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可愛い婚約者は、どこか変  作者: S屋51


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これは償いではありません・中

「いいところって、否定はしないけどさ、子供を連れて来る場所じゃないでしょ」

 ハゲ狸ことニマール会頭がたまには変わった趣向で持て成したいというから付き合ってみたら、そこそこ名の知れた娼館に連れて来られた。

 うん、小学生を連れて来る場所じゃないね。

 嫌いじゃないけど。

 場末の店じゃなく、かと言って高級店でもない。けれど店の雰囲気は悪くない。

 客がリラックスして楽しめるように配慮してある。

 さっきから僕を構ってくれる女性たちも綺麗どころを揃えてる。

 下品じゃない化粧もいい。

 まあ、どんなに着飾ったところで、うちの子たちの方が美人になるだろうけど。

 リアルテは普通に絶世の美少女。最近じゃ身なりにお金と時間かけてるのもあって、王宮内を歩いてると人目を引くレベル。

 幸い、リアルテはまだ子供であるし、あんまり外出もしないし、ガードにはリルかアルがついてくれるし、なんならノワールもついて回るから悪い虫が近寄る心配はない。

 もう数年したら、群がる男どもが鬱陶しいだろうね。

 欲しければまずはノワールを倒せ。話はそれから。

 僕? 僕は戦わないよ。そっちは専門外だからね。リアルテを手に入れるのに、政治的な方法を取って来るのがいたら、そういうのは僕が潰すけど。

 ミリアは普段男の子の格好してるから女子の眼ばかり奪ってるけど、女の子の服にすればリアルテに負けず劣らず。たまのドレス姿を見られるのは婚約者の特権だよね。

 シーラも素材は悪くないんだけど、あの醸し出される天然の雰囲気がね。大抵の人は話が合わないと思うよ。

 リーチェはリーチェで戦闘民族だから並の男子は近寄れないし、恋愛音痴な上に騎士団の暑苦しい面々が側にいるからなあ。

 王太子である兄上とうまく行かなかったって悪評もある。単に性格の不一致なだけなんだけどね。神経質なところのある長兄じゃ、あのリーチェの相手は苦痛でしかないだろうね。リーチェも王太子なんて肩書の相手の側だと鯱張ってないと行けないから嫌だったんだろう。お互いに個人的に嫌いとか、そういうのじゃなくて、本当にただ持って生まれた質が合わなかっただけだ。

 カミラは父親の将軍を恐がって男の子たちが寄って来ないって愚痴ってたな。

「男の子が近くに来るとお父様が睨むものですから、パーティーに出ても男の子とはお喋りする機会もないんです」

 ドラクル将軍はああ見えて娘を溺愛してるらしい。


 子供ってだけでね、ちやほやしてくれるからお得だよね。でも、酒を勧めるのはやり過ぎだから。要らないから、ノンアルコールでお願い。それと、胸を押し付けないように。決して嫌いじゃないけど、遊べる年齢じゃないから。

「上客って、この坊やかい?」

 女主人かな。

 妙齢の美女が出て来てハゲ狸に非難めいた視線を送る。

 40代に行ってるかな、30代ぐらいにも見えるけど。少々濃い目の化粧は美を誇るためってよりも威厳を出すために見える。それでいて妖艶さもあるから化粧って凄いね。

 娼館の主らしく露出多め。ご立派なものをお持ちだ。なにがとは言わんけど。

 彼女の非難もむべなるかな。

 常識じゃそうだよね、子供連れなんて。

「閨事の修行にしても、さすがに少し早くないかい?」

 貴族男子はねえ、結婚して子供作らないといけないからそういうこともあるんだよね。

 次兄はまだらしいけど、長兄は済ませたっぽい。

 どういう形でかは聞いてないけど。

 こうしてプロの指導を受けたり、事情の分かっている熟練の貴族女性と実際にしてみたり、と形式は色々あるらしい。家によっても違う。

 王家はどうかってのは、さすがにまだ話が来ないから知らない。

 閨教育があることだけは知ってるけどね。

 実践はともかくとして、性教育は大事だよ。特に結婚年齢が早いんだから、この世界。

 平均年齢が60に届いてるかどうかも怪しいから、肉体的な準備が整ったらさっさと結婚して子を作るってのは、まあ、理に適ってはいる。

 そういう意味でも、僕やリアルテには早いけどね。

 さすがに、14、5にはなってないと。

 もともと10代で結婚は珍しくないところに、貴族男子不足があるから、早く結婚して増やせ、という風潮なんだよね。

「なに、見てくれに騙されちゃいけない。子供なのは見た目だけだ」

 こら、ハゲ狸、どういう意味だ。

 見た目は子供って、どっかの少年探偵か。

 あれもさ、見た目子供で中身はちょっと年上の子供だよね。未成年って意味では。

 僕は見た目も中身も子供だよ。

 別に怪しい薬で小さくなったわけじゃないんだから。

「そりゃ、別に構いやしないけど。失礼だけど、ここがどういうお店かは知ってるんだよね?」

 たぶん、僕を良家の御曹司かなにかと思ったんだろうね。

 一応、庶民に見える服装なんだけどさ、こういう店に大手商会の会頭が自ら連れて来るって時点で服装と中身が違うって察しがつくよね。

 それぐらいじゃないと、こういう店を切り盛りしてられないだろうし。

「ええ、知ってます。利用した経験は(今世では)ないですけど」

「そう、分かってるならいいの。ただね、準備させてるのは初めての子だから。指導役には向かないんだよね。てっきり会頭さんが初心者に指導したいのかと思ったんだけどね」

「女遊びする歳でもないんでな。いや、今日はちょっと見るだけだよ。ああ、安心してくれ。料金は規定通り払う。見るだけだから負けろなんてことは言わんよ」

 なあんか、企んでるよね、ハゲ狸。

 そもそも僕をこの店に連れて来る意味が分からない。

 女遊びする年齢じゃないし、そんな年齢だったら女遊びなんてしようものなら大魔王さまに怒られるだろうし……僕、生涯こういう店で遊べないかも。

 さらに女主人がなにか言い掛けたのをハゲ狸が止めて、

「取り敢えず、案内してくれ。悪いようにはせんから。それに、この子は間違いなく上客になるだろうから顔を繋いでおいて損はない」

「へえ。まあ、素性は聞かないけど、金払いのいい客は大歓迎だよ。坊ちゃん、よろしくね」

 いや、よろしくと言われてもね。


「中々、綺麗な娘と思いませんか」

 覗き穴のある壁の前、隣室を覗きながらハゲ狸が隣の僕に聞いて来る。

 隣の部屋で寝台の上に座っているのは薄着の少女。

 僕より少し年上かな。初めてと言ってたのは本当らしく、どこかビクビクしてる。初めての客がいつ来るかと不安なんだろうね。

「まあまあかな」

 可愛い子だよ。美人になるとも思うよ。

 ただね、顔面偏差値の高い子たちと居ることが多いから、そこそこの美少女じゃ物足らなく思えるんだよね。贅沢なことに。

「公爵令嬢や伯爵令嬢たちと比べれば見劣りがするかもしれませんが、有りか無しで言えば有りしょう」

「そうだね、有……なにを言わせんの」

 子供だよ、子供。

 精通も来てないような子供と女性についての談義とか。

 雨夜の品定めじゃないんだから。

 まあ、ハゲ狸と一緒にされたら頭中将も怒るだろうけど。

「で、そろそろ本題に入ってくれない。これでも門限厳しいんだよ」

 まあ、王城の門なんて通ってないけど。

 そんな正式な外出しようと思ったら手続き面倒だし、護衛もつくし、間違ってもこの手の店になんて来られない。

 一応とは言え王子様だからね。

「実を言えば、知り合いの娘でしてね」

「あん?」

「あの子の父親の事業は潰れまして、娘を売ったわけです」

 可哀想な話だけれど、良くある話だよ。

 この店の娼婦たちの身の上話を聞けば、似たような女性が一杯いるんじゃないかな。

「友人だったの?」

「そこまでじゃないですな。あの娘の父親ではなく、祖父とは交流がありました。うちの親父の弟子みたいな人で、私のことを弟分のように可愛がってくれました。

 商売で儲けて男爵位にまでなった人です」

「へえ、商才あったんだ」

 平民が爵位を得ることはたまにある。

 それは決して楽ではないし、爵位を得てからも貴族社会でやって行くには大変な苦労を伴う。

 歴史ある家からは平民上がりは馬鹿にされるというか、爵位に係わらず下等に見られるからね。

「あの子の父親トマンも決して無能じゃありませんでした。それでも、まあ、潰れることはある。商売とはそういうものです」

 順調な事業でも、ちょうっとしたことで傾くことがあるんだよね。

 新商品に押されるとか、市場の流れが変わったとか、別の流行が起きたとか。

 事業が傾く理由なんていくらでもある。だから商人は常に市場動向に眼を光らせて、臨機応変に動かないと行けない。

 まあ、どれだけやってても駄目なときは駄目なんだけどね。

 同業の大手が進出して来たりすると、小規模な店じゃどうにもならんしね。

 事業が駄目になるのは、事業主に問題がある場合もあるけど、不景気とか個人じゃどうにもならんこともあるからね。

 店が潰れたからって、即経営者の責任、とは言えないこともある。

 トマンとかいう人がどうだったか知らんけど。

「それで?」

 なんとなく、ハゲ狸の腹のうちが見えて来た。

「言うなれば、あの子、アリシアにはなんの責任もないことです。責任のないことで娼館に売られた。可哀想だとは思いませんか?」

 ほら来た。

「ああ、そうだね、可哀想だよ。でも、だからなに? まさか、僕に彼女を身請けしろとか言うつもり?」

「していただけませんか?」

「冗談じゃない。なら、自分でしなよ。知り合いの孫ってなら理由にもなる」

「とんでもない。私は商人です。そこに利がないのなら、情で金を動かしたりはしません」

 そうだよ、それでいいんだよ。

 商人なんだから、慈善事業やってんじゃないんだから。

「親の借金で売られる子供。確かに可哀想だ。同情するよ。けど、そういう子を片っ端から救ってたらいくらあっても足りやしない。

 もし資金が豊富にあったところで、そんな真似をしたら誰もが気軽に事業失敗のツケを子供で支払おうとする。どうせ助けて貰えるんだから、とね。

 もし、僕にできることがあるとするなら、例え親であっても当人の意志を無視して強制労働をさせられない、そんな法律を作るよう奏上するぐらいだよ」

「まあ、そう仰るとは思っておりました。そういう人でないと、恐くて一緒に商売などできませんから」

「分かってるならなんで聞くかな」

 子は親を選べない。

 あの子は、悪い親の下に生まれてしまった。

 それは僕の管轄じゃない。

 そりゃね、本気で可哀想だと思うよ。うちの子たちだったらと思うと胸が痛む。でも、だからって僕がお金で解決しちゃうのは違うし、権力で解決するのはもっと違う。

 って、ハゲ狸のにやにや笑い。

 なに? まだなにか企んでる?

 そもそも、僕が同情で助けるわけないと分かってるのに、なんでここへ連れてきて、あの子の身の上話を?

 非常に、嫌な予感がする。

「砂糖なんです」

「……は?」

「あの子の実家が商っていたのは砂糖なんですよ。高級品ですが、高くても貴族のお客さまたちは買ってくださる。

 とても美味しい商い……でした」

 わざわざ過去形を強調するなよ。

「数年前から、どこからともなくまったく未知のルートで砂糖が入るようになりました。しかも価格は据え置きなのに質は上等。当然、それまでの砂糖業者たちは阿鼻叫喚です。人件費や輸送費、あらゆる費用を抑えて値段を安くしたとしても、質ばかりはどうしようもない。庶民向けにできるほど安価にすることもできない。

 新しいルートの砂糖を仕入れるにしても、大手の商会が牛耳っているものだから、そこから仕入れるしかない。そして、その分の費用がかかる。

 苦渋の決断をして乗り換えた者も多かったですよ。最後まで自分の商いに固執した者もいましたが、勝てる見込みなどないのに何故意地を張ったのか」

 以前ほどの儲けがなくなっても、潰れてしまうよりはマシだ。

 トマンという人は、そこを読み違えたんだろう。

 従来のやり方に拘り、新しい動きについて来られない者は消えて行く。商売でのそういう大きな流れは自然淘汰とも言えることだ。

 それに、僕はなにも従来ルートをすべて潰せなんて言ってない。

 僕のとは別ルートでの砂糖の仕入れ先。

 僕は敢えてすべては潰さないようにハゲ狸にアドバイスしておいた。

 何事もルートが1つしかないとなると、なにかあったときに取り返しが付かなくなる。だから従来のルートでの砂糖流通も敢えて残す必要がある。むしろ金を払ってでも、そういうルートは確保しておくべきだ。

 ハゲ狸もその理屈が分からない男じゃないから、砂糖市場の何割かには従来品を残した。多少質が劣っても、その分価格を落として庶民向けにする。従来との利益差は砂糖業者同士で組合を作って補填させる。さすがに満額とは行かないが経営が成り立つ程度には。

 本当はこういうのは国の仕事んだけどね。

 まあ、砂糖は無くてもどうにかなるからまだいいけど、塩なんかは国がルートを確保しておかないと国が滅びる。大袈裟な話じゃなくて、塩がないと駄目だからね。

 砂糖もね、できれば最低数は確保しておきたいものだから、いずれは国に管理させるつもりだけど、今はまだ完全に民間だから。

 話を戻すと、アリシアの父親トマンが見極めに失敗して破産した。金がないから娘を売った。

 要約するとそういうことだ。

「砂糖で破産したからなに? まさか僕に責任があるとでも?」

 そりゃ、砂糖生産始めたの僕だけどさ。

「まさか、あなたは商売をなさっただけです。誰かの商売がうまく行き、誰かが泣きを見る。別に商売が上手いものの責任ということはありません。泣きを見る者が商売が下手だったというだけです」

 いや、まったくその通りだけどもさ、絶対、腹の底で違う事考えてるよね。

 ハゲ狸の眼は笑ってる。

 ああ、くそ、腹立たしい。

 そうだよ、僕にはなんの責任もない。

 僕はただ商売をしただけ。それによって損害を受ける者が出たとして、商人ならそれは当たり前のことだ。

 その損害をどう処理するかは各個人の裁量の問題であって、男爵が娘を娼館に売るという金策を採ったとして、僕になにか言う権利はない。そして、男爵の決断の結果に対する義務も僕にはない。

 もし、商売相手が没落したら責任を負わないといけないというなら、商人という仕事そのものが成り立たない。

「当然だよ。僕は男爵家にはなにもしちゃいない。没落したのも、娘を売ったのも男爵の問題だ。僕が同情してあの子を身請けする? あり得ない。そんなことをしていたら、一体何人の人間を引き受けないといけないんだ」

 砂糖を商っていた商人たちは他にもいるんだ。

 中には男爵のように家を潰した者だっているだろう。商売上の話で、一々相手を救っていては切りがない。

「ええ、ええ、その通りですとも」 

 ハゲ狸は楽しそうだ。

「大体、僕は他にもやってるんだから、一々商売敵の心配なんてしてられない」

「私もこれまでに数え切れない商売敵を潰して来ました。無論、商売上の競争で勝ったというだけです。あの子のような姿を見ると哀れにも思えるでしょうが、どうしようもないことです」

 そう、知り合いだろうとなんだろうと、ここで救うという選択肢があっちゃいい商人になれない。

 ただ、商売のやり方次第ではああいう子が増えることは肝に銘じておかないと行けない。

「さて、値段の方ですが、金貨で50枚だそうです」

 ハゲ狸、僕の話聞いてた?

 というか、高っ!

そうそう、君のせいじゃないよ~

だから、責任取る必要はないんだよ


次回更新は25日(予定)です

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