シーラの魔法事情 Lv2・下
「よろしいのでしょうか?」
と、トワプ神官が視線で問い掛けて来る。
あんまりよろしくないんだけど、リアルテは退きそうにない。
それに、確かにね、僕に言えるなら1歳しか違わないリアルテに言えないってのも変な話ではある。……僕を年齢通りに扱わない大人が多過ぎるのが問題なんだよ。
僕が王子という責任ある立場だってのを理由にするなら、リアルテも公爵家の後継だ。王族ほどではなくとも、決して軽い立場じゃない。まして僕の婚約者だからね。
年齢も立場も僕に準ずる彼女に話せないってのは筋が通らない。
僕は少し考えてから吐息した。
リアルテを説得できる自信がない。僕が強く言えばリアルテは従う。基本的に僕に逆らったりする子じゃないから。
でも、そういうのは嫌だからね。リアルテの身に危険が及ぶとか、精神衛生上、著しくよろしくないとかじゃなけりゃいいや。
「構わないから話して」
トワプ神官は、分かりました、と頷き、それでもちらちらとリアルテの顔色を窺うようにしながら、
「今は魔法の訓練に白鼠を使っています。
刃物で傷つけて、それに治癒魔法を使うわけです。治る速度や傷痕の有無、使い手の実力でまるで違って来ます」
白鼠には悪いけど、治癒魔法の訓練となれば怪我を治さないとね。
薬の効き目を調べるのと一緒で動物実験は有効な手段だ。
リアルテが少し顔を曇らせたのは、小動物をわざと傷つけるのに抵抗があるからかな。
そういう感覚は大事だと思うよ。小さくとも命なんだから。
「シーラ様の治癒魔法は瀕死の状態からでも僅かな間に復活させます。これは大変貴重な力で、実戦においては兵の損耗率がまるで違って来るでしょう。だからこそ貴重であり、敵にしてみれば疎ましい存在であるわけです」
戦争なんて御免だし、うちの子たちが参戦しなきゃならないような状況にはなって欲しくない。
けど、もしそうなれば聖女は重要な回復役で、だからこそ敵からも狙われる。
怪我をさせた敵兵が僅かな間に回復してしまったら切りがない。
敵軍の治癒魔法使いを狙うのは定石のようなものだ。
まあ、治癒魔法使いの数は少ないし、聖女ほどの力を持つ者はまずいないだろうけど。
「シーラ様に魔法を掛けられた白鼠はすぐに元気を取り戻します。それはもう、過剰なほどで、元気過ぎるぐらい元気になって、すぐに繁殖行為を始めるんです」
トワプ神官は言いにくそうだった。
貴族令嬢、しかもまだ子供であるリアルテの前だから言葉を選んでるけど、要するに元気になって発情するってことだね。
……それ、なんてバイ○グラ?
なんでそっちに元気になるん?
いや、そりゃ活力に溢れればそっちも元気一杯になるかもしれんけど、シーラの魔法には催淫作用でもあるの?
聖女って言うか、サキュバスかなにかかな。
「相手を選びますが、需要はありそうですね」
ちょ、リアルテ、なに言ってんの、君。
自分の年齢分かってる?
淑女がそんなこと言っちゃいけません。
……
女の子はそういう情報も早いうちから身につけるのかな。
僕はやってないけど、性教育も大事ではあるからね。ラーラが教えたのかもしれない。
この世界は早婚が珍しくないし、貴族だと余計にね。
「そういう意図を持って選べるならそうかもしれませんが、シーラ様のは無差別ですので。しかも必ずそうなるのではないのです」
ランダムで下半身が元気一杯になるのか。
……あれ、そう言えば雄だけの話なのか?
勝手にそう思ってたけど、トワプ神官はそこはなにも言ってないな。
「それは雄に限る話?」聞いてみた。
「いえ、雌もです」
色々と駄目じゃん。
雄だけならさ、雌、というか女性に関しては普通に治癒魔法かけても大丈夫かと思ったんだけど。
どっちも駄目なら、やっぱ使えない。
「問題はですね」
え、まだあるの?
ランダムで発情するってだけでまずいと思うんだけど。
「その、発情した場合の繁殖行動の相手なのです。
雄は雄と、雌は雌と繁殖行為を始めるんです」
交尾とか直接的言葉を使わないのはリアルテへの気付かないかな。
いや、待て待て、同性に対して発情して行為に及ぶって、それは繁殖行為と呼ぶの?
やることはやれるけど、繁殖は……。
まあ、細かいことはいいか。
あ、リアルテもなんか困惑してる。
さすがにそっちの知識はまだないかな。ちょっと安心。
「それらの個体は元からそういう気質だった?」
元々同性愛だったのが発情しただけならそれほど問題じゃない。
白鼠に同性愛とかあるか知らんけど、昔々ペンギンにはあるって聞いたことがある。だから、白鼠にだってあるかもしれない。
この世界の人間にはあるからね。
他の動物のことは知らない。調べる必要もなかったから。
「そういうことはないようで」
「つまり、シーラの魔法を受けると発情する、それも同性に対して。そういうこと?」
「はい、さようで」
なんで?
と聞きたいけど、聞いても分からないんだろうなあ。
前の雌化についても理屈なんて分からなかったからね。
シーラの魔法が当人の素質を目覚めさせちゃうのか、強引にそういう素質を付加するのか。
いや、どっちでもまずいな。
「人間に対する実験はやらないように。僕の方からも言い聞かせておくから」
「はい、お願い致します」
「うん、これからも良く指導してやって」
トワプ神官の指導が悪い、なんてことはないんだろうなあ。
けど、なにがどうなってそんなことになるんだか。
神託の聖女なんだから責任は神様にとって貰いたいよ。
別に、同性愛自体にどうこう言う気はないよ。けど、そうじゃない人を魔法でそうしてしまうのは駄目でしょ。
例えばシーラが1000人に魔法を使ったとして、そのうち3割が同性愛になるような割合だったら凄いことになる。
割合がもっと多いと、国としてまずい。
……相変わらず、あの子のポンコツ具合はこっちの予想を上回るな。斜め方向に。
シーラに関する報告を終えてトワプ神官が帰ると、その場には僕らだけになる。
僕とリアルテ、ラーラや他の使用人が控えてるから2人きりってわけではないよ。
護衛としてリーチェもいるしね。
貴族、それも高位になると本当の意味で1人になるって難しいんだよね。僕は王族だけど、しょっちゅう1人になてる。これは例外中の例外だから。
リアルテが席を立つ。
と、僕の方に来て……リアルテさん、なんで僕の膝の上に?
もうね、君も成長して僕と体躯そんなに変わらないんだから、お膝の上って厳しいんだよ。
「とても疲れました」
抱き付かれても困るんだけど。
というか、君、話を聞いてただけでしょ。
良く知らない人との面談で、ずっと緊張してたのは知ってるけど。
「今日は頑張りました。ですから、レリクス様は褒めるべきです」
え、なにその理屈?
褒められたいの?
なにに対して?
なんて疑問をぶつけても無駄だろうね。
褒めないと拗ねるんだろうから。
拗ねた姿も可愛いけど、褒めるぐらいはいつだって褒めてあげるよ。
「今日は頑張ったね。これからも、沢山の人と会って慣れて行こうね」
僕が頭を撫でてあげるとリアルテは嬉しそうに笑う。
もう大きくなったのに、こういうときはまだまだ甘えん坊だな。
リーチェ、羨ましそうに見ない。今の君は護衛騎士でしょ。僕より年上だし。
他人と会うのが嫌なんだよね、リアルテは。でも、それを克服しなきゃいけないのも分かってるから、トワプ神官との面談にも同席したんだね。訓練の一環として。
やがては公爵家を継ぐリアルテ。
経営能力は大丈夫だと思う。能力値はさすが大魔王、底知れないから。
でも人見知りじゃあね。
……。
あれ、大魔王を神官に会わせても良かったのか?
まあ、勇者パーティーとしょっちゅうお茶してるんだから今更か。トワプ神官は気付いてもないだろうし。
で、リアルテさん、いつまでも僕の膝の上にいるんでしょうか?
「疲れたので、レリクス様に運んでいただきたいです」
…………。
なにこの可愛さ。断れない奴じゃん。
現実問題としてさ、今の僕の体躯だと非常に厳しいんだけど、ここでやらないと男が廃る。
うん、お姫様抱っこ、頑張りました。
シーラがまともに人を癒やせる日は来るんだろうか




