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49話、新たな交渉と真っ赤なダルマを見つけた日

 宿と言っていたが、実際はやはり宮殿と言うべきだろう。

 入って直ぐに驚かされたのは、外観以上に煌びやかなフロント、天井高くから下げられたシャンデリアを思わせるクリスタルのような彫刻。


 落ちてこないのかと、心配になるくらい細い金色の紐が束ねられたロープにも眼をひかれた。

 全てが常識の斜め上を行くような装飾と飾りを見てある違和感を感じた。


「オッサンどうしたんだよ?」

「いや、少し気になった事があってな」


「ふーん、まぁいいやオッサン、先に部屋行ってるぞ? 迷子になるなよ!」

「俺はガキじゃないから大丈夫だよ。後で合流するから」


 嫁ちゃん達を先に部屋に向かわせて、少しフロントを見て回る事にした。違和感の正体は直ぐに明らかになった。

 フロント横にある休憩スペースに『ダルマさん』が置いてある。

 ジャパニーズスタイルの真っ赤なダルマが目に入った瞬間、俺の口が無意識のうちにあんぐりと開いたのを感じた。


「な、よく見たら──全部、地球(あっち)側の物ばかりじゃねぇか!」


 そんな叫びに、フロントにいた従業員達が一斉に駆け寄って来るとあっという間に俺は取り囲まれる形になった。


「な、なんだよ。騒いだのは悪かったけど、流石に10人は集まりすぎだろ……」


 両手を取り敢えず大きくあげて、戦闘の意思が無いことを咄嗟にアピールしつつ、相手の出方を待つ事にする。

 だが、ずっと無言だった。こちらが手を下げようとすれば、相手側も動きをトレースしたように同様の動きを見せる為、両手を下げる事が出来ない。


「いや、なんか喋れよ……両手が限界なんだよ!」


 俺の叫びにレイラが笑いながらやってくる。

「悪い悪い、いやぁ、非常用の流れになるなんて、10年ぶりだから、ついずっと見入っちまったよ。許してくれよ。キンちゃん」


「誰がキンちゃんだ! それより何とかしてくれ」


「大丈夫だから、皆も【()()】してくれ。大切なお客さんなんだ」


 レイラが指示を口にした途端、従業員達は何も無かったかのように俺とレイラに一礼をして業務に戻って行った。

 正直、本当にびっくりした。無表情で距離をツメられると焦るよな。


「レイナ、あの従業員はなんなんだよ」

「悪かったなキンちゃん。あれは騒ぐ客に対しての防衛なんだよ。まぁ普段はあまりと、言うか基本、無いんだけどね」


「嫌な特別扱いだな。畜生……」


 畳の休憩スペースで靴を脱ぎ胡座を組む。当たり前だが、灰皿等は置かれていない。

 こちらの世界では、煙草はパイプタイプが主流で現在の地球とは違いフィルターのついた物はない。だから灰皿という概念の代わりに木蓋の置かれた大きめの吸殻入れとして壺が置かれている。


「レイラ? 吸っていいのか、大丈夫なら一服したいんだが」

「ああ、構わないさ、ならウチも貰えると助かるんだけど、いいかい?」

「ああ、構わないさ、銘柄になんかこだわりとかあるのか?」

「銘柄って、貰ってる立場で悪いけどさ、キンちゃんの煙草だって、いつまで持つか分からないんだろ? まぁ、メンソールとか吸いたくなる時はあるね」


 煙草に火をつけようとするレイラに手で“待った”をかける。

 突然出された俺の手に、驚いた顔をしていたが、その表情は更なる驚きで塗り替えられる。


「ほら、メンソールって言っても女性向けはあまり無いが何種類かあるからやるよ。ライターもつけておくから、三本入りのやつな」


 当たり前のように“買い物袋”に手を入れ、取り出した3箱のメンソールと三本入りのライターを手渡していく。それを見て、レイラは目が飛び出しそうな程、驚いていた。


 金髪のボーイッシュスタイルの髪をしたヤンキーみたいな見た目が台無しなくらいには笑ってしまうような驚き方だったので、まぁいいもんが見れたので、あげて良かった。


「悪い、貴重な煙草を貰っちまって、キンちゃん感謝するよ」

「おう、気にすんなよ。それに煙草は買う気になったら買えるからな?」

「え、どうやるんだよ! [バリオン]に煙草の技術があるなんて聞いた事ないし、パッケージだって!」


「ベリーの同郷って聞いて、最初はこちら側でのって意味かと思ったが、レイラも転生者なんだろ?」

「あ、まぁな。それよりさ、説明を頼むよ、キンちゃん!」


 俺はなるべく分かりやすく説明をしていく。

 “買い物袋”の使い方を聞いたレイラは凄い勢いで俺の手を両手で握りしめてきた。


「キンちゃん! アンタやばいじゃんかよ! 拠点をこっちに移す気ないか、移してくれたら何でも協力するからさ!」


「まてまて、いきなり話が急展開なんだよ! なんでそうなるんだよ」


「いや、キンちゃんがいたら、絶対強いだろ! 日本の商品が手に入るなんて最高じゃないか」


「逆に何がほしいんだよ?」

「そうだな、土産物とか、お菓子とかかな? あと酒や調味料なんかも欲しいかな、この世界は基本が塩コショウで、砂糖なんかは高すぎるしね」


「砂糖はある所と独占契約してるからな──でも、砂糖以外なら問題ないかな?」


 代用品として、グラニュー糖とコーンスターチ、ザラメ、黒糖などを畳に並べていく。


「ここからは商談になるが、いいのか?」

「商談の方が助かるって話だよ。口約束は信用しない性格だからね」

「そいつはいい性格だな。なら話を進めるが、普通の白砂糖は金貨と同等の価値なのは知ってるな」


 チラッとテーブルに並べられた砂糖類を見渡すレイラは少し厳しい表情を浮かべながら悩み出した。

 値段を考えているのだろう事は察しがつくが、ここからはレイラの出方1つで全部が変わる為、此方からは口を出さずに答えを待つ。


 暫くして、レイラは黒糖とザラメを手前に引っ張り、見比べていく。

 俺もレイラの立場ならそうするだろう、この世界は白砂糖に価値がある世界であり、黒砂糖は存在するかは確認していないが、見た目で判断される事を考えれば、除外されている可能性すらあるだろうからな。


「決めたよ──ザラメにする。ザラメは幾らで取り引きするつもりか教えてくれよ」


「いい判断だと思うぞ。ならザラメを幾らにするかだけど1回にどれくらい仕入れたいんだ?」


「仮にだが、どれくらい用意できるんだい?」

「金さえあれば、幾らでも用意できるぞ」

「幾らでもか、キンちゃん屋、御主も悪よのぉ」

「いえいえ、お代官様程では御座いません」


 悪ノリしながらも交渉を続け、最終的にザラメ1袋(1キロ)を大銀貨1枚(2000リコ)で話がまとまった。

 俺としてはザラメを2袋で大銅貨5枚(500リコ)で売っても構わないと提案したが、断られてしまった。


 理由としては、此方の世界での価値を考えた際に大銀貨4枚でも安いと言われてしまった。大銅貨なんて安すぎると言う話が始まった。


「だから、買う側が大銀貨5枚でいいって言っとるんやからいいだろうが!」

「だから、高すぎんだよ! 安くなるんだから、文句言うなよ!」


「どこの世界には買い手が出した金額より安く売ろうとする奴がいるんだよ!」

「目の前に今まさにいるだろうが! 価値を理解してるなら、しっかり買って貰わないと寝覚めがわるくなるだろうが!」


 大銀貨5枚と言うレイラと大銅貨5枚でいいと言う俺とで話し合った結果、大銀貨1枚で話が決まった。

 俺としては、本来の価格を知ってる相手に詐欺を働いているみたいで、いい気分はしなかった。


 しかし、これ以上話したら、更に払う金額が増えそうだった為、仕方なく妥協して話が終わった。


「いい交渉だったな。キンちゃんよ」


「何処がだよ、売り手の基本金額より高くするなんて普通ありえないだろうがよ?」


「長く上手くやるなら、これが一番なんだよ。キンちゃんだって理解してるだろ?」


 ニッコリと笑う金髪ボーイッシュに俺は軽く肩を沈めると仕切り直して頷く。差し出された手をしっかりと握る。


「そうだな。確かにそうかもしれないな」と笑い合うと背後から幾度目かの殺気を感じた。

 慎重に首から身体を捻って後ろを確認すると嫁ちゃん達とフライちゃんの怒りに満ちた満面の笑みが並んでいた。


「後でくるって言ってから、何時間話してんだよ! オッサンをみんなで待ってたのに、何でレ イラの手を握ってんだよ!」


「お、落ち着け! レイラ頼む……説明しろ!」


 レイラのヤツ、悪い顔してやがる、まて、なんかやな予感しかしないぞ!


「キンちゃんは優しかったよ……ウチがもう無理って言っても、もっとって沢山ウチの為に頑張ってくれたんだから。熱いやり取りだったよ。久々にこっちも熱くなったからね」


「お前、裏切るのかよ!」


「事実やろ? ウチ的には少し優しすぎたくらいだしさ」


 レイラの発言にベリーが背後から軽く頭にチョップをくらわせる。


「あた!」

「そこまで、あんまり、からかうとキンザンさんが本当に怒っちゃうわよ?」

「アハハ、キンちゃんは怒らないだろう? ベリー、嘘はもっと上手くやらないとだよ?」


 笑うレイラに対して、ベリーもニッコリ笑う。ただ、その笑みは本当に怒っている時のアレだわ。


「キンザンさん、竜切り包丁を見せてください」

「え、竜切り包丁を? 何を考えてるんだ」

「いいから、出して!」


 言われるがまま、【調理器具マスター】を発動して竜切り包丁を取り出す。

 取り出して直ぐにベリーから次の指示が入る。


「キンザンさん。それを一度、その場に置いて貰ってもいいかしら?」

「構わないが」


 その場に置かれた竜切り包丁を指さしたベリーがレイラに向かって、竜切り包丁を持ち上げるように言うと、レイラは試す様に柄の部分を両手で握る。


「キンちゃんに持てるなら、ウチだって大丈夫なはずだからね、ふん!」


 だが、“ピクリ”とも上がる気配はなく、むしろ俺は床が抜けないか少しヒヤヒヤしていた。

 【調理器具マスター】が発動していない状態の竜切り包丁は簡単な話が鉄の塊のような物であり、普通の人間が数人いても扱うのは難しいからだ。


「ほら、無理でしょ? キンザンさんはそれを振り回して、オークジェネラルも討伐してる冒険者でもあるの。分かったらやり過ぎないでね」


「マジかよ。わかった……悪かったよ、キンちゃん。あと他の皆もさっきのは取り引きの話だから、許してな」


 何とか話が収まってホッとしたが、部屋に直ぐ来なかった事はこっぴどく叱られる事になった。癒しの街で叱られるなんて、本当についてないな。

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