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ヨロイ使いの少年とキレイな歌声の少女の物語  作者: もってぃ
第2幕 ソンム
5/15

5 西か、北か


 初夏。欧州本土(エウロペ)──。

 ノルマンディーを東の端へと飛ぶ一隻の飛行船。


 窓の下を低い雲が流れて行くのが見えた。上の方には下弦の月が、思いのほかの光量で雲を照らしている。

 降下地点(アミアン)が近いのだろう、飛行船〈ロリアン〉は徐々に高度を上げている感じだ。

 シェルブールを離れてから3時間ほど経つ──。

 グレースは、舷窓のガラスに映る自分の貌に〝シューフィッター(デイジー)〟のそれを重ねていることに気付くと、乗船前に交わした──任務の前のいつもの儀式──デイジーとの抱擁(ハグ)の感触を思い返していた。



 アップルビー(デイジー)は、任務にグレースたちを送り出すときには必ず、抱擁(ハグ)と一緒に一つの〝暗示〟を掛ける。


 ──〝必ず、戻ってきなさい〟


 それは、昔ながらの言葉での(ヽヽヽヽ)暗示だ。

 任務の前に必ずしてくれるそれは、〝シューフィッター(調整者)〟としての彼女の責務であると同時に、免罪符、いや……それ以上の想いの形なのかもしれない…──。

 グレースは、軍服を纏っていないときのデイジーの、蒼い優しい目が好きだったことを想い返す。


 ──いっそ、ただの〝造りモノ〟として扱ってくれてた方が、楽だったのにな……。

 グレースは、ぼんやりとそう思っている自分の顔の映った舷窓から、意識を呼び戻す。


 いまではそのデイジーの暗示だけでなく、もう一つの〝約束〟もある。

 砂色の瞳のガリア人の少年(ベルニ)の真摯な言葉が、脳裏に甦る──。


〝だから君も約束してくれ〟〝必ず、死なないって〟…──


 自然に〝あの歌〟を口遊んで(ハミングして)いた。


 ──〝必ず、死なない〟……。

 この場合の〝死なない〟というのは、()()()()()()()()()()在る、ということなのだろう。

 だから、わたしは〝死ねなく〟なった……。


 でも、フィービー(フィー)だってそう(ヽヽ)思ってたはずだ。


 (ベルニ)が〝わたしたち(ハーフリング)真実(こと)〟を知ったら、どう思うのかな…──。



 拡声器(スピーカ)が鳴った。

『現地上空まで20分──全艦、投下準備に入る、各自は所定の位置に付け ……繰り返す、全艦…──』

 人影(ひと)()けた士官室に居たグレースは、その放送で窓際を離れた。


  *


『──…繰り返す、全艦、投下準備に入る、各自は所定の……』

 ベルニはその放送を、〈ロリアン〉の船底部に口を開ける半開放式の収容ベイの中で聴いていた。

 足元には、床面と同じレベルになるように懸吊固定された大型グライダーの操縦席がある。


 〈ロリアン〉は〝飛行戦艦〟と大仰に称してはいるが、つまるところ浮揚ガスを収める〝気嚢〟(エンベロープ)を薄いジュラルミンの板で構成した超大型の硬式全金属飛行船である。

 全長250メートル。まだ大国ガリアの国力が健在であった頃に建造され、その巨体はヘリウムで浮揚する飛行船としてはこの時代の欧州において最大級のものだった。航空機すら搭載・運用が可能という巨船はいってみれば〝空中空母〟であり、特殊作戦旅団隷下の各落下傘連隊の母船として、ベルニも何回となく乗船している。


 その〝飛行戦艦〟が、ベルニの〝パラディンROME/AZUR(アジュール)〟と第3《実験》コマンドの実動小隊──7機の〝グレムリン〟と指揮統制車──とを、280㎞東方のアミアンへと運んでいた。



「いよいよか……」 ベルニは口の中で小さく呟いた。

 パラシュートで降下する子供たち(ハーフリング)に先立って、15分後にはベルニが操縦桿を握り、この大型グライダーを母船(ロリアン)から離艦させることになっている──。

 約7トンの積載量を誇る大型グライダーとはいえ〝空子標定機(ロケーター)〟や〝通信情報共有システム(データリンク)〟を載せた5.6トンもの指揮統制車と、オチキス13ミリ重機関銃を持ったAZUR(市街戦)仕様の〝パラディン〟を腹に抱えて(積載して)の無動力夜間強行降下である。緊張はない、と言うのは嘘になる。


 ベルニが緊張の面持ちで手の中の地図を確認したりしていると、背後に人の気配がした。

 知らない気配──ベルニは見知った気配なら何となく誰だか判る──に背後を振り見やると、そこに軍服ではなく仕立ての良い背広を着た線の細い、取り立てて目立つところのない男が所在なげに立っているのを見た。

 わずかに見覚えが有ったようにも思えたが、どうにも思い出せない。

 視線が合うと、男は軽く会釈をして育ちの良さそうな面差しに気恥しそうな微笑を浮かべてみせた。

「…やぁ……」 四十絡みと思しき男は、風で乱れた──収容ベイは半開放式なので、中には風が巻いている──頭髪を無造作に押さえながら言った。「──あー…その……ヘイデン・アシュトン博士だ ……〝今回の無理〟の張本人、だよ」

 言って申し訳なさそうに笑うと、右手を差し出してきた。

 ようやく思い当たったベルニは、その余りに劇的でない出会いの挨拶に拍子抜けする思いだったが、それを胸の中に仕舞い込んで彼の右手を握った。

「──ガリア竜騎兵 ベルナール・ロラン上級軍曹です」

「よろしく頼む……軍曹」

 アシュトン博士は、何度か頷き、気さくな笑顔を向けてきた。



 それから10分後には、ベルニが操縦桿を握る大型グライダーは、アシュトン博士、指揮統制車の運転手──目付きの悪い中年男の──ドゥミ伍長、空子標定機(ロケーター)操作要員(オペレータ)本島エルフ(ダークエルフ)の軍事連絡官──気位の高そうな表情の薄い女──アイナリンドという面々を乗せ、母船〈ロリアン〉から切り離された。


 その後、〈ロリアン〉はさらに増速をし、降下地点であるアミアン郊外の上空1400メートルでグレースら7体の〝グレムリン〟を投下することになっている。先行して降下侵入を終えた彼らが、グライダーの降下地点の安全の確保をする手筈だ。


  *


 風切り音の合間──開けっ放しの通話機から、さして音質の良くない小隊長(ロジャー)第2分隊長(チャド)の遣り取りを耳が拾った。

『──…こちら第2分隊のチャド、ロジャー…聞こえるか? ──…〝降下終了、B地点(ポイント)を確保した〟……以上(オーバ)

『──ロジャーよりチャド、〝感度良好。こちらはA地点(ポイント)を確保している。問題なし〟……以上(オーバ)

 それでグレースは、ロジャーとチャドの隊が無事に降下を終えたのを確認できた。


 地表が迫ってきていた。FPA(〝グレムリン〟)に〝受け身〟を取らせなければならない。戦闘降下におけるFPAは、基本的に〝5点着地〟はできない──できないことはないが、各種装備等については戦闘態勢(コンディション)を維持できなくなるので、やるとすれば緊急時に限られる…──ため、着地のタイミングで荷重移動を行い、迎え角を作って揚力を得る──フレア・ランディング──という技術で着地の衝撃を和らげる、という動作が必須となる。

 グレースらハーフリング専用とも言える〝グレムリン〟は、小型軽量でありながら大出力の人工筋繊維(アクチェータ)を備えており、その瞬発力を使って──例えば〝パラディン〟のようなより大型のFPAに比べ──このフレア・ランディングで大きな効果を得ることができた。そのため全備重量──つまり重火器を携行したまま──でのパラシュート降下が可能であり、パラシュート降下時には重火器類は別途に降下させねばならない従来の機体と比べ、圧倒的な優位(アドバンテージ)を持っている。


 グレースは、速度も同時に()くなるよう動作の間合いを計り…──、わずかな衝撃を脚部の人工筋繊維(アブソーバ)に吸収させただけでFPA(〝グレムリン〟)をきれいに接地してみせた。

 すぐさまパラシュートを切離すと、視線を巡らせる。近くにシビルの〝グレムリン〟が同じように着地するのが見えた。その間にも手は休めずに、携行した20ミリ狙撃ライフルに長い砲身(バレル)を取り付けている。周囲の状況を〝空子標定機(ロケーター)〟の助けなく目視で確認すると、通話機の送話キーを入れた。

「第3分隊、グレースよりロジャー…──〝降下終了、C地点(ポイント)を確保、問題なし〟……以上(オーバ)



 母船(ロリアン)から降下して、ものの数分でベルニの乗る大型グライダーの降下地点と、その周辺の安全を確保していた。


  *


 その後、10分としないうちにベルニの操縦する大型グライダーは、ロジャーらが確保した降下地点に舞い降りた。

 グライダーの機体が停止するや、ベルニはすぐさま貨物室に降りて〝パラディン〟に収まる。

 シェルブールで改修された〝パラディン〟は、ポネットの腕とイングレスの技術で完全に生まれ変わっていた。


 四肢だけでなく全身の人工筋繊維はイングレス製のそれに換装され、膂力(パワー)反応速度(レスポンス)もこれまでとは全く別物となっている。慣らし運転の際には、重機関銃(オチキス)のような長物を抱えて駆け回り、さらには〝走り撃ち〟までこなすことができた。

 またイングレス製の電子機器は、ガリア人のベルニには、もはや〝魔法〟としか思えない代物だった。

 通話機の音質は言うに及ばず、最新の〝通信情報共有システム(データリンク)〟が伝えてくる指揮統制車に積まれた〝空子標定機(ロケーター)〟の捉える敵味方のリアルタイム位置情報…──これはもはや、居ながらにして戦場全体の動きを把握することのできる魔法の水盤の(イメージ)がある。

 グレースからの事前の説明ではいま一つピンと来なかったのだが、百聞は一見に如かず、実際にその情報がHUDに投影されてしまえば、その戦術的な有用性は疑いようがなかった。

 この空子標定機(ロケーター)というものは、グレースによれば〝空子の影を追う〟という仕組みであるため、調整次第では──必ず誤差が含まれるものの──ある程度の過去や未来の位置すら読み取ることができるらしい。


 いずれにせよ、このように〝運動性の向上に主眼を置いた改修〟──R()etrofit O()f M()ovement E()lement の頭文字をとって〝ROME〟──を施されたベルニの〝パラディンROME/AZUR〟は、現地改修機とはいえ間違いなく現ガリアで最強の〝パラディン〟であった。



 その改修なった愛機(〝パラディン〟)の腕でベルニはグライダー機首の開口扉を開いた。

 機首の開口部が開くと、そのまま〝パラディン〟を機外に降ろす。

 それから〝パラディン〟は、例の〝長物〟オチキス13ミリ重機関銃をいったん地面に置き、機首開口部の下部に備えられたスロープを引き出して設置する。その後、指揮統制車の自重で持ち上がってしまっているグライダーの機首を下げるため、第2分隊長のチャドの〝グレムリン〟と一緒に尾部の方を持ち上げる。グライダーのバランスが取れると、重い指揮統制車は自走して降りてきた。このようにFPAは、汎用重機(ドカタ)としても役立つ存在だった。


  *


 誰一人欠けずに夜間降下を終えた小隊は、降下地点であるアミアン東側の郊外──街の中心部からアヴル川沿いにおよそ8㎞の地点から、そのまま対竜索敵行動を開始した。

 だが竜の斥候はまだこの辺りにまで到達していないようで、3時間の作戦行動で1匹の竜とも接触することはなかった。

 結局、中心街区から東に40㎞の地点まで達したところで指揮統制車の強力な無線通信機でアミアン当局に連絡を取ったところ、現在までのところ竜との遭遇は報告されていないとのことであった。

 ただ、南に80㎞に位置するコンピエーニュの駐屯部隊はすでに後退しており、夜半であるにも関わらず、北のカレーや西のルーアンに伸びる鉄道は、後退する軍の部隊と街から殺到する避難民とで大混雑の態だという。


 ガリア共和国の軍人であるベルニは、逃げる市民を護ることすらできないこの現状に、ただ苛立って拳を握る。


 この時点で子供たち(ハーフリング)の降下展開能力はすでに十分示せていたが、アシュトン博士は竜の姿を求めてさらに東進することを主張し、結局小隊は、博士の主張を容れて東へと向かうことになった。


  *


 それから5時間後──。

 明け方、まだ陽が上りもしない時間帯に、小隊は竜と交戦しつつ退路を探す羽目に陥っていた。ノルマンディーから南下したガリア軍の4個師団は、アミアンとコンピエーニュとの中間に新たに布いた防衛線で竜の北上を食い止めることに、どうやら失敗したらしかった。

 東進を再開して3時間後に最初の竜の小集団と遭遇するとこれと小競合いとなり、後続の竜の増援に手こずっているうちに、気付けば西への街道にも竜の姿があった。退路を断たれた形だった……。


『こちらチャド、ロジャー…──〝東と南側は竜だらけ(ヽヽヽ)だ……ソロモン(ソリー)と一緒に7匹ほど殺し(やっ)たが、もうこれ以上は()たないぞ〟、以上(オーバ)

『グレースよりロジャー、〝西側も同様…… 街道の先に強個体種を確認し(みつけ)た……まだ様子を窺ってるけど、襲って来られたら10分と保たない〟、以上(オーバ)


 ベルニは機関銃手(ガナー)として第3分隊の中衛に組み込まれていたが、分隊長のグレースの見立てに異存はなかった。東西に延びる街道には南から大挙して押し寄せた竜が、其処彼処(そこかしこ)に群れ居座っている。どうやら小隊は敵中に孤立してしまったようだった。


 竜どもの動きには統制らしきものが感じられる。どうやらこの戦域には〝知性体〟が居るらしい……。

 ベルニは小隊長の指示を待つ。

 小隊長のロジャーは決断を迫られているはずだ。

 今し方通ってきた街道を西──アミアン──に戻って竜の溢れる〝敵中〟を突破するか、それとも南北の街道を北へと、ペロンヌの城塞を目指すか…──。


 ロジャーの決断は早かった。

『──ロジャーより小隊全機、〝北に向かう。指揮統制車を護りつつ8㎞を全力で移動── 先頭はチャドとティム。グレースとロランは僕と殿(しんがり)を頼む。残りは指揮車を直掩してくれ〟、以上(オーバ)──〝急げ!〟』


 だが、この場合の主導権は、どうもあちら側にあるようだった……。

 ロジャーの指示に各自が反応するよりも一瞬だけ早く、街道西で睨み合っていた強個体種が、その身を躍らせていた。

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