコマンドス各機、〝前方の街に味方が安全圏を維持している。駆け込め〟、以上(オーバ)

 彼らがそれを言い終わるよりも早く、街区の辺縁に発砲炎(マズルファイア)──50口径重機関銃フィフティーキャリバーのそれ──を確認することができた。援護の射撃だ。ロジャーは5つまでそれを確認した。先導役の3機は、後はその援護射撃を信じて街区へと駆け込んでいく。


 ロジャーは、そんな〝ゴブリン〟の背から後続の指揮統制車の方へと振り見やるときに、視界の端──東の空を見慣れぬ〝黒い影〟が飛んでいることに気付いた。


 ──鳥? いや無動力機(グライダー)か?

 出し抜けに通話機が鳴った…──。それで意識が呼び戻される。


『──ロジャー、〝殿の二人(グレースとベルニ)〟が遅れてる。援護に行ってやってくれ』

 通話機越しのその声はチャドのものだった。彼自身の機体(グレムリン)は左腕の機能を失い〝戦力外〟となっていたが、その分、状況を能く見てくれている。他のメンバーが(かさ)のある指揮車の随伴で余裕がないのを見て取り、比較的余裕のあるロジャーに伝えてきたのだ。


「ロジャーよりチャド、〝了解した。後の指揮を頼む。──…ロイ、一緒に来てくれ〟、以上(オーバ)

 指揮車を先へ行かせたロジャーは〝グレムリン〟に最後の弾倉(マガジン)を装填させると、ロイを引き連れ、最後尾の二人の許へと機体を駆け出させる。


  *


 ベルニとグレースは、互いに連携をして二人共が単発銃であるという不利を補い合い、街道を行く。

 竜──〝知性体〟は、先ずこの落伍しつつある二機に狙いを定めたようだった。二人の行くての先、指揮車の一団との間の街道に次々と竜が廻り込もうとする。

 距離があっては射程の短いベルニの25ミリ携行砲はまず当てることはできないから、廻り込もうとする竜への対応は(もっぱ)らグレースの狙撃ということになる。その間、ベルニがグレース機に接近する竜を警戒した。グレースは、的が重なっていれば二匹を二射連続で仕留める等、神業とも言える腕前を披露したが、当然、狙撃中は足が止まるので二人の道程は遅々と進まない……。


「グレース…──、弾丸(タマ)はあと何発残ってる……?」

 11匹目の竜を仕留めて弾倉を換えているグレースに、ベルニは訊いた。

『…………』 グレースはすぐには応えなかった。弾倉を装填しボルト操作までを終えてから言う。『──…これで最後……3発……』

「そうか…──」

 ベルニは、その答えに事前に心に決めていた〝ある覚悟〟を伝えるべき時が来たと思った。

 ──いよいよとなれば、彼女の〝グレムリン〟を先に行かせる。

 彼女だけなら竜共の囲みを突破し、振り切ることが出来るかも知れない。足枷となっているのは自分の〝パラディン〟の足回りなのだ。

 それは〝必ず帰還し、情報を持ち帰る〟という、彼に課せられた【第1級命令(マストオーダ―)】に反してはいるが、このときの(ベルニ)にとっては、それ(ヽヽ)が〝マストオーダ―〟と思えた。


「──…グレース、狙撃銃(ライフル)を俺に…──」

『嫌よ……』

 だがベルニのその覚悟の言葉を、彼女は口にさせてはくれないようだった。

「…………」

 ベルニは次の言葉を探し始めたが、グレースは〝先回り〟して言った。

『約束は〝あなたが(ヽヽヽヽ)持ち帰る〟、だったはずよ…──それにまだ〝そのとき〟じゃない!』

 場を鼓舞するように語尾の上がったグレースの語調(トーン)に、ベルニは知らず口元を綻ばせた。

 いまの彼女の表情は、常の困ったようなそれではなく、あの家庭料理の店(ビストロ)で垣間見せた勝気な少女のそれだったろう……。

 ──そうだな……。まだ〝そのとき〟じゃない、か……。

 ベルニは〝パラディン〟に、彼女の〝グレムリン〟に先に行くよう身振り(ゼスチュア)で示させた。

 それでグレースの〝グレムリン〟は進み出たが、いざ駆け出す前──二、三歩行ったところで足を停めた。

『──ベルニ……』 通話機越しの彼女(グレース)が、緊張に声を顰めるようにして言う。『──…街道の先に対して1時半の方向……』

 その彼女の声音に只ならぬものを感じそちらを向いたベルニは、視線の先にそいつ──〝知性体〟の姿を見た……。


  *


 そいつ──〝知性体〟──は、朝陽の射す荒野に圧倒的な存在感を放ち、青白い鱗を輝かせ佇立していた。

 両脇には、まるで親衛隊ででもあるかのように控える二匹の強個体種の竜の姿が在った。

『──ベルニ……』

 〝グレムリン〟に狙撃銃を構え直させた彼女がもう一度そう言ってきたとき、今度はベルニの方が遮った。

「──…ダメだ。君も約束したはずだろ……〝必ず死なない〟って」

 通話機越しに彼女が想いを飲む気配を感じる。


 その時、青白い知性体が右の肢を上げると、ひと際高い声で哭いた。左右の強個体種の竜が、グレースとベルニへと、それぞれ翼を広げ跳びかかって来る──。



 初撃をベルニは左腕の増加装甲()で受け流した。第6世代譲りの堅牢な機体に、竜の爪のたてる鈍い衝撃が伝わり抜けていく。

 この時、グレースへと跳びかかった片方の竜は、彼女の狙撃銃の放った20ミリに頭部を砕かれ地面に墜ちている。そしてその時にはもう、彼女の〝グレムリン〟は狙撃銃のボルト操作を終えて次弾を装填していた。

 一方ベルニの方は初撃を躱すと〝パラディン〟に一歩を踏み込ませる。右手の25ミリ(携行砲)を竜の頭部に突き付け1メートルと離れていないその距離で放った。


 ──⁉


 だがその〝必殺の一撃〟は、信じ難いことに空中で()()()()()()不自然に針路を変え、背後へと流れていった……。

 グレースの放った知性体への次弾も同様だった。

 ベルニはその一瞬に青白い燐光を見たと思ったが、それ(ヽヽ)に何らかの力の発現を感じている……。

 そしてその一瞬だけ茫然となったベルニの〝パラディン〟に、竜の尾が襲い来る。


 ──ちぃ……っ!


 舌打ちと共にベルニは〝パラディン〟を更に前進させ、潜り込ませるように竜に機体を密着させた。そうすることで振り回される尾の遠心力を削ぐと同時に、懐に入って竜の胴体に〝当身〟を食らわし弾き飛ばすことを狙う…──。

 全身の人工筋繊維を換装していた〝パラディン〟は能く動きはしたが、そういつも思い通りに事を運ぶことはできない。〝パラディン〟が当身を食らわす前に身を躍らせた竜は、尾を振り回すのを止め、その動きを巻き戻すように今度は撥ね上げてベルニを弾き飛ばした。

 〝パラディン〟の重い機体はその衝撃の大部分を耐えはしたが、それでも数歩を後退することになり、路肩を踏み外した〝パラディン〟の機体は元は麦畑と思しき荒れ地に尻もちを着くことになった。


『──ベルニっ!』

 グレースの悲鳴にも似たその声にベルニは、どうにも約束を守れそうになくなったことを詫びるべきか真剣に悩んでいた。

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