ギャンブル 貴族少年の悲劇
店長は余りのことにぽかんとしてる。
「安心しろ、私が勝っても店長として雇ってやる。店の後ろ盾にもなってやるから悪い話じゃないだろ」
なんでもう勝った前提で話してんだろうか。
自信満々なのはいいけど、店長はまだ勝負を受けてすらいない。
普通なら、こういう大きな勝負の話が出ると客たちが沸き立って、断るに断れない空気になるもんだ。(それに飲まれて無謀な勝負をしたのを何人か見た)
でも、さすがにこの貴族少年相手だと客のみんなも白けてしまってる。ブーイングが起きてもおかしくないぐらいだ。
「申し訳ありませんが、私は雇われてるだけの身でして、店の権利は持っておりません」
「ん? では誰がオーナーだ?」
「存じません」
店長は嘘は言ってない。
雇われてるだけだし、オーナーが誰であるかも教えてない。ハゲ狸が仲介してるのは知ってても、ハゲ狸はオーナーじゃないからね。
「雇い主を知らんなどあるか。言い訳はいいから、さっさと席につけ。なに、勝てばいいだけの話だ」
店長困ってるなあ。
そりゃそうだよね。店の権利をどうこうすることなんて出来ないんだから。でも、貴族がそれを信じてくれないとどうしようもない。
あ、僕に気付いた。
僕がハゲ狸と繋がってるのは知ってるからって、子供にそんな助けを求める眼をしないで欲しいな。
まあ、年齢関係なく庶民と貴族じゃ話にならないのは分かるけど。
仕方ない。僕は1度靴を脱いでから履き直し、準備を調えてから人垣から前に出た。
「なら、俺が相手でも構いませんか?」
レクスの仮面を被って声を掛ける。
気乗りはしない。気乗りはしないけど、こういう輩にお帰りいただくには僕が出るのが手っ取り早い。
店長困ってるしね。
「なんだおまえ?」
「レクスと申します。オーナーの使いの者、とでも思ってください。店を賭けての勝負となると店長じゃ荷が重いんで、俺がお相手しますよ」
おお、レクスだ
と野次馬たちがざわざわしてる。
この店の常連だと、1回は僕に負けてるはずだ。
……今、クソガキ同士で潰し合えって言った奴、顔覚えたからな。
「オーナーの使い? おまえみたいな子供が?」
貴族少年は疑わしげだ。
そら子供ですけどね。あなたも似たようなもんじゃないですかね。僕より少し上なだけで、15にもなってないでしょ。とは言わんけど。
「ええ、そんな感じの者です」
正確には使いじゃないけどね。
「それじゃ、おまえに勝てばこの店は僕が貰ってもいいんだな?」
「ええ、構いません。ただ、条件をつけさせてください」
「なんだ?」
「勝負は1回こっきり。レイズは無しで、今ポケットにある一番価値の高いものを1つ賭けてください」
さて、乗ってくれるかな。
言っておくと、イカサマ以外でギャンブルに必勝法なんてない。だから、僕が負ける可能性は十分にある。
負けても、店を手放すだけだからね。
この店に客が集まるのは、公的認可を受けた賭場ってこともあるけど、酒と食事も大きいんだよ。
その2つは店そのものとは別だから、店という箱を失ってもそれほど痛くない。
別店舗でまた認可を受ければいいだけだからね。
もちろん、だからと言って安いものじゃないし、新しい店舗探したり認可を受けたり手間ではあるよ。だから失わずに済むならそれに越したことはないし、気楽に賭けてるわけでもない。
「価値の高いもの1つか。金貨1枚の賭け金でいいなら安いものだ。いいだろう、その条件を飲もう」
ああ、乗ってくれたか。
レイズ無しにしたのは、金持ってそうだから。レイズ繰り返されたら面倒で仕方ない。一撃で仕留めるためにも無しの方がいい。
レイズで釣り上げまくって下ろすって手もあるにはあるんだけど、時間かかりそうだからね。
僕は席につくと店長にカードを配るように頼んだ。
相手が気付く前に、さっさとゲームを始めないといけない。
貴族少年はまだ若いから、相手が条件を出すときには理由があるってことを理解できてない。どんな意図があるのか、それが分からないうちは受けるべきじゃないんだよ。
あ、ご令嬢はなにか気付いたのかな、一瞬だけ、はっとした顔をした。
けど、もう遅いよ。カードは配られた。ゲームは始まったんだ。もう手遅れだ。
僕はカードを手にとってチラ見して伏せる。
「賭け金を出してください」
貴族少年はポケットから金貨1枚を取り出してテーブル上に置いた。
「それが、ポケットにある一番価値あるものですか?」
「ああ、そうだ。さすがに大金貨は持ってないからな。1つ、つまり1枚でいいんだろ?」
金貨1枚で店が手に入る。と思ってるんだろうね、貴族少年は得意気だ。
「本当に、それが最も価値の高いものですか?」
「? 金貨以上の金と言えば大金貨だろう。それは持ってないと言ってる」
「いいえ、違います。俺は、ポケットにある一番価値の高いものを賭けるように言いました。貨幣である必要はないんです。価値が高いものですから」
僕はにっこりと笑う。
貴族少年はなにを言われているか分かっていないようだった。
ご令嬢が小さく唇を噛んだ。護衛たちも気付いて慌ててるようだけど口出しすべきかどうか悩んでる。
「聞いた話では、身分を表すものを持ち歩いている方々もいらっしゃるとか。あなたは、そういうものを持ってはおられませんか?」
ここまで言うと、さすがに貴族少年も僕の意図に気付いたらしい。
「馬鹿を言うな、これは……」
真っ青になった貴族少年は慌ててポケットを押さえた。
持ってると思ったけど、やっぱり持ってたか。
貴族関係者は身分証の代わりとなるものを持っていることが多い。なにかのときに、自分がどこの誰であるかを証明しなければならないからね。
大体は家の紋章入りの品。
僕も自分の紋章入りのメダルを持ち歩いてる。
お忍び中であっても、貴族、それも大貴族の子息ならそういうものを所持しているものだ。
「そこにあるものは、金貨1枚より価値が低いのですか?」
「それは……」
貴族子息は答えに詰まってしまった。
家紋入りの、たぶんメダルだろうけど、それの価値は市場価格に置き換えられるものじゃない。間違っても、金貨1枚より価値がない、なんて言えやしない。言ったら家の価値が下がる。
貴族の家紋入りの品は所持者が家の関係者であることを証明するものだ。気軽に他人に渡せる物ではないし、もし紛失などしたら当主から厳しく咎められる。
使用人なら解雇、最悪は手打ち。
子息なら、廃嫡だってあり得る。
それほどに重要なものなのだから、賭けに使えるわけがない。けれど、金貨より価値があるなら賭けないといけない。そういう条件だ。
衆人環視の中で口に出してしまった。今更無かったことにするのは、それはそれで恥になる。貴族としてのプライドがあれば退けないだろうね。
小狡い人間なら惚けてしまって逃げようとするだろうけど、貴族少年はその辺り真面目なんだろう。だからこそ、困ってるんだろうけどね。
「そう心配なさらずとも、勝てばいいんですよ。賭けとは、そういうものです」
貴族少年は賭けと言えば金だと思ってたんだろうね。
金貨1枚のリスクで店が手に入る。そんな話なら僕だって賭ける。けど、世の中そんなに甘くない。
高位貴族の紋章入りの品を手に入れられるとなれば、店一軒のリスク程度どうということはない。
敵対貴族なら店数軒分の金貨を積むだろうし、紋章の持ち主はそれ以上に出すだろう。
家紋が悪用などされたら家の信用が失墜するだけではなく、場合によっては王家からのお叱りもあり得る。家が潰れる可能性だって皆無じゃない。
過失での紛失ですら大事。
そんなものを賭けの対象にしたとなれば、さて、この時点で貴族少年は人生最大の窮地に陥ってることになる。
まだ失ってはいないけれど、賭けたという事実だけでもアウトだからね。
この場を問題なく切り抜けたいのなら、賭けに勝ち、同行した騎士やご令嬢に口止めして実家にこのことを知られないようにすること。
そう、大前提としてカード勝負に勝たないといけない。
貴族少年のカードを持つ手は震えていた。
賭けたものが余りにも大きすぎて、プレッシャーに押し潰される寸前だね。
大きな役が出来ていれば少しは安心材料になるかな? いや、ならないな。最強の手役でもあれば別だけど、僕ならフルハウスでも安心できないかな。
通常なら、弱い役でもブラフも交えて勝負できるだろうけど、重圧で震えてるようじゃ正常な判断できないんじゃないかな?
震えてるのも全部演技だというなら大したものだけど。
「カードの交換はなさいますか?」
僕の目配せで店長がディーラーとしての役目を果たす。
まだ、貴族少年は本来の賭け金を出していないけれど、ゲームを進めてしまう。
なにを賭けるかを僕は事前に通告した。彼はそれを受けてゲームは始められた。この事実はこの場にいる全員が見ている。20人はいるかな。彼ら全部が証人だ。
実際にテーブルに賭け金が出されずとも、なにが賭けられたかは周知の事実。
貴族少年の覚悟が固まらずともゲームは無慈悲に進んで行く。いや、勧めてるんだけどね。世間は厳しいんだよ。
「ノーチェンジ」
最初にチラ見しただけで伏せたカードをそのままに、僕は交換しないと宣言。
「そちらは?」
店長が貴族少年に問い掛けるけど、彼は答えない。答える余裕がない。
荒い呼吸におびただしい汗。
緊張が極限にまで達してる。心拍数も凄いことになってそうだ。
この勝負には自分の命が掛かっていると言っても過言じゃないからね。
たぶんだけど、彼にはツーペアかそれ以上の手役が入ってたんだろう。通常なら、それでも勝負はかけられる。でも、今の彼は考えてるはずだ。この手役で大丈夫か? ってね。
なにしろ僕はカード交換をしてない。となれば、最初からそこそこの手役があったことになる。交換して手役を強化する必要もないような手役が入っていた、と想像してるかな?
生半可な手役じゃ安心できないから、手役を崩してでもより強いものを作ろうとするだろうね。それが成功するか失敗するかは、まあ、運次第。
イカサマ無しのガチの勝負。
負けたときに失うものは僕は店一軒。相手は人生。
全く以て、釣り合いの取れない賭けだよ。
「カード交換は何枚?」
貴族少年が答えないものだから、店長が再度尋ねた。
ううん、駄目だね。店長の言葉が届いてる気配がない。中学生程度の子供には、ちょっと耐えられないプレッシャーだったかな。
まあ、勝負する覚悟が決まる前にゲームを進めたからね。彼の中ではまだ勝負をするか、なんとかして逃げるか、ぐるぐる考えが回ってるんだろう。
けどゲームは始まってる。ここで下りても賭け金は没収。下りるなら、ゲームが始まる前に下りるしかなかった。……そうできないようにしたのは僕だけど。
このまま追い込んで潰しちゃうのも1つの手ではある。紋章入りの品を貰い受ける権利もあるしね。
……やんないよ。子供相手にそこまでする鬼畜じゃないよ、僕は。
そろそろ助け船を出そうか、というときに、ドサッとテーブル上に小袋が置かれた。
「今日の勝ち分に加えて金貨が20枚ほど入っています」
金袋を置いたイリア嬢は無感情な眼で僕を見ていた。
うわ、恐い。
「それで?」
「今日はとても楽しい余興でした。上乗せ分の金貨は楽しませてくれたお礼です。皆さんでお使いください」
余興だから全部チャラ。
この最後のゲームも無かったことにして、その代わり口止め料も含めて金貨20枚払うから、という意味だね。
悪くない判断だ。
人の口に戸は立てられないとしても、少しは口止めになる。それに、ゲームをチャラにできればそれだけでも安い買い物だ。
客たちも酒を飲ませてやれば詰まらないことは忘れちゃうだろう。
「店の客たちへの奢り、ということでいいですか?」
「好きにして貰って構わないわ」
「みんな、こちらのお嬢さんが奢ってくれるそうだよ。溺れるほど飲んで詰まらないこと忘れちゃえ」
おおおお、と声が上がって大騒ぎ。
ただ酒となれば大の大人たちが大はしゃぎ。まあ、こんなもんだよね。
店長が指示してスタッフたちが客たちに酒を運び始める。金貨20枚となれば、店の在庫を飲み干したってお釣りが出る。
一部、飾りのために置いてある高級酒は別だけど。
賑わう店内に反して独りだけ、貴族少年だけがお通夜状態。茫然としてブツブツ言ってる。ちょっと薬が効きすぎたかな?
「酒が入れば、みんな余計なことは忘れますよ」
「ありがとう」
「でも、僕はまだ酒飲めませんけどね」
法律で禁止されてるわけじゃないけど、成人前は酒は駄目ってのが慣習だね。実際、成人前でも飲んでるのもいる。ただ、さすがに僕と同い年でってのは少ないかな。
ご令嬢の眼が厳しくなった。今の僕の言葉だと、買収には応じない、って風にも取れる。だから、なにか要求があるのか、と思われたんだろう。
「別に脅す気はありませんよ。あなた方と揉めると面倒ですから。ただ、ここは庶民の娯楽の場。そこで楽しむなら庶民の流儀に従っていただかないと困ります」
服装だけ庶民にしてもね、貴族風吹かせてたら迷惑だ。
「あなたは、わたしたちの事が分かっていたのね」
「いや、みんな分かってます」
ご令嬢も町娘の格好してても佇まいとか口調とか、風格出まくりだから。
こんな町娘がいてたまるか、ってぐらいに。
「そう。難しいのね、溶け込むって」
「ですね」
「それで、あなたはどちらの家の方かしら」
「僕は貴族ではありませんよ」
王族ですから。
「そう? あなたのポケットを探れば、彼と同じものがあるように思うのは気のせい?」
「ありませんよ」
さっき、靴の中に移動させましたから。
話の流れによってはポケットの中を改められたりするかな、と思って保険を掛けておいた。貴族少年がすんなり条件を飲んでくれたから杞憂に終わったけどね。
うん、イリア嬢は信じてないね。疑わしそうに見てる。
「まあ、いいわ。詮索はせずにおきましょう。あなたは彼のメダルをテーブルの上に出せとは言わなかった」
賭け金として出せ、と強要もできた。
それをしなかったのは、家の紋章が明らかになると面倒だから。家がはっきりしちゃうとね、落とし所が行方不明になっちゃう。
「先にお連れして馬車で待ってて」
イリア嬢が護衛たちに指示すると、2人の護衛は顔を見合わせてから貴族少年を立たせた。
茫然自失の貴族少年は彼らの手を借りてようやっと立ち上がり、両脇を抱えられて覚束ない足取りで店を出て行く。
僕が店に入ったときもあんな感じだったかな。
「彼との婚約は見直した方がいいかもしれないわね」
「まだお若いんですから、少々のしくじりは将来への糧ですよ」
あれ、なんでそんな変な眼で見るの? なんか変なこと言った?
そりゃ、婚約者の前で醜態を晒したけどさ、まだ中学生かそこらの年齢だよ。まだまだ立て直せるよ。これを教訓とできれば人間としても成長するだろうし。
「あなた、貴族に仕える気はある?」
「ありません」
王族ですから。
「そう、残念ね。あなたなら、きっとお父様が欲しがると思ったのだけれど」
「俺は今の生活が気に入っているので」
吐息して本当に残念そうにしてくれるのは有り難いと思うべきかな。貴族令嬢の眼に止まるって、庶民としては物凄く名誉なことだ。庶民なら。
「正直、ここでの賭け事を見学するのは退屈だったけれど、最後に面白いものが見れたわ。そのお陰で、この後の観劇の予定は駄目そうだけれど」
「それは申し訳ありません」
僕が謝ることでもないけどね。
「今日の予定を駄目にしたことへの補償はあるのかしら?」
それは僕の責任じゃない、と言うのは違うんだろうね。そういう筋の話じゃないんだ、これは。
「では、今人気の店、『パティ』でのお茶などはどうでしょう?」
「あら、予約で一杯で王族の方々でも中々席が取れないと聞いたけれど?」
「ちょっとしたコネがありましてね」
ちょっとオーナーやってるものですから。
「妹もいいかしら?」
「では、お二人分の席をご用意します。後ほど、タウンハウスの方へ招待状を送りますよ」
一瞬、イリア嬢は僕をじっと見た。
「屋敷も知っているのね」
「貴族のご令嬢でイリア様と仰ると分かれば」
貴族少年が名を呼んでいたからね。イリアという名で同年代の貴族令嬢、それも公爵家の子息と婚約となれば、大体は分かる。
「色々聞きたいところだけれど、聞かない方がいいのよね、きっと」
僕は答えず、ただ微笑む。
「馬車まで送って下さる、小さな紳士さん」
ここで断ると色々と駄目だよね。
うん、ちょっと脳裏に大魔王さまの顔がちらついたけど、浮気じゃないからね。ちょっと送るだけ。すぐそこまで見送るだけだから。
……なんで9歳の女の子に言い訳してんだろ。やっぱり、大魔王……は関係ないかな。
「喜んで」
と言いながら、なんか笑顔が引き攣ってる気がしてならなかった。
オチは24時間後




