新担当 亜麻色髪の少女
行商のトロイさんと会って頼んでいた異国の刃物数点を受け取ってからニマール商会に行くと見覚えのない女の子が出て来た。
いつも通りにハゲ狸の部屋に行こうとしたんだけどね、止められたんだよ。そして案内された部屋で待ってたらそうなった。
14か5ぐらいかな。
僕よりちょっと年上ぐらいで、ニマール商会の女性店員用「お仕着せ」を着ている。
このぐらいの年齢だと働いてる人も珍しくはないよ。結婚してる人も普通にいる。ただ、彼女の場合はデザインは他の女性店員と同じだけとちょっと色が違う。
それがなにを意味するか僕は知らない。見習いとかそういうのかな? でも、見習いに僕の相手させるわけないから違うね。
ただ、王都のこの店では一度も会ったことがない子だというのは分かる。
王都だけでも数店舗あるし、他の貴族領にも店があるから、そういうところからこっちに回って来たのかもしれない。
所謂栄転?
なんにしろ、ハゲ狸の信頼があるのは確かだろう。
そうでなければ僕の前に出て来るわけがない。
僕の身元を知ってるのはハゲ狸と、ハゲ狸が信頼する数人だけ。
大手商会のトップだけあって安易に人を信じない男だからね。その男が信頼した相手というなら、まあ、たぶん大丈夫だろ。たぶんね。
バレたところでどうってこともないけどね。
そもそも、王族の子供が無防備に王都をうろついてる、なんて誰も信じないだろうし。
お忍びで遊び歩く国王とか言うおっさんは実在するけど。
「はじめまして。エメラインと言います。会頭からレクス様の担当になるよう申しつかりました。今後はなにかありましたらわたしをご指名ください」
金髪、いや、亜麻色って言う方がいいかな。柔らかい感じがするから。
少女は年下の僕に丁寧に頭を下げてくれた。
平民出なのは分かるけどお辞儀は貴族のそれに倣ってる。
上流階級の顧客相手もできるようにちゃんと教育をした店員ということだろうね。
ニマール商会は平民と貴族、双方を客にしてるけど、貴族相手に対応を間違うと大問題になる。だから貴族の相手をさせるのは相応の教育を受けさせた者。間違っても見習いなんかには任せない。
僕の担当にしたってことはそういう教育は済んでいるってことだ。
聞いてないけどね。
あのハゲ狸のことだから、うっかり忘れた伝え忘れたなんてことじゃなくてなにか目論見があるんだろう。
「はじめまして、レクスです。僕のこと、会頭からはどう聞いてます?」
ここでエメラインに、聞いてないよ、と怒っても仕方ない。
取り敢えず事情を探らないと。
「高貴な方からの使者をなさっていて、商売上重要な方だと」
正直だな。
正直過ぎるかな。でも、下手な嘘吐きよりは遙かにマシだ。
頭は悪くなさそう。というか、良いんだろう。ただ、狡猾さは感じられない。商人としては大成しないかもね。
商人が必ずしも狡猾である必要はないけれど、相手の狡猾さを見抜けないのは駄目。そんなのは他の商人に食い物にされるだけだよ。
「失礼します」
話を始めようと思ったらドアがノックされて返事する前に開いた。
入って来たのはエメラインと同年代の少女。同じように商会のお仕着せだけど、通常バージョン。
「リリ、来てはいけないと言ったでしょう」
「おじ……エメライン様だけでは心配です」
エメラインのお付き、かな。
となると、なんとなくエメラインの立ち位置が見えて来た。
ハゲ狸の思惑もね。
貴族間で権勢を誇る侯爵に疎まれてるとは言え僕は王族だからね。
たまにあるんだよ。
「殿下、うちに同じ年頃の娘がおりまして」なんて言って来るの。
年に1人か2人。
件の侯爵、王太子派と対立してる連中とか、元から侯爵にはまったく相手にされてない連中とかね。
婚約者はもう間に合ってる。
これ以上増やすとリアルテが良い顔しないしね。
……別に、リアルテが恐いから増やさないとかじゃないからね。
今でさえ多いと思ってるんだよ。1人でも大変なのに4人も5人もいたらさ、家庭内の平和が保てるかどうか。
夫人たちの仲が悪くて家庭内がギスギスしてるとか、後継問題で骨肉の争いとか普通にあるから。
そんなの嫌だし、妻たちの仲が良過ぎてもね。
1人でも勝てないのに、連合軍で来られたら完全試合必須。
そもそも普通の子たちじゃないんだから。
うちの家庭不和は世界の滅亡に繋がりかねない。いや、大袈裟に言ってるんじゃなくて真面目な話。
自慢じゃないけど、大魔王と勇者一行だもんね。
だから、もうこれ以上は不安要素、奥さんは要らない。
エメラインはたぶんハゲ狸の縁者なんだろう。
孫か親戚かは知らないけど。僕との縁を保つためには血族の娘を嫁がせるのが手っ取り早いからね。
平民が王族に嫁げるか、というと嫁げないけど、別に正妃になる必要はないわけで、愛妾でもいいし、なんならどこかの貴族家に頼んで養子にして貰うって手もある。
これは爵位の低い家が娘を高位貴族に嫁がせるときにも使われる手法だね。
童話なんかで平民が王子様と結婚してハッピーエンドってあるけど。
階級社会でトップが手順や慣例無視してそんな真似したら、社会崩壊するから。
体裁は整えないとね。
ただ気になるのはね、ハゲ狸は年の功もあって僕がそういうの好きじゃないのを理解してる。
知ってて、なおエメラインを会わせたってことは、まあ、なにか考えがあるんだろう。
目先の権力欲で道を誤るような間抜けじゃないから、あのハゲ狸。
けどさ、リリさんや。後から来て客に挨拶しないとか、駄目じゃないかね。
まあ、気持ちは分かるけどね。
あからさまに年下の子供じゃ、礼儀も忘れるよね。
でも、良い経験かもね。
子供だろうと赤ん坊だろうと、貴族相手には礼を尽くさないといけない。年齢じゃなく階級がものを言う社会システムだから。
そのことに異を唱えるのは自由だけど、社会のルールに異を唱えるってのはペナルティを受けるってこと。それが嫌なら共同体から出て行くしかない。或いは、ルールを変更できるだけの力を持つか。
共同体には居たい、でもルールは守りたくない。そんなことは通用しないんだよ。
「本題に入りたいんですがいいですか?」
「失礼致しました。こちらはリリィーアーネス……わたしの補佐です」
一瞬迷って考えついた言い訳が「補佐」ね。
まあ、いいよ。そういうことにしておこうか。別にこの子たちを虐めたいわけじゃないし、教育するつもりもない。
僕との会談でなにを学ぶか、学ばないかは彼女たち次第だ。
で、リリさんからは挨拶はないのね。
軽く会釈だけはして貰ったけど、眼が喧嘩売ってる。
強く睨んでるつもりだろうけど僕を怯ませるには圧が足らない。異常に圧の強い大人が周りに一杯いるから慣れてんだよね。
「さて、商談を、と言いたいところですが僕はあなたのことを知らない。会頭からもなにも聞いていない。商売上の秘密を明かしていいかどうか判断できません」
こういうときはさ、前任者が引き継ぎのためにまず紹介するとか、せめて紹介状の1枚でも持たせるべきじゃないの?
ここはニマール商会の建物だから、関係者であることは分かるけど信頼できるって証明ではないよね。
ま、信頼していいんだろうけど、どういう対応ができるかぐらい試させて貰わないと。
エメラインの立場で言うと、上司から言われて客の相手をしようとしたら話が通っていなかった、さあどうする、ってところかな。
意地悪?
違う。これは若者に対する試練。僕のが子供だけど。
というかね、ハゲ狸もこういうのを期待してんだと思うよ。
「あんたね、ここは天下のニマール商会なんだよ。商談内容が他言無用なんて当たり前のことは従業員全員が分かってるっての」
「リリィーアーネスさんは口の利き方が分かってないようだけどね」
「どこの誰の使いか知らないけど、あんたは所詮下っ端でしょ。あたしとそう変わらないのに偉そうにしないで」
もうね、どこから突っ込もうか。
まず、貴族の使いであれば平民使用人より立場は上。
貴族の使いは言うならば貴族の代理。
そして、貴族と平民という身分差がなくとも僕は取引先の人間。
リリさんに僕との取引をぶち壊しても問題ないだけの権限があるならともかく、そうでないなら丁重に扱うべき相手。
この人は、あれかな。
接客とかの教育を受けてないのかな。
平民同士でも問題になりそうな対応を、もし貴族相手にやったら自分だけでなくエメラインにまで累が及ぶって分かって……ないんだろうね、きっと。
僕は態と大仰に溜息を吐いた。
「ハ……」
おっと、思わずハゲ狸って言いそうになった。
「リリ、あなたはお茶を淹れて来て」
「でも……」
「一度下がりなさい。これは命令です」
会頭を呼べ、と言おうと思ったけど、その前にエメラインがリリィーアーネスを下がらせた。
それから僕に頭を下げる。
「申し訳ございません。あの子はまだ教育が行き届いておりませんので」
「そういう人を客の前に出すのは感心しないな」
「はい。本当に、申し訳ありません」
エメラインとしては謝るしかないんだろうね。
エメラインは僕を高貴な人の使い、貴族の使いと思ってる。僕が主人に無礼を働かれたと報告しようものならリリィーアーネスの身が危ない。
「彼女とは個人的に親しいんですか?」
「はい、幼いときから」
幼馴染み、ってことかな。
そしてお付きになった。いや、幼いときからのお付きか。
どっちにしてもエメラインにとって大事な存在なわけだ。
「なら、もう少し確り教育してから接客させることです。そうしないと取り返しが付かないことにもなりかねない」
エメラインは身を小さくして、すみません、と謝る。
エメラインを萎縮させたいわけじゃないんだけど言っておかないとね。
「そうだ。さっきのことは無かったことにする代わりに、ちょっと意見を聞かせてくれませんか」
「意見、ですか?」
リリィーアーネスの無礼は水に流す、と言ってるんだからエメラインには断るという選択肢はない。まあ、断られるような無茶な話でもないけど。
僕は今日仕入れた料理用の小型の刃物を卓上置いた。
「ナイフ、ですか?」
「意見を聞かせてください」
いきなりナイフを出されて意見を、と言われても困るだろうけど、エメラインの実力が少しは分かるかな。
別に高価なナイフじゃない。
行商人のトロイさんから仕入れた日常使い用のナイフだ。
「柄や刃の特徴からすると帝国製ですね」
お、思ったより鋭い。
そうそう、うちの国のものとデザインがちょっと違うんだよね。
刃は細く、やや湾曲。
柄の材質もこっちで良く使われるものと違う。
包丁やナイフって日常のものだから生活の違いが結構出るんだよ。
「鍛冶師の腕は悪くないようですが、質は今一つと言ったところでしょうか」
刃を色んな角度から見たり、指で弾いてみたりしてエメラインはそう言った。
「同じ帝国製でも、これより質のいいものがうちにありますよ。余り数は多くありませんが」
帝国はうちの国の隣の隣。
つまり間に1つ国を挟んでる。
だから国交が余りなく、直接の貿易品も非常に少ない。
この手のナイフは帝国の特産でもなんでもないから、雑貨としての扱いも数は限られる。わざわざ帝国製のナイフを使う必要性がないからね。
「そう、これは余り質が良くないですね。知り合いの行商人から買ったばかりのものです。最近打たれたものだそうですよ」
どうしてこんな質問をするのか、とエメラインの目線が訴えていたけど僕は答えは言わなかった。
それは自分で考えないとね。
ハゲ狸なら、これだけで僕がどうしてわざわざ帝国製ナイフを買ったのか。そして、このナイフがなにを物語っているのか気付いたかもしれない。
さすがにエメラインに熟年商人の真似をしろというのは無理だろう。別にそこは求めてないしね。
さっさとナイフを仕舞う。
エメラインは商人としての知識があり、目も悪くない。
ハゲ狸も使えない子を押し付けようという気はないらしい。
さて、では真面目に商談をしようか。
「何点かおすすめしたいアクセサリーがあるのですが、ご覧になられますか?」
「アクセサリー?」
予定の商談を半分ぐらい終える頃、一息入れるためというのでもないだろうけどエメラインが別の話を持ちだした。
「はい、レクス様もご婚約しておられると伺っております。
なんでも、噂の竜公女様のように美しい黒髪をお持ちの方とか」
ように、というか本人だけどね。
どうやら、商売の話は置いておいて、僕のプライベートの話をしようってことみたい。
けどやりにくいな。
僕の婚約者の方が綺麗です、とか、竜公女様に負けないほど綺麗な髪です、って言えないからなあ。
「黒髪の方にお似合いになるものを選びました。そうすればなんでも買ってくれるそうなので」
うん、後半部分は要らないかな。
客に、あんたちょろい、と言ってどうすんの。……ちょろいけど。
一応見せて貰えばエメラインのセンスが分かるかもしれない。
エメラインを理解するためにも見せて貰った方がいいかな。
リアルテに似合いそうなものがあれば買うよ。当然。
だってねえ、経済回さないといけないし、自分の衣服ってピンと来ないし。
いいんだよ、嫁(候補)馬鹿で。
うちの子は可愛いんだから。
いや、だからね、それは父親目線だから
それでいいのか、レリクス?




